第60話 戦いに次ぐ戦い

 交錯と同時に火花が散った。


「シィィィッ!」

「ウラアアッ!」


 小手と剣の鍔迫り合い。

 膂力は長府の方が上だ。

 必然、俺は押し返される。

 力を流すように、俺は半歩横に移動しながら、足を軸に回転する。

 そのまま、脚部ブーストで回転力を大幅に上昇させる。

 瞬時に回り、足を前方に放ると、自然に回し蹴りの形になった。

 超反応で長府は屈み、蹴りの軌道から逃れる。

 しかし回転の力はそのままで、俺も体勢を低くして水平蹴りを放った。

 当たる!

 確信めいた閃きだったが、目論みは外れる。

 長府は小さな『光の盾』を手元に出現させ攻撃を止めた。

 伴って旋風が舞う。

 砂埃が周囲を漂った。

 衝撃を完全に吸収しているのか、長府が力を込めている様子はなかった。

 俺は、受け止められたと判断した瞬間、脚から風力を発生させる。

 接地している方の足からブースト。


 横になりながら空中で足を入れ替え、三段蹴りを放つ。

 一。長府は剣でいなす。

 二。光の盾で止められたが、バランスをとり上方へ身体を移動させる。

 三。踵落としをするも、長府は長剣で華麗に受ける。

 踵を支点に、俺は脚部ブーストで後方へそのまま回転し、長府から距離をとった。

 数度回転し、着地すると再び構える。


「動きは悪くねぇな。決定打がねぇけどよ」

「……余裕な態度だな」

「余裕だからな」


 言葉に驕りはあるが、真実味もまた含んでいる。

 数度のやり取りで理解した。

 レベルだけの差であれば経験や技術で覆せる可能性はある。

 だが、レベルも腕前も相手が上の場合は。

 勝てない。

 正攻法では勝てる要素が見当たらなかった。

 今まで魔物相手が多く、人と戦う機会はほとんどなかった。

 皇都のコロセウムでの戦いは相手はレベルが低かったし、ステータスで強引に勝利した風だった。

 しかも兵装というスキルに頼った。

 だが、今回は圧倒的な劣勢。

 しかも、長府だけが戦っている現状ではまだマシだが、他の連中が参戦すれば俺達が負けるのは必至だ。

 さてどうするか。

 逃げる、という選択肢もあるが、その場合、誰かを見捨てなければならない。

 人数は俺を含めて七人。

 全員を抱えるのは不可能だ。

 ……やはり戦うしかない。

 だが、それはある意味、丁度良かったとも言える。


「試して、みるか」 


 大味の動きではなく、技術。

 魔物相手だとどうしても膂力に頼る場面が多くなる。

 技術的な面が薄いからだ。

 だが、長府相手なら昇華できるかもしれない。

 みんなを傷つけた相手だ。

 腹の底では黒い感情が渦巻いている。

 だが、表面上は酷く冷静だった。

 相手を倒す算段を必死で探り、そして実行に移そうとしている。

 今はそれでいい。

 冷静さを失えば勝てるものも勝てない。

 俺は半身になり左半身を前方に、右半身を後方にする。

 左手は右胸辺り、右手はやや折りたたんで真横に。

 姿勢は低く、右足は多少伸ばす。

 肩を顎下辺りで固定させる。


「……奇妙な構えだな」


 長府は嘲ることなく、俺への警戒心を強める。

 ここで見くびってくれればよかったのだが。

 思った以上に長府は鍛練と経験を積んでいるようだ。

 風が虚空を撫ぜる。

 自然の生み出す音だけが響き。

 そして。

 俺は構えをそのままに、一瞬にして長府の眼前に移動する。


「なっ!?」


 驚愕に満ちた顔が近場に見える。

 左手の拳、右手小指側から同時に風を発生させる。

 左手は左方へと強引に動かされ、肘、肩と連動し身体がぐいっと左方に動く。

 その流れのまま、右手は前方へ。

 左に傾いた体勢になりつつ、右手は半円を描きつつ長府の頬に埋もれた。


「がぁっ!!?」


 踏み込みも、前傾姿勢も、拳を引く動作も、腰を回転させる動作も、予備動作のすべてが存在しない攻撃。

 ブーストによる、セミオートの動きだ。

 意思によって風力を調整し、肉体を人形と考え、半ば格闘ゲームのように攻撃を繰り出す。

 よほどの達人でも相手の予備動作なく、一瞬にして攻撃をされれば反応出来ない。

 超反応にも限界はある。

 ステータスによる圧倒的な身体能力の差があれば別だろうが、長府と俺の差程度では問題なかったようだ。

 顔面を痛打された長府は回転しながら吹き飛んだ。

 しかしすぐに地面を滑りつつ、体勢を整える。

 HPの減りは悪くない。


 『百回程度当てれば倒せそうだ』


「いてぇな……くそが」

「そりゃよかった」

「調子こいてんじゃねぇぞ!」


 怒りにかられたまま長府は俺へと迫る。

 左手を僅かに正面に突き出しながら、長剣を振るっていた。

 攻撃を受ける瞬間に盾を出すつもりか。

 だが、それも半自動的攻撃には反応できまい。

 俺は長府の攻撃を躱しつつ、瞬間的にブーストし離れる。

 そして相手がリズムを狂わされたと自覚した瞬間、再び眼前へと戻る。


「おちょくってんのかッッ!」


 青筋を立てながら長府は剣を振る。

 激情のままに攻撃をしているため、軌道が読みやすい。

 退避、攻撃、回避、攻撃、いなして攻撃、受け流して攻撃。

 次第に感覚に慣れた俺は、長府の攻撃が予測できるようになる。

 ステータスの差をものともせず。

 様々な経験が俺を強くしているという実感がわく。


「この野郎が!」 


 確かにこいつは強い。

 だが俺と同様に未熟だ。

 余裕がある時は力を発揮できるが、動揺すると一気に本来の力を出せなくなるタイプ。

 間違いない。

 こいつは精神的に幼い。


「どこを狙ってるんだ?」

「ちぃっ! ぶっ殺してやる! ぐあっ!」


 俺は挑発しつつも攻撃を繰り出す。

 一発一発は大したことはないかもしれないが、積み重ねれば必ず相手を倒せる。

 そして、長府のHPが半分近くになった時。

 俺は現状に気づく。

 余裕が出てきてしまっていた。

 そのため周囲への注意力が散漫になっていたのだ。

 一歩、退くと同時に。

 俺の身体は全く動かなくなっていた。


「もらったっ!」


 嬉々として長府が刺突を繰り出す。

 剣閃は真っ直ぐ俺の心臓へ向かい、そして届く。

 慣れた感覚。

 激痛、全身に流れる電流、末端の麻痺、脳が熱を持ち、唇が震える。

 そしてそのまま、俺は地面に倒れた。

 セーブはすでにしている。

 死んでも問題はない。


「が、はっ」


 レベルが上がっている分、即死はしなかったようだ。

 だが、もう二度と起き上がればしない。


「は、はは、やっと死にやがった」


 息を荒げながら歪んだ笑みを浮かべる長府。

 だが俺の動きを止めたのはこいつではない。

 俺は他の三人に視線を滑らせる。

 誰だ。

 誰の仕業だ。


「和也君。いい加減、その人殺しちゃった方がいいわよぉ。

 あんまり遊んでる時間ないでしょぉ?」


 間延びした口調、妙に色気があり、影がある女が立っていた。

 


・名前:小倉凛奈


・LV:19,019

・HP:2,884,022/2,884,022

・MP:4,448,088/4,764,870

・ST:1,400,332/1,490,977


・STR:3,892

・VIT:199,078

・DEX:6,002

・AGI:2,320

・MND:391,022

・INT:229,124

・LUC:119,111


●アクティブスキル

 New・真贋の瞳

   …目に見えるものすべての真贋がわかる。

    使用中、左右の眼が白色と黒色に変化する。

    効果は目を開けている最中だけ。

 New・石視

   …目に見える対象の動きを完全に止める。

    但し複数に及ぶとそれに伴いMP消費量も増える。

    使用中、左右の眼が灰色に変化する。

    効果は目を開けている最中だけ。

 New・人繰り

    目に見える対象の動きを操作できる。

    相手の意思はそのままで、自由に動かせる。

    但し対象の意志力によっては抵抗される。生物のみ可。

    使用中、左右の眼が緑色に変化する。

    効果は目を開けている最中だけ。

 New・透視

   …障害物を透けさせ、内部が見えるようになる。

    MP消費量によって、どこまで透視できるか決まる。

    またある程度、自分の裁量でどれを透けさせるのか条件付けできる。

    ただし生物の肉体や、内部が見えるわけではない。

    使用中、左右の眼が橙色に変化する。

    効果は目を開けている最中だけ。


●パッシブスキル 

 New・ウェットアイ

   …目が乾きにくくなる。地味だが、瞳術の場合助かる。

 New・視力上昇

   …視力が向上。これにより遠くの対象にもスキルが使える。


●バッドステータス

 ・感覚の鈍麻

   …目以外の感覚器官が鈍麻する。そのため、身体能力は最低値。

    日常生活には問題ないが、反応はかなり鈍い。体力や生命力はそのまま。



 長府に比べてレベルやステータスは圧倒的に低いが、能力は厄介そうだ。

 効果範囲が目で見える範囲、というのが能力の有用性を表している。

 小倉と誰かがタッグを組めば、それだけで相手は敗北が濃厚になる。

 別の異世界人か。

 どこかで見たことがある気がする。

 制服姿じゃないからわからないが、同じ高校に通っていたはずだ。

 こいつも同じクラス、だったか。

 意識が薄れてきた。


「ちっ、リンか。邪魔すんじゃねぇよ」

「邪魔? 頭に血が昇ってたおバカさんのために助けてあげたのよぉ?」

「あんだと、コラ!」

「あら、違うっていうの?」


 小倉の笑顔の前で、長府は不満にしていたが舌打ちをして諦めたようだった。


「残念ね、日下部君。わたし達の願いのために死んでぇ?」


 罪悪感なんて微塵もない謝罪。

 小倉は両手を膝の上に置き、上半身を曲げて俺の顔を覗いていた。

 死に向かう俺の様子を楽しげに見つめるその姿は、まるで魔女のようだった。

 そして、俺は死んだ。

 ――生き返る。


「え?」

「は?」


 呆気にとられた小倉と長府が俺を呆然と見ていた。

 俺は立った状態で生き返った。

 意識を明確にした瞬間、即座に長府の顔面を全力で殴る。


「あぐぁっ!」

「きゃっ!?」


 殴り飛ばした長府は、小倉に衝突し、倒れ込んだ。

 そのままごろごろと転がり、やがて停止した。

 わなわなと震えながら起き上った長府は、俺を指差した。


「さ、さっき殺したはずだ! なんで生きて、し、しかも傷もなくなってるじゃねぇか!」

「ど、どういうこと!? ま、まさか、それがあなたの能力だっていうの!?」

「そういうことだ。俺は、死なないんだよ」


 厳密には違うが、親切に教えてやる気はない。

 長府と小倉が吹き飛ばされた場面を見て、残りの二人も駆け寄ってきた。


「そ、そんなの反則だろ! チートにしてもやり過ぎだ!」

「俺に言われてもな」


 幼稚な言動に、俺は鼻で笑うしかない。

 その通り。

 俺の能力は、他の異世界人に比べて異質だ。

 だが、その分、デメリットも多い。


「ちっ! こ、こいつは全員で殺すぞ! さすがに何度も殺せば死ぬだろ!」

「わ、わかったわぁ」

「了解よ!」

「勇者様のお心のままに!」


 一度の死で、油断はなくなってしまったようだ。

 奴らから見れば、俺はただの化け物に見えているかもしれない。

 ならばその思い込み通り、何度でも蘇り、何度でも立ち向かおうじゃないか。

 俺は悪役じみた考えを持ちつつ、四人と向き合った。

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