第52話 虫の知らせ

 出発から五日後。

 片道三日だと聞いていたが、何度か魔物と遭遇してしまい到着がかなり遅れた。

 到着が遅れたのは人数減少という理由もある。

 十名ほど減った。

 九十程度の人数で、ドラゴンと対峙することになる。


 現在、俺とシュルテンの二人は、頂上付近で散策をしている。

 隘路(あいろ)を通っていた。頭上は抜け、空が見える。

 ドラゴンの巣を探すためだ。

 頂上と言っても、三角形の頂点のように一点に集中しているわけではない。

 比較的なだらかで、広い。

 そのためまずは対象の存在を確認することが必要だった。

 ドラゴンの姿は目撃されているが、ララノア山だという確実な証拠はない。

 何件かの証言を元に、こうして俺達が訪れているに過ぎない。

 それが単なる勘違いであれば、それに越したことはないのだが。 

 その期待は、先を歩いていたシュルテンの右手で止められた。

 シュルテンは人差し指でチョイチョイと正面を指し示した。

 俺はゆっくりと彼の横に並び、顔を出す。

 複数の道が集まって、空間に繋がっている。

 そこには僅かに天井があり、最低限の雨露は防げるようになっている。

 いた。

 てらてらと光る緑の鱗。

 腹の底から響く唸り声。

 遠くから見ているだけなのに伝わる重圧。

 体躯は家屋と見紛うほどだった。

 トロールよりもゴーレムよりも巨大だ。

 どうやら就寝中らしく、寝息を立てて、動く気配はない。

 俺はドラゴンを分析する。



・名前:グリーンドラゴン


・LV:112,334

・HP:11,889,801/11,889,801

・MP:10,333,698/10,333,698

・ST:9,422,224/9,422,224


・STR:798,003

・VIT:590,866

・DEX:501,998

・AGI:822,021

・MND:225,487

・INT:135,402

・LUC:111,111


●特性

 空を駆ける、風を操る緑竜。

 地上の魔物の中で上位に位置する。

 ドラゴンの中でも機動力は高い。



 なんだあのステータスは。

 あんなの百人程度で勝てるわけがない。

 単純な数値の差で、力量の差は計算できない。

 例えば俺がレベル一で相手がレベル二だった場合。

 俺がレベル百で相手がレベル二百だった場合。

 どちらも差は二倍だが、前者は大した差はない。

 当然、実際の数値差は一と百九十九だからだ。

 グリーンドラゴンのレベルと俺とのレベルは十万以上の差がある。

 俺が十一人いても勝てるわけじゃないのだ。

 そもそもここまでの差があればダメージを与えるのも難しいに決まっている。

 技巧武器があると言っても、合わせて二十万程度のSTRしかないのだ。

 奴のVITは超えられない。

 討伐なんてそもそも無理だったとしか思えない。


「おい、戻るぞ」

「あ、ああ」


 シュルテンの言葉で俺は我に返る。

 彼の反応からして、ドラゴンの強さは想定の範囲内らしい。

 シュルテンはステータスが見られないから、単純に気づいていない可能性もあるが。

 彼ほどの実力者なら相手の力量も推し量れるだろう。

 あれが通常だとすれば、黒と白の強さはどれくらいなんだ……。

 リーシュのステータスを思い出すと、ドラゴンの強さが異常なのがわかった。

 魔物の中でも上位。

 それがどれほど危険なのか、俺は改めて理解した。 

 俺達は道を戻り、待機していた討伐隊のみんなと合流した。


「いましたか、団長」


 待機していたロルフが神妙な顔つきで言う。


「ああ、いた。運がいいのか悪いのか、巣は洞窟内だった。

 ただ天井はないから煙が流れるだろうけどな」

「それでも、一度追い払えば戻っては来ないでしょう。

 ドラゴンは住処に執着しませんからね。

 まあ、僕の美貌に釣られて戻って来るかもしれませんがっ!」


 バサッと衣服を払ったロルフを無視して、シュルテンは全員に向き直った。


「作戦をもう一度確認する。竜燈草を燃やし、煙を送る。

 同時に、何人かでドラゴンの挙動を確認する。飛び立ったのを確認できれば任務完了だ。

 竜燈草の臭いがついた場所に住み続ける理由はないはずだ。一度去れば戻ってこない。

 やることは単純明快。大して難しくもない。だが、気を抜かずやり遂げるぞ!」


 近場なので気勢を出さず、全員が覚悟した表情で頷く。


「おい」


 声をかけられ、振り向くとハゲ、もといディッツが腕を組んで仁王立ちしていた。

 また何か言われるのかと思い、俺は小さく嘆息した。


「なんだ?」

「……いや、その、なんだ」


 予想に反して、ディッツは居丈高とは違い、言い淀んでいた。

 俺は訝しく思いながらもディッツの言葉を待つ。


「わ、悪かった」

「え?」


 思ってもみなかった言葉に、俺は素直に驚いてしまう。

 まさか謝られるとは。


「いや、俺もあんた達殴ったし、お互い様だと思うから」

「ま、まあ、あれは中々痛かったぜ」

「悪かったよ。手加減はしたんだけど」

「だろうな。おまえ達の戦いを見てたら、強さはわかる」


 なんだ、素直に反応されてちょっと気持ち悪い。

 最初、俺達に喧嘩を吹っかけてきた人間とは思えない。

 別に、窮地を救って互いに理解したりなんて場面はなかったはずだ。

 そんな安っぽい友情ドラマを演じられても困るけれど。


「なんで急に?」

「……ここまで来たら、もうどうしようもねぇしな。

 というか、初日の夜に謝ろうとは思ってたんだ。

 俺ぁ、街に妹がいてな。病弱で外に出られねぇんだ。

 金もあんまりねぇし、リーンガムがドラゴンにぶっ壊されちまったら……。

 そう考えて参加を決めた。他の奴は金目当てだったみたいだけどよ。

 身勝手な話だ。妹とそっちの嬢ちゃんの姿を重ねちまったわけだ。

 あんたらは俺よりも強いのにな」


 渋面を浮かべるディッツに、俺はどう言えばいいかわからず、莉依ちゃんを見た。

 彼女も反応に困っている様子だった。

 考えてみれば、何かされたというわけでもない。

 ただ因縁をつけられただけだ。

 それに彼の考えは理解できた。

 子供は危ないから参加するな、そう暗に言っていたのだ。


「悪いな。作戦前に言っておきたかったんだ。

 何より、あんた達みたいに強い奴らが残ってくれて心強かった」

「俺達にも理由はあるから」


 街への思い入れは、他の連中に比べれば弱いと思う。

 だからといって、逃げの口上に使うつもりもない。


「そうか、そうだよな……。それじゃよろしく頼むぜ」

「ああ、こちらこそ」


 ディッツは満足そうに頷き、作戦遂行の班に加わって行った。


「悪い人じゃ、なかったんですね」

「そう、みたいだな」


 不器用な性格だとは思うけどな。


「ここにいる人達、みんなそれぞれ理由があるんだよね。

 なんかさ、あたし達って結構部外者だけど、やっぱりどうにかしてあげたいよね」

「ああ。そのためにも作戦は成功させないと」


 俺達は頷き合い、覚悟を決める。

 もう逃げることはできない。

 作戦を成功させ、ドラゴンをこの場から追い払う。

 言葉で言えば簡単に思える。

 だが、あれだけの強敵だ。

 もし上手くいかなかったら、という思いが浮かんでは消える。


 ――何か気になる。


 理由はわからない。

 しかし、何かが引っかかった。

 なんだ?

 何が、俺は気になっている?

 小さな違和感は無視できないほどに色濃かった。

 しかし不明瞭な原因はありがちな結果に至る。

 考え過ぎだ。

 本番を迎え、不安になっているだけだ。

 杞憂だろう。

 俺は僅かな不安を押し込めながら作戦に挑んだ。

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