第63話 危難のるつぼ
――俺は朱夏の話を黙して聞いていた。
朱夏はニースと剣崎さんをキューブの右手に。
左手にはディッツを持っている。
そして、ボードで移動しながら事情を説明してくれていた。
途中、長府と小倉との関係性辺りの話では、要領を得ない感じだったけど。
俺は莉依ちゃんと結城さんを抱えている。
長府達の手から何とか逃れたと全員に話した後、みんなとリーンガムに戻る途中だった。
「その後は?」
「全員でリーンガムまで金山さんを追った。
けど見つからなくて、逆に皇国軍に見つかったんだ。
指名手配をされていると知った僕達はオーガスに逃げのびた。
そしてオーガスで保護されたんだ。
それからオーガスの勇者になって二つ目の条件を聞いた」
「所属国以外の異世界人を殺すこと、か」
「そう。けれど僕は戦う力がなかったから、別の異世界人と接触して利用するつもりだった。
僕の能力なら各国の首脳陣や異世界人も操作できるし、情報を探ることもできる」
「結局、みんな願いを叶えようとしている、のか」
「そう、だね。僕も、そうだったし。
けど、条件を聞いて……怖気づいた。
多分、世界統一と聞いても現実感がなかったんだ。
戦争が起こるのは間違いない。そんなのは考えればわかることだったのに。
みんな、状況に酔ってたんだと思う。勇者って周りから持てはやされたりしてたから。
現実に気づいてから、逃げようとも考えたけど無理だった。
結局、長府達と共に行動して、流されて勇者になってしまったんだ。
人数が多いのは有利だと思ったから。
でも結局、二つ目の……殺すという条件を聞いて躊躇した。
ネコネ族に会ったのは偶然だったんだ。
皇国軍から逃げて、疲弊していた時にニースと出会った。
その後は、ほとんど君に話した通りだよ。
君達の情報を集めていたら皇国に捕まって……」
「そうか……」
「所属を解除するには所属国の神子に頼まなければならないんだ。
けれどそんなの相手は快諾しない。
もし了承してくれたとしても、すぐに元所属国の勇者や、元所属国の人間に殺されてしまう。
だから戻ることもできず、僕は諜報という任務を受けつつ、君たちと共にいた。
ごめん。僕は……君達を利用しようとしていたんだ。
君達を別の異世界人と戦わせたり、戦争に投入してかく乱させるつもりだった。
そして、最後には相打ちさせるか瀕死にさせて、殺すつもりだった……」
神妙な顔をしている朱夏。
自責の念に駆られていることは一目瞭然だった。
朱夏は移動速度が落ちていることに気づき、再び速度を戻す。
俺達は街への道中を急いでいる。
「もしかして、アレも関係あるのか……?」
アレはアレだ。つまり男か女かのアレ。
「……うん。僕の能力、チャームってあるじゃない?
効果を発揮すれば、より良い印象を与えるんだ。
あれは異性の方が効きやすくてね。だから、その可能性を教えた」
つまり男に対してはそういう気持ちにならないから、女かもと思わせることで俺の心を惑わした、と。
なんだ、じゃあ、嘘なのか。
「あ、でもアレに関しては本当だけど」
本当なのかよ!?
余計に気になるじゃないか。
なんて内心で思っていたら、朱夏が表情を重くした。
「僕は君達を騙していた。何をされても、言われても仕方ない。
本当にごめん。許して欲しいとは言わないけれど……」
俺は朱夏の真摯な態度に好感を抱いた。
考える。
確かに、朱夏と出会ってくらいから妙に都合が良いことが多かった。
それは表面上だけで、裏では謀られていたということになる。
朱夏は俺達を騙していたのは間違いない。
しかし、俺はあっけらかんと答える。
「別にいいんじゃないか?」
「……え?」
「いや、だって別に朱夏に何かされたわけでもなく。
むしろ助けてくれたし。今、こうして事情を話してくれたし。
許すも何も責める理由がないじゃないか。それに色々知ってる人間がいると助かる。
莉依ちゃんや結城さんもそう思うだろ?」
「ええ。むしろきちんと話してくれて嬉しかったです。
怒るなんてとんでもないですよ」
「うんうん。正直に言うと、よく内容がわかってないけど。
とにかく、辺見君は良い人ってことだよね。問題なし!」
ちなみにニースは話の途中から寝ている。
この猫、結城さん以上に込み入った話が苦手である。
「みんな……ありがとう……」
朱夏の瞳を濡れていた。
この数ヶ月、朱夏は一人で悩んでいたのかもしれない。
朱夏は俺達の仲間だ。
それは揺るぎない事実だった。
「お、おい。なんか色々話してるところ悪いけどよ! あれ見ろよ!」
「ん? どうした?」
ディッツが野太い声を張り上げる。
そういえば、君いたね。
元に戻った俺達の姿を見ても、今まで通りに接してくれている。
見た目はごついし、小物っぽい部分もあるが、悪い人間じゃないんだ。
風貌に似合わず、指を震わせていた。
あまりの形相に俺達は、ディッツの視線の先を見る。
「なんだ、あれ」
街はまだ見えない。
平原には人の行列が伸びていた。
リーンガムに背を向けて歩いている。
方向は皇都エシュト。
これはどういうことだ。
「もしかしたら、ロルフさんがドラゴンのことを知らせたのかもしれません!
長府さん達と戦っている間に、街へ逃げて行ったみたいなので!」
なるほど、あり得るな。
ドラゴンと沼田は当初、皇都エシュトを襲うつもりだったらしい。
だが、ここまで露呈している現状、もしかしたら近場の街を襲うかもしれない。
とにかく俺達も知らせに戻るつもりだったから助かる。
それに長府達もまだ、俺達を追ってくるかもしれない。
だが、こうも見事に街から退避するものか。
確か、俺達がリーンガムを出発した時にも既に、それなりの人数が街を出て行ったはずだ。
もしかして半数くらいはいなくなったんじゃないか。
「悪ぃ! い、急いでくれ! 妹が心配なんだ!」
「ああ、わかった」
ディッツの叫びに、俺は答える。
気の休まる暇がない。
そう思いながら、何か大事なことを忘れているような気がした。
精神的に余裕があまりないのか、頭が働かず、結局思い浮かばない。
俺達はリーンガムへの帰路を急いだ。
●□●□
「――一体、どういうことなんだ?」
リーンガムに到着した俺達は眼前の情景に戸惑っていた。
「どいてくれ!」
「通れないじゃないか!」
「さっさとしろ! くっそ、邪魔だ!」
「おかあさんっっ! おかあさんぅっ!」
「おい、止まんじゃねぇ!」
騒然としていた。
道は人や馬車、牛車で埋もれている。
まるで災害避難だ。
ドラゴンの強襲の可能性は確かにある。
災害と同様に、竜は脅威であることもまた理解している。
だが、それならば俺達がララノア山に向かう前にも同じ反応をしていたはずだ。
なのに、今になってここまでの状況になるか?
俺達が討伐するか、どうせドラゴンは襲ってこないという風に高をくくっていた、という風には見えない。
ドラゴンの特性はみんな知っているはずだし、それでも残るという人間が多かったはずだ。
なんだ?
なんでこんな状態に?
「お、おい、トーラ、じゃなくて虎次……こんな状態じゃ移動できねぇ。
悪いけど飛んでくれねぇか」
朱夏の能力では空は飛べない。
人だかりの中、移動するには俺が運ぶしかないが。
みんなのことも気がかりだが、ここまで付き合ってくれたディッツを蔑ろにもできない。
「悪いみんな。一先ず、人が少ない所に移動しておいてくれるか?
それと途中でアーガイルさんの安否も確認しておいてほしい」
「わかりました。
見たところみんな外に出ようとしてますし、裏通り方面は人が少ないみたいです。
そっちに移動しておきます。途中にアーガイルさんのお店もあるので」
「わかった。すぐに戻るから。ディッツ! 行くぞ!」
「わ、悪い。助かるぜ」
ディッツを抱える。
中々重いし、大男を抱える図はなんというかシュールだ。
……考えるな、無心だ。
そう思い、俺は無言で跳躍し、人波の上を移動した。
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