第61話 無謀の先にあるもの

 まずは残りの二人の能力を把握する。



・名前:江古田沙理


・LV:20,159

・HP:2,995,224/2,995,224

・MP:1,960,928/1,960,928

・ST:3,556,008/3,863,682


・STR:333,098

・VIT:344,225

・DEX:362,021

・AGI:277,099

・MND:100,187

・INT:71,124

・LUC:9,999


●アクティブスキル

 New・バイバイ

   …あらゆる現象の力が倍になる。

    ただし効力は短いため、使用のタイミングが難しい。

    自分以外にもかけられる。

 New・ハンゲン

   …あらゆる現象の力が半分になる。

    ただし効力は短いため、使用のタイミングが難しい。

    自分以外にもかけられる。

 New・ナイナイ

    あらゆる現象の力をなかったことにする。

    ただし効力は短いため、使用のタイミングが難しい。

    また使用にはMPをすべて使う。

    自分以外にもかけられる。

 New・ヘンスウ

   …変数に一時的に力を記憶できる。

    取り出しはいつでも可能だが、保存期間は一時間だけ。

    α、β、γまで可能。

    x、y、zなどの一般的な変数でないのは本人の趣味。


●パッシブスキル 

 New・身体能力向上

   …身体能力が上がる。

 New・記憶域増強

   …ヘンスウの記憶域にγが増える。

 New・痛痒の反動

   …受けたダメージ量により、ステータスが一時的に向上する。


●バッドステータス

 ・快楽の虜囚

   …時として快楽を貪るようになる。突発的なもので抗うことは困難。

    解消するのもまた難しいが、発散すれば一時的に抑えることができる。

    行き過ぎた悦楽は破滅を意味する。やがてどうなるかは人による。



 かなり特殊な能力のようだ。

 いまいちイメージが掴めないが、文言からして状況によっては厄介かもしれない。

 江古田は、針のついた鞭のような武器を手にしている。

 何となく拷問を思い出してしまいそうになった。

 確かOLだとか結城さんが言っていたな。

 日本でも色々経験があるんだろうか。

 大人のお姉さんという雰囲気だが、俺の趣味ではない。

 なんかバッドステータスが……いや、やめておこう。



・名前:カタリナ・エルヴノール


・LV:13,991

・HP:1,986,135/1,986,135

・MP:3,945,009/3,945,009

・ST:1,501,998/1,560,989


・STR:112,087

・VIT:102,265

・DEX:99,870

・AGI:103,022

・MND:199,985

・INT:399,902

・LUC:133,992


●特性

 オーガス勇国宮廷魔術師。

 火水風土、四属性の魔術を扱うことができる。



 カタリナだけ現地人で他は異世界人だ。

 だがステータスはかなり高めだ。

 宮廷魔術師となれば、国随一の魔術師ということでもある。

 油断は禁物、か。

 どうするか。

 長府一人だけでも手一杯なのに、三人追加となれば厳しい。

 俺は殺されても死なないが、ダメージを与えられなければ意味はない。

 長府和也。前衛で攻防共に優れている。

 小倉凛奈。ステータスは低いが瞳術が厄介だ。こいつがいる限り、俺は何もできない。

 江古田沙理。能力は未知数。だが文言を見るにオールラウンダー的な立ち位置か。

 カタリナ。火水風土の魔術が使える。状態異常、攻撃魔術にも長けていると考えた方がいいだろう。

 江古田同様にどんな手を持っているのか、魔術に疎い俺にはわからない。

 ……指針は決まった。

 長府達は俺を取り囲む。

 長府は剣、小倉は空手、江古田は鞭、カタリナは杖を構える。

 先手必勝。

 俺は横目で小倉の立ち位置を確認すると同時に、姿勢をそのままに加速しながら回転した。

 そして小倉との距離を詰める。


「甘ぇっんだよ!」


 長府が気勢と共に、小倉の目の前に盾が顕現する。

 足刀は綺麗に塞がれ、一瞬の隙を生み出す。

 長府は即座に俺の真横まで跳躍し、剣を振るった。

 俺は小手で受けると、表面で刀身を滑らせて、回転しつつ鳩尾を蹴る。


「かはっ!」


 空中に浮かび上がった長府を更に回転蹴りで吹き飛ばす。

 長府はかなりの距離を転がり、視線で俺を射抜きつつ態勢を整えた。

 距離が離れても盾は造れるらしいが、さすがにあの距離では無理なはず。

 俺は爪先で土を蹴りあげる。


「卑怯よぉ!」


 小倉は逃れるように顔を逸らした。

 間髪入れず、右手による正拳突き。

 だが手首に何かが絡みつき止められてしまう。

 誰かはわかっている。

 そちらを見ずに、右手を掲げて、姿勢を低くしながら一歩前へ。

 右方に一回転しつつ、小倉の首に手刀を降ろす。


「あぐっ!?」


 呻き声を上げた小倉は、あっけなく意識を失う。

 よし!

 一番厄介な奴を無力化できたのは大きい。

 が、腕に絡みつく鞭が肉を噛み、手首は鮮血で濡れていた。


「何してんだてめぇっ!」


 怒りの形相の長府は、背中から身の丈ほどの長剣を放り投げる。

 跳躍し、剣の上に乗ると、そのまま加速する。

 なるほど。剣自体が乗り物みたいな感じなのか。

 俺は冷静に事実を受け止め、これからの戦いに組み込む。


「和也君! 私が捕まえてるからその内に!」


 江古田の言葉通り、鞭は引きはがそうとしても、どんどん締まる。

 ならばと、長府を無視して後方の江古田に向けて飛ぶ。

 長府の方を向いたまま。


「へ?」


 背中を向けたまま飛んでくる俺の姿を見て、江古田は間の抜けた声をあげたようだ。

 鞭の長さはせいぜい四、五メートル。

 元を辿れば敵の位置はわかる。

 おおよその距離を跳躍したと判断した俺は、空中で高速回転する。

 ボールのように丸まり縦に回る。

 わざと右手だけを伸ばし、鞭を撒き取るようにした。

 無数の針が埋もれている鞭は俺の手首に次々に突き刺さる。

 しかし一定の長さを撒き取るとそれも終わり、瞬時に江古田の手元に届く。


「ちょ、な、なにっ!?」


 回転力によって鞭は俺の手元に飛んでくる。

 俺は即座に回転しながら、江古田に向けて飛ぶ。

 右手の拳を限界まで握り、腕を曲げた。

 超高速回転した状態からのフックが、江古田の顔面に突き刺さる。


「ひぶぅっゥッ!?」


 豚のような鳴き声を張り上げ、きりもみしながら吹き飛んだ。

 地面を何度も跳ねながらようやく止まった時、江古田は身体を痙攣させていた。


「うおらっ!」


 長府が今更、俺の元へ辿り着く。

 振り向きざまに裏拳。

 奴の振り降ろしの軌道は途中で角度をつけられる。

 何度も見た攻撃だ。


「それはもう慣れた」


 弾かれた反動で長府はたたらを踏みながらも白刃を放つ。

 それは光の剣による衝撃波だった。

 しかし、距離が近いため動作が大きい。

 そのため、軽くブースト移動するだけで回避した。

 後方へ流れる衝撃波は地面を削りながら轟音を生み出して彼方へ。

 長府は悔しさを隠そうともせず、歯を食いしばる。


「く、そが、空気だった癖に、学校じゃ雑魚だったくせに!

 何なんだおまえは、なんでそんなに強ぇんだよ!」

「三百」


 思わず口にしていた。

 それだけ最初の出来事が衝撃的だったのだろう。


「……あ?」


 長府は片眉をピクリとさせ、くぐもった声を返す。


「最初に魔物に殺された回数だ。死んだ総合回数は余裕で四桁を超す。

 それだけ死んで、強くならなきゃ嘘だろ」


 死の回数と強さは比例しない。

 だが、死という経験を数えきれないほど経験したからこそ、得られるものはある。

 戦いは生と死の境で生まれる。

 死を知れば生をより知ることができる。

 それは死の限界を知るということ。

 それはつまり生きる方法を熟知するということ。

 死神と共に生き、死神との距離感を知る。

 俺の強さは、生物の中で逸脱したものだ。

 だから胸を張れはしない。

 だが、体裁なんてどうでもいいのだ。

 使えるものは何でも使う。

 目的のためなら、手段を選んではいられない。


「それだけ死んだってのか? そして生き返った、と?」

「そういうことだ」

「……てめぇは化け物か」

「なら、討伐は勇者の専売特許だろ?」

「はっ、減らず口もそこまでだぜ」


 ニッと笑う長府の視線は俺の背後に向けられている。

 首筋だけ鳥肌がたつ。

 これは。

 長府から離れつつ、後方を確認した。

 カタリナが両目を瞑り、何やら呪文を唱えている。

 問題はその頭上。

 巨大な火球が浮かんでいる。

 おいおいおい、なんだあれは。

 ニースの話では家を破壊できる程度ならば上級。

 ではその上は。

 どう見ても、家どころかちょっとした山なら破壊できそうだ。

 こんなところであんなものが放たれたら俺だけじゃなく全員が消し炭になる。


 冗談じゃない。

 無茶苦茶だ。

 何を考えているのか。

 長府達も巻き込まれるじゃないか。

 そう思ったが、長府は剣に乗り江古田と小倉を回収し飛び上がっていた。

 野郎、逃げるつもりか。

 カタリナは水の塊を纏っている。

 もしかして、あれで防御できるのか。

 ということは……。

 溶解されるのは、俺達だけということだ。

 対処しようにも意識があるのは剣崎さんだけ。

 どうすれば!

 最悪の方法しか浮かばない。

 成功したら奇跡だ。

 だが。

 ……やるしかない。

 俺は離れた場所にいる剣崎さんの近くに移動した。


「あ、ああ、あ、あんなの、ど、どうすれば」


 剣崎さんは恐怖に魅入られている。


「しっかりしろ! 逃げるぞ!」

「ど、どうやって」

「俺に任せろ」


 そう言うしかない。

 剣崎さんは思考が停止しているらしく、カクカクと何度も頷く。

 俺は一人ずつ抱え、一箇所に集める。

 順番はどうする。


「――ラルエスト・フレア」


 最後の言葉だけは明瞭に聞こえた。

 無意識の内に、カタリナを見た。

 大火球はすでに放たれてしまった。

 思いの外、速度は遅い。

 迷っている暇はない!

 俺はディッツを抱えて、ブーストを使い、全力で真上に投げた。

 次に朱夏、結城さん、ニースをぶん投げる。


「お、終わり。もう終わりなんだね……え? な、何してるの!?」


 剣崎さんがやっと我に返った。

 だが、一々説明している時間はない。

 目の前に火球は迫っている。

 気温が一気に上昇しているほどだ。

 俺は莉依ちゃんと剣崎さんを両脇に抱えて、空中に飛び上がった。

 急加速で高度を上げる。

 何度も何度も虚空を蹴る。

 そして莉依ちゃんを頭上に投げた。


「な、何してんの!? え、まさか?」

「そのまさか!」


 そして剣崎さんも投げる。


「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁっ!」


 丁度落ちてきたディッツを受け止める。

 そして投げる。

 朱夏を受け止め投げる。

 結城さんを受け止め投げる。

 ニースを受け止め投げる。

 ジャグリングのように、人を投げては受け止め、高度を上げる。

 火球が地面に着弾。

 爆発と同時に、爆風が地上から吹き上がる。


「頭おかしいぞ、あいつ!」


 威力が尋常ではない。

 熱風が足元から上って来ている。

 かなり飛んでいるのにまだ届くのか。

 俺は人間お手玉を続け、更に上へ。

 余波はまだ続く。

 爆炎は地上を焦がし、硝煙を昇らせる。

 やがて熱は冷めていく。

 だが炎をくゆらせたまま、地上は地獄と化していた。

 俺は無事な位置まで移動して、高度を緩やかに下降させる。

 そのまま全員を受け止めた。


「む、無茶苦茶するね、君! あったまおかしいんじゃないの!?」

「生きててよかったじゃないか」

「普通の人間はデリケートなんだよ! 怖いんだよ! 死ぬかと思ったよ!

 君とは違うんだよ! でも助けてくれてありがとう!」

「お、おう」


 気迫に押されて思わず返答したが、奴らはどこに行った?

 辺りを探すが姿は見えない。

 かなり遠くへ退避したのか?


「ん……?」


 声に振り返ると、莉依ちゃん達が目を覚ましていた。

 全員、意識を取り戻したようだ。


「こ、ここは? あ、虎次さん! だ、大丈夫でしたか?

 他の皆さんは!」

「無事だよ。そこに」


 俺が指差した先に、莉依ちゃんは視線を動かす。

 そこには目を覚ましそうになっている仲間達がいる。


「よかった……みんな、無事だったんですね。本当によかった」


 莉依ちゃんは心の底から安堵したようだった。


「ありがとうございます、虎次さんが助けてくれたんですね」

「剣崎さんが必死に俺のところまで走って知らせてくれたからね。

 俺だけの手柄じゃないさ」

「剣崎さんが……ありがとうございます」

「い、いや、ボクは結城さんに言われただけで。なにもできなかったから。

 せめて助けだけでも……って」

「とにかく色々話したいことはあるけど、ここから離れた方がいいかもしれない。

 今は火球の煙や熱のおかげで俺達を見失っていると思うけど。

 ここにいればいずれ見つかる」

「街に戻りますか……?」

「ボク達はリーンガムの街中で見つかって逃げて来たんだ。

 戻っても見つかるかも」

「かと言って、近場に……」


 ネコネ族の集落しかない。

 だが、このまま戻れば間違いなく巻き込むことになる。

 特に小倉の能力があれば、集落の場所が露呈するかもしれない。

 ババ様達を巻き込んでいいのか。

 世話になった人達を危険に晒していいのか。

 だが、それは街に戻っても同じ。

 長府達が街を壊滅させるつもりだとは思わないが。


「……虎次さん、街へ行きましょう。

 さすがにあれだけの規模の街に攻撃をしようとは思わないと思います。

 それに街で暴れればさすがに官憲や領主も黙ってないはずですし」


 俺の心情を理解したのか、莉依ちゃんは背中を押してくれた。

 彼女は傷は浅いが、服はボロボロで土で汚れてしまっている。

 それだけ必死に戦ったということだ。

 俺は胸が締め付けられる思いだった。


「わかった、そうしよう。ありがとう、莉依ちゃん」


 俺は思わず、莉依ちゃんの頭を撫でた。


「あ」


 莉依ちゃんは小さく声を漏らし、恥ずかしそうに俯いた。

 その仕草が可愛らしく、撫で続けてしまう。

 ささくれ立った心が穏やかになるのを感じた。

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