第51話 竜燈草

「――すまん」


 その謝罪に、俺達は複雑な思いを抱く。

 出発前、俺達の入団をシュルテンの口から全員に告げられた。

 反発はなく、歓迎する声も少なくなったのは助かった。

 しかし、いざ出発となった時、事は起こった。

 目の前で気まずそうに視線を逸らす傭兵達。

 その数は八十近くいた。


「本当にすまない。俺達はここで下山する」

「そうか」


 シュルテンは離脱を決意した仲間達にも寛大だった。

 しかし、僅かに落胆の色が浮かんでいたのを俺は見逃さなかった。

 魔物の襲撃、仲間の死、戦力の激減。

 改めて考え直した結果、至った答えだったのだろう。


「ここまで来るのに、迷っている奴もいた。

 昨夜の襲撃でびびっちまった奴もいる。

 それに、昨日死んだ奴と親しかった奴も。

 すまない、俺達はこれ以上先には行けない。ドラゴンと戦う覚悟は俺達にはなかった」


 シュルテンは先頭に立っている男の方に手をかけ、ニッと笑う。


「気にすんな。命あっての物種だ。無理強いはする気はねぇさ」

「すまん……」


 何度目かの謝罪。

 その言葉には強い罪悪感が含まれていた。

 あるいは彼等の行動の方が正しいのかもしれない。

 ドラゴンは山から下りず、穏やかに暮らすという可能性もあるのだ。

 ただドラゴンの人に対する敵愾心は確かなようで、害獣として討伐する方がいいだろうという考えもある。

 仮に、ドラゴンが街を襲っていれば逃げるか戦うかの選択肢しかなかっただろう。

 だがまだ事は起こっていない。

 だからこそ選択の自由があり、悩みの種も増える。

 俺も彼らを責める思いはない。

 だが、残留組の中で憤っている人間もいた。


「お、おまえら、冗談だよな!?」


 禿げ頭のディッツだ。

 三人組の筆頭のはずが、残りの二人は反対側に立っていた。

 ツンツンとモヒカンは下山を決めたらしい。


「わ、悪いなディッツ、俺達はもうついていけねぇ。

 金目当てで参加したがよ、さすがに、もう儲けられるとは思えねぇよ……」

「ここまで来るのも、本当はイヤだったんだ。

 おまえがどうしても行くって言うからついてきたけどよ。

 さすがに人数が減り過ぎて、甘い汁なんて吸えるわけがねぇ。

 お、俺達は後方で多少支援して、いざとなりゃ逃げればいいと思って参加したんだ。

 これじゃ、賭けにもなりゃしねぇ。無駄死にはごめんだ」

「ふざけんな! おまえ達、街を守るんじゃなかったのか!?

 こ、ここまで来て逃げんのかよ!」


 ディッツは二人の胸ぐらを掴み、怒声を張り上げる。

 彼の顔は今まで見たことがないくらいに必死だった。


「は、離せよ!」


 二体一では敵わず、ディッツは二人に突き飛ばされる。

 地面に倒れたディッツはキッと二人を睨む。


「街を守りたいと思ったのは本当だ。け、けどよ死んでまで守りたいとはおもわねぇ。

 悪いな、ディッツ。俺達は自分の命が一番大事なんだ」


 ディッツはまだ言い足りないと、何か言おうと口を開いた。

 しかし、寸前で押し殺し、舌打ちをして後方へ引っ込んだ。

 離脱組の先頭にいる男は苦虫を潰したような顔をして、シュルテンに一礼したあと、集団を引きつれて道を下って行った。

 一気にかなりの人数が減ってしまう。


「現在の人数は?」

「百二人ですね」


 シュルテンの淡々とした問いに、ロルフが答えた。

 二等級の魔物、グリーンドラゴン討伐に必要な戦力は約千人。

 対して俺達の現存戦力は百二。

 十分の一、か。

 これはかなり厳しいな。

 危険度が著しく跳ね上がったと考えていい。

 残った面々の表情は重い。

 だが、帰る気はないらしく、歯噛みしたり、剣呑とした空気を醸し出しているだけだった。


「よし、それじゃ出発する」

「ま、待ってくれ。この人数で行くのか?」


 ディッツの問いかけに、シュルテンは即答する。


「そのつもりだ」

「い、幾らなんでも無謀だ。討伐なんてまず無理だろッ!

 せ、せめて追い払うかどうかした方がいいんじゃねぇか?」


 昨夜、シュルテンは討伐をするつもりはないと俺達に話した。

 参加者達も討伐は困難であると感じていたようだ。

 その上で、更に脱落者が出た。

 今の状態で討伐を視野に入れるのは、さすがに無理があるだろう。

 シュルテンは考えを巡らせている様子だった。


「……一応、討伐が困難である場合、追い払う作戦も用意してある」


 なるほど、元々討伐するつもりはなく、報酬も支払うつもりはなかったという事実を話す気はないらしい。

 それはそうだ。

 報酬という餌を使い、人数を集めたのだ。

 そして最終的に困難であると理解させた上での打開策、という体で用意していた作戦なのだから。

 あるいは、現状、人数が完全に減り切って、残った覚悟のある人間を見極める意図もあったのかもしれない。

 その上で、報酬支払いの可能性を残しつつ、打開案も提案する。

 そうすれば最低限の期待は維持でき、且つ最終目標を二つ用意できる。

 完遂の可能性を残せば、やる気も出るものだ。

 ただ、話すのは少し早い。

 山頂近くになって、後戻りのするのが困難な状態で話した方が効果的なはずだ。

 でなければ、この場で離脱する人間が増えてしまう。

 恐らく、シュルテンの計画では人数が減るのはもう少し後になるはずだったのだ。

 魔物の強襲によって作戦が狂ったのではないか。

 でなければ、とりあえず参加者を増やした意味がない。

 裏を返せば、内実をひた隠しにする意味も薄くなったということでもある。

 実際、詐欺でもない。

 ただ……ここまでで死んだ人間の中には疑わずに逝った者もいるかもしれない。

 ドラゴン討伐という難関を超えるには、それも必要なことだとシュルテンは考えたのだろう。 


「作戦、だって?」

「ああ。本来ならもう少し後に説明する気だったんだがな、今の内に説明しておくか。

 人数が減って不安になっているだろうからな。つっても、内容は簡単だ。

 竜燈草(りゅうひそう)を使う」


 聞き慣れない言葉だ。

 莉依ちゃんや結城さんも首を傾げている。

 しかし喧噪は大きくなっていった。


「まさか竜燈草を用意していたとは」

「実在していたのか……」

「知らない奴もいるだろうから説明すると、竜は竜燈草を焼いた煙が苦手でな。

 追い払うのに最適なんだ。今回の討伐遠征では、念のため竜燈草を持って来ている」


 そんな便利なものがあるなら最初から言えばいいのに。

 俺の考えが顔に出ていたのか、シュルテンは苦笑いを浮かべる。


「竜燈草は希少で高価でな。あんまり使いたくはねぇんだ。

 もちろん、参加者に負担を強いるつもりはねぇから、俺の自腹だ。

 それに確実に効果があるとは限らない。ないとは思うが、最悪の事態も想定するとな。

 ただ討伐ではないから成功報酬はあまり出せない」


 僅かにざわつきが生まれる。

 討伐隊参加者の中にも、当然報酬目的の連中もいる。

 残留組の中にもそういう連中がいたらしい。

 正直、ここまで切迫している状況で金目的の参加者が残っているのが驚きだった。

 動機が単純とは限らないから、一概には言えないが。


「少なくはなるが、傭兵団から金は出す。命がけだからな。

 ただ、十分の一程度になるが」


 白金貨十枚程度か。命をかけるには安すぎる値段だ。

 だが、立ち去ろうとする人間はいなかった。


「やるぜ。ここに残っている連中は、金だけで来ているわけじゃねぇからな」

「正直、金は欲しいけどな。ここまで来たら後戻りするのも面倒だ」

「来たからには、尻尾撒いて逃げるわけもにいかねぇ。傭兵としての誇りが許さねぇしな!」

「団長も、凄腕の兄ちゃん達もいるし、なんとかならぁな!」


 豪快に笑う、傭兵のおっさんが俺の肩をバシバシと叩いた。


「それに街には女房と息子を残してるしよ、逃げるわけにゃいかんわ」

「俺も妻がいるんだ……」

「家族が待ってる。逃げるにも金がねぇし」

「まあ、ここに残ってる連中はそれなりの理由がある人間ばっかりだろ」

「そうだな。逃げるわけにゃいかねぇ」


 口々にそれぞれの理由を話していた。

 残った人間の結束力は多少深まったようだ。

 シュルテンもロルフも、もしかしたらディッツも何か事情があっての参加なのか。


「作戦は直前で話す。つっても大した内容じゃねぇが。

 何か質問があったら答えるが――ねぇみたいだな。それじゃ出発だ」


 シュルテンの号令に全員が応える。

 残った人間は全員が作戦に対して覚悟を持っていた。

 俺も同じだ。

 ただ優先順位は、莉依ちゃんと結城さんが先になる。

 何があってもいいように心構えだけはしておかないといけない。

 そう思いながら、俺は全員と共に歩み進んだ。

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