第50話 離脱と加入
戦闘を終えると、魔物の解体が始まった。
どうやら今夜の食事は熊肉らしい。
現地調達できたのは良かったのか悪かったのか。
死人は二十人に及び、怪我人は三十人出た。
怪我人の治療は莉依ちゃんが引き受けた。
治癒魔術が使える人間は少ないらしく、かなり重宝された。
本当は魔術じゃないんだが、そこは敢えて黙っておく。
清廉、可憐な見目と相まって、治療している姿を見ていた傭兵達は莉依ちゃんを見て、口々にこう言っていた。
『天使様……』
『女神リィ様が降臨された』
『今日から改宗しよっ』
やばいくらいにイっちゃってる目をしている男達の中で、莉依ちゃんは必死に癒やしていた。
彼女は純粋なので男達の劣情には気が付かない。
ピュアである。男はそう信じたいのである。
いや、莉依ちゃんは純真無垢だけどね。
もちろん、俺は汚らわしい眼から守るため、莉依ちゃんの姿を巧みに隠した。
さすが莉依ちゃん。
ロリコンを増やすなんてな……!
俺は違うけど。
俺はロリコンじゃないけど。
断固としてそこは譲れないけれど!
まあ、それはそれとして。
怪我人の中では下山を決意した人間も少なくなかった。
そして、魔物を前にして逃亡した連中は二十。
現在、残っている人数は大体二百人だ。
だいぶ減ってしまった。
このまま人数が減るのならば、俺達も指針の変更を考慮した方がいいかもしれない。
魔物の解体班、怪我人の治療班、死亡者の埋葬、何もしてない班、自分達のことだけしている班で分かれていた。
俺達は莉依ちゃんを筆頭に、治療を手伝っていた。
それが丁度終わった頃、見知った顔が近づいてきた。
「やあ、君達。僕だよ」
副団長のロルフだ。
ファサッと髪を掻き上げる。
ニースとは違った意味合いで、どんな状況でもマイペースだなこの人。
「どうも」
俺は素っ気なく返事をして、次の言葉を促した。
「実はね、うちの団長が君達と話したいらしくてね。
悪いけど、ご足労願えないかな」
「……わかりました」
なんだろうか。
もしかして異世界人だとバレたんだろうか。
思い返すと、現地人としては色々とおかしい行動をしてしまったような気がする。
技巧武器とか。
腕吹っ飛んだのに治したりとか。
バレたら拘束されて、また皇国軍に捕まるんだろうか。
いやいや、さすがに早計だろ。
俺達の見た目は現地人そのものだ。
ちょっと特殊な戦い方をしたくらいで異世界人だと断言はできまい。
とにかく行ってみないとわかりそうにないな。
「……何の用なんでしょう」
「わからない。けど、警戒はしておこう」
「ですね」
こういう時、莉依ちゃんの冷静さは助かる。
彼女は年齢に不相応な慧眼の持ち主だ。
結城さんが頼りないわけじゃないが、やはり頭が回る人間がいると安心する。
「じゃあ、こっちに」
俺達三人はロルフに連れられて、傭兵団のテントに向かった。
●□●□
簡素なテント内にはこれまた簡素な机や椅子があるだけだった。
内部を照らすランプが天井から垂れ下がっている。
「よう、来たな。治療助かったぜ」
団長のシュルテンが椅子から立ち上がり両手を広げた。
自然な所作だったためか、歓迎されているような雰囲気が漂う。
しかし俺は顔を引き締めたまま、軽く一礼した。
「彼女が頑張ってくれたので」
「小さいのに大したもんだ、ありがとよ」
「いえ、できることをしただけです」
シュルテンはしきりに感心し、莉依ちゃんに向けて何度もうなずいた。
莉依ちゃんは少し気まずそうだ。
感謝されて喜ぶような子じゃないからな……。
お礼だけかと思いきや、何やらまだ用があるらしい。
俺は焦れてしまい、思わず口走った。
「それで、他に何か用ですか?」
「まあ、そう警戒すんな。しゃちほこばらなくてもいい。話がしたいだけだ」
「話……?」
僅かに不穏な空気を感じる。
言葉には含みを持たせているような気がした。
しかし内容を聞かずに判断するのは難しい。
俺達はとりあえず。促されて、椅子に座った。
どうやら副団長のロルフも同席するようだった。
俺達三人、シュルテンとロルフの五人がテント内にいる状態になっている。
「それで、どんな話ですか?」
「そう、だな。まずどこから話すか。
……あんた達、さっき魔物が出た時、いの一番に戦ったな?
結構、魔物との戦闘は経験があるってわけだ」
「まあ、それなりには」
「それなり? いいや、かなりの腕前だ。
リカントベアーと戦える人間なんてそうはいねぇ。
現に、討伐隊の参加者、ほとんどがあんた達の戦いを見ることしかできてなかった。
もしあんた達が戦っていなかったら半数は殺されてただろうな」
「持ち上げますね」
「事実だからな。おべんちゃらは好きじゃねぇんだ」
シュルテンは人好きのする笑顔を浮かべた。
なるほど、実力だけじゃなく人格者でもある、というわけか。
「あの、失礼ですけど、傭兵団のレベルはあの程度なんですか?」
「率直だな」
シュルテンが苦笑する。
我ながら言葉を選ぶべきかと思ったが、内心では少し憤りもあった。
もしも助力が早ければ、結城さんに危険が及ぶ可能性は低かったはずだ。
それに戦いを生業にする人種が、人任せにしたという事実が不服だった。
「あんた達だけに戦わせていたって事実は俺も重く受け止めてる。悪かった」
シュルテンは淀みなく頭を垂れた。
団の長たる男に素直に謝罪され、俺達は戸惑う。
しかし、それは傭兵団の実情を彼が最も理解しているということでもある。
「傭兵団バルバトスってのは新進気鋭の団でな。まだ創設して間もない。
新人が多いし、結束も弱い。戦いに慣れていない連中も少なくねぇんだ。
ただ、この周辺では傭兵団は少なくてな。俺達くらいしかまともな団はねぇ」
「もしかして、エシュト皇国が魔物討伐を引き受けているから、ですか?」
「ああ、その通りだ。特にリーンガム周辺では国軍の魔物討伐が盛んでな。
国が担っている分、民間での仕事は少ねぇ。かといって万全でもねぇんだ。
今回みたいに、国の対応が遅いことは多々あるからな。
だからリーンガムでも傭兵の存在は必要だ。
ただ、どうしても仕事が多い場所に、俺達傭兵は出張るからな。
何より、冷戦状態のせいで、今のところ戦争がない。
だから国境近くのリーンガムでも平和なもんなんだ。今のところはな。
そういう理由から傭兵連中の仕事は魔物討伐に集中してやがる。
必然的に、リーンガムの傭兵は少なくなった。だから俺は傭兵団を作ったのさ」
「なるほど……だから、新人が多い、と」
「そうだ。手練れはリーンガムにはあまり残ってねぇ。実入りがよくねぇからな。
俺達は商人ギルドやクエストギルドと提携して情報を共有しているから、それなりだ。
息巻いてはいるが実力のねぇ連中や、新人が多い。
ただ、素質がある奴はそれなりにいるから指示をすれば結構働くんだぜ」
だからシュルテンが命令してからの動きは悪くなかったのか。
しかし、そんな練度でドラゴンと戦えるのだろうか。
「あんたの考えていることはわかる。
こんなのでグリーンドラゴンを倒せるのか、って思ってるな?」
「ええ、さすがに厳しいのでは」
「全員には言わねぇが。その通り。倒せねぇ。まず無理だろうな」
すんなりと認められて、俺達は驚きに言葉を失う。
「それは一体?」
「なぁに、討伐隊なんて名前にしたのは、単に金と素材の報酬があるっていう名目のためだ。
最初から追い払うのが目的で、大した報酬は出せないなんてなったら参加者が減るだろ?」
「……つまり、報酬を払う気はない、と?」
「いや。討伐できたら出すぜ。でもそんなのは無理だ。
だから残念ながら討伐報酬は払えないことになるだろうな。
もちろん、倒せてしまったのなら、払うぜ。
素材売却と俺の私財を併せりゃ何とか払える。騙しちゃいないだろ?」
確かに、詐欺ではないし、ある意味、彼の行動は正しいと言える。
実際、討伐できれば報酬は支払うつもりらしいし。
討伐難易度自体は全員知っているはずだ。
それでも一攫千金を夢見て参加を決めたという人間が多少いたという話。
仮に、追い払う目的で大した報酬もなければ、参加者は今より激減していただろう。
それでも不参加者や途中辞退者は多いが。
「俺達に話してもいいんですか?」
「一応は傭兵団の長である俺と、身元もわからねぇ傭兵、しかも年若いあんた達とではどちらが信頼度が高いか、言わなくてもわかるだろ?」
つまり俺達が吹聴しようが誰も信じない、という自負があると言っている。
剛毅な見た目だが、意外に強からしい。
こういう性格の人間は嫌いじゃない。
「……本題を聞いても?」
「ああ、すまねぇな。率直に言わせて貰うが、一時的に傭兵団に入ってくんねぇか?」
「意図がわからないんですが」
「はっきり言って、俺達の団は弱い。俺以外は大した腕はねぇんだ。
つまり単純な実力者がいねぇ、それはさっき説明したな?」
俺が肯定しようとした時、不服そうな声が邪魔した。
「ちょっと、待ってください。その言葉は心外です。
僕がいます、そう僕、この僕がね!」
ババッと服を払って、仰々しく胸元に手を添えるロルフ。
得意げな顔だったが、色々な意味で滑っている。
「いや、おまえ弱いじゃねぇか」
「な、なんと!? ぼ、僕が弱いですって!?
ではなぜ副団長に!? 僕が強いからでは!? 僕の才能を見出したからでは!?」
「一番マシだったからだな」
「……つまり暫定的な意味合いで?」
「そういうことだな。働きぶりは評価してるぜ?」
「ノオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッッ!」
あ、号泣しながら出て行っちゃった。
……今に生きてるなぁ、あいつ。
ちょっと気に入っちゃったよ、俺。
俺はロルフの後ろ姿を目に焼き付けて、シュルテンに向き直った。
「えーと、つまり実力者が傭兵団に入れば、士気も上がるから入れってことです?」
「そういうことだ。討伐隊のままでもいいんだが、一時的にでも傭兵団に入れば身元証明ができるからな。隊内の信頼度が上がる。
それに傭兵ってのは強い奴がのし上がるもんだ。強さと功績によって地位を得る。
そういう実例を作れば、やる気も上がるってもんだ。
何より、強い奴の言うことなら聞くし、頼りになるだろ?
あんたらはさっきの戦いでそれを見せつけたんだからな」
「というと、俺達は下っ端じゃなくて隊を任せられる、と?」
「小隊を任せてもいいが、突然入ってすぐに指揮をするのは無理だろう。
部下も納得しねぇからな。だから特別枠として入団して欲しいわけだ。
もちろん、好きに戦ってくれて構わねぇよ。その方が実力を発揮できるだろうしな」
「……あなたの言っていることはわかりますが」
「迷う必要はないと思うがな。不利益はねぇ。むしろ終わったら別途報酬を出すぜ。
あんたらの素性を探るつもりもねぇさ。傭兵なんて人様に話せない身の上の連中ばっかりだしな。どうだ? 引き受けちゃくれねぇか?」
俺は二人と目を合わせて、問いかける。
二人とも微妙そうな顔だ。
確かに、突然傭兵団に入れと言われても困る。
しかし、俺達が入ったことでメリットはある、とシュルテンは確信している様子だ。
俺達は傭兵の中ではかなり年齢が低い。
そんな俺達に従うものなんだろうか。
それにハゲ達のように反感を持つ連中はいるだろう。
デメリットもあるような気がするが。
「お任せします。どんな決断をしても私はついて行くので」
「あたしも君の決断なら従うよ。文句は絶対に言わない」
これは責任逃れではない、信頼だ。
俺は二人の思いを受け取り、大きく頷いた。
「大した信頼感だ。俺の眼に狂いはなかったようだな。で、どうする?」
「入りましょう。あくまで一時的に、でよければ」
「もちろんだ。助かるぜ。それと敬語はいらねぇ。俺はシュルテン。おまえは?」
「俺は……トーラ。こっちはユウとリィだ」
それぞれのちょっとした偽名で紹介する。
指名手配されているからな。ただ、本名を知られてはいないかもしれない。つまり念のためだ。
素直に名乗って、実は知られているなんてなったら笑えないからな。
「そうか。よろしく頼むぜ」
満面の笑みでシュルテンは手を差し出す。
俺は苦笑しながら握手した。
「今日は熊鍋だ。ウチの団は大して強くはねぇけど、料理だけは美味いんだ」
「それってどうなんだ?」
「料理が美味いと、士気が上がるんだぜ。本末転倒だけどな。はははっ!」
シュルテンは豪快に笑った。
その姿に親しみを覚え、俺達も釣られて相好を崩した。
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