第35話 魔物討伐

 魔物。

 それは俺の印象に近い生物の名前だった。

 いわばゲームにおける敵対生物。

 グリュシュナには魔物が跋扈している。

 地域によって、一般的な生物同様に様々な生態を築いている。

 魔物は動物に近く、この世界では害獣寄りの認識が強い。

 危険ではあるが、毛皮や牙は素材となったりするらしい。

 エシュト皇国では各地に配置した討伐団や、民間の傭兵などの加勢によって整備されており、魔物の数は多くないらしい。


 ただ、それは人の多い場所の話。

 鬱蒼とした森林、人家から離れた山岳地帯など、自然の深い地域では魔物で溢れている。

 それを利用し、皇帝はエインツェル村近くの森で人体実験を行っていたらしい。

 転移した樹林。

 あそこには今でも他の実験体がいるんだろうか。

 ちなみに、メイガスが団長をしていた特地衛兵団とは、特地、つまり特別地域と称する遠征先の地域における任務遂行を目的とした、皇帝直属部隊のことらしい。

 簡単に言えば、皇帝専用の小間使いだな。

 まあ、メイガスと皇帝の死によって解体した可能性は高いだろうが。

 それはそれとして。

 リーンガム北西、ネコネ族集落近辺。

 樹林の獣道。

 建ち並ぶ樹木。地面には草が鬱蒼としている。


 そんな中、

「無理、無理無理無理ッ!」


 俺は走っていた。

 今、俺は死にかけている。

 必死である。

 なんなら今までで一番情けない顔をしている。


「く、くっそ!」


 俺は自棄気味に腰に刺していたナイフを魔物に向けて投擲した。

 だが、思い通りに投げられず、なぜか明後日の方向に飛んで行く。


「やっぱり!」


 原因はこれだ。



●パッシブスキル 

 ・アイアンイデア

   …肉体による攻撃力が少々上がるが、道具を用いた攻撃が一切できない。

    ただし兵装は別。



 『道具を用いた攻撃が一切できない』

 この一文、道具という言葉が何を指すのか疑問だった。

 しかし答えがわかった。

 ほぼすべて。

 そう、肉体以外のほぼすべてだ。

 つまり剣や槍のような武器は当然無理。

 ナイフ、弓矢、石、砂、などの投擲、遠距離武器も無理。

 物を使っての攻撃がすべて無理なのだ。

 衣服に入るものだけは問題ないようで、靴を履いた状態で蹴っても大丈夫だった。

 だが、それは大した問題じゃない。

 俺が必死になっている理由は別にある。

 俺の後方を高速で転がっているそれ。

 一言でいえば丸まったハリネズミだ。

 それが木々をなぎ倒し俺へと迫っている。

 そう木を倒すほどに巨大なのだ。

 その体躯は三メートルほどだった。

 俺は改めてアナライズする。



・名前:モグモロール


・LV:650

・HP:8,865/9,002

・MP:0/0

・ST:9,665/10,002


●特性

 丸まって転がる攻撃に当たると即死する。



 ステータス、以下略。

 数値的には大したことがない。

 むしろ手頃だ。

 特性は不穏な文言が並んでいるが、当たらなければ問題ない。

 軌道は直線だしさして回避は難しくもない。

 では、なぜ俺がこんな状態なのかというと。


「無理、も、もう、無理ぃ!」


 スタミナが切れた。

 足が動かない。

 虚弱だからね!

 いつものことだね!

 止まった。

 ひかれた。


 死……なない。


「ぐぼぉ……お、おおぉ」


 死なない!

 死んで欲しいのに、俺死なない!

 身体中が穴だらけなのに、ギリギリで生きている。

 俺は満身創痍ながらステータスを開き、重要な部分だけ見た。



●パッシブスキル 

 ・ガッツ

   …即死攻撃に対して、ギリギリで耐える。



 即死攻撃には耐えちゃうんだぁ。

 へぇ、死なないんだぁ……。

 う、嬉しくない、このスキル……。

 せっかく死のうとしているのに、というか死んだ方が体力が回復するのに。

 ギリギリで耐えるんだもんなぁ。

 そりゃ色々あって痛みに耐性はあるよ。

 痛みとダメージを抑えるスキルもあるよ。

 でも痛いのは痛いの。

 即死攻撃と大ダメージの即死級攻撃は違うようだ。

 前者はHPに関わらず死ぬ。

 後者はHPが高ければ生きる。

 ガッツいる?

 これいるの?

 ねぇ、このスキルいるのかなぁぁ?


「うへ、へへ、へ」


 俺はびくびくと身体を痙攣させ、薄ら笑いを浮かべた。

 全身の内側から刺すような痛みが走る。

 モグモロールが勢いを殺しながら、右折し戻ってきた。

 俺にトドメを刺すらしい。

 もう好きにして……。

 俺は今か今かと死ぬ瞬間を待っていた。


「日下部さん! ああ、酷い、体中に穴が開いちゃってる!」


 そこに女神が登場した。

 でも状況を説明しないで欲しいかな。

 なんか痛みが倍増するんだよね。

 莉依ちゃんは慌てて、俺に駆け寄る。

 そして回復スキル『ファーストエイド』を使ってくれた。

 温かい。

 傷が癒える感覚って、なんかふわふわして眠くなるような感じだ。

 ああ、莉依ちゃんそんな、もう少しで死ぬから気にしなくていいのに。

 魔物が俺に迫る。


「俺は、大丈夫、逃げて」

「だ、ダメです!」


 莉依ちゃんだけでも逃げて欲しい。 

 そう思うが、莉依ちゃんは俺から離れようとしない。

 轟音が響く。

 同時にモグモロールの身体がブレた。

 そして横倒しになる。

 破片が飛び散った。

 それは巨石を投擲したのだと、俺は漫然と理解した。

 モグモロールはその場に倒れたまま、動かなくなった。

 ステータスを見るとHPは0になっている。

 倒したらしい。


「だ、大丈夫!?」


 結城さんが俺達の元へ走って近づく。

 ああ、なるほど全身針の魔物だから、岩を投げて倒したんだな。

 いやぁ、すごいな!

 俺は癒やされるままになりながら、心の中で賞賛を送った。


「すぐに治しますから」

「悪いねぇ……いつも迷惑かけて……」

「そ、そんなことないですよ!」

「そうだよ! ほら、今はステータスがマイナスだからさ!

 仕方ないよ、レベル上がるまで!」


 この状況をなんと言えばいいかわかるかい?

 そう。

 足手まとい。

 偉そうにしておいて俺が一番役立たず!

 ステータスマイナスがどういう状態か忘れていた。

 俺は虫以下なんだ……。

 結城さんも莉依ちゃんも、修羅場を超えているからか中々に胆力がある。

 そのため比較的、戦闘に対して適応できている。

 問題は俺だ。

 レベルが上がりやすくなったりはしている。

 だが、考えてみれば、トロールに三百回殺されてレベル1。

 邪神であるリーシュに三百回殺されてやっとレベル1200程度だったのだ。

 倒す方が経験値は多いから、弱い奴を倒せばいいや、と楽観視していた。

 だが、これが案外難しい。

 蛇のようにレベルの低い魔物は案外素早い。

 その上、俺の攻撃力じゃ倒せない。

 自分よりも小さい魔物を倒せないのだ。


 情けない……。

 だから殺されるしかないと考えを新たにした。

 だが、厄介なことに殺されることで得られる経験値が減っていたのだ。

 もしかすると『様々な方法で殺され過ぎて経験値が得られなくなった』のではないか。

 そりゃ千回程度死んでるし、死因も色々あった。

 何より、高レベルのトロール、それに超超高レベルのリーシュに何度も殺されたのだ。

 死に慣れていたという自覚はあったし、経験値が減る理由もわからないでもない。

 こういうシステマチックな部分には何度も遭遇している。

 アナライズですべてわかるわけではない。

 考えは二転し、やはり倒すことで経験値を得ようと考えたのだ。

 そしてババ様に聞き、周辺に魔物がいそうな場所を教えて貰った。

 その後、莉依ちゃんと結城さんと共に、魔物退治に出たのだが。

 ご覧の有様、というわけだ。

 ちなみに、莉依ちゃんと結城さんはレベル1300程度まで上がっている。

 魔物を倒さなくとも、スキルを使うことでも経験値は得られる。

 だから莉依ちゃんは俺を癒やしただけでレベルが上がっている。

 まあ……俺しかステータスは見えないから、莉依ちゃんに実感はあまりないかもだけど。

 二人は、俺に比べると上がりにくいが、着実に上昇しているようだ。

 俺みたいにレベルが下がったりもしないだろうしな……。

 俺もスキルを使って経験値を得られればよかったんだけど。

 色々スキルを試してみたが、大して得られなかったのだ。


「終わりました」

「あ、ありがとね」

「いえ!」


 にこにこと柔和な笑みを浮かべる莉依ちゃん。

 心が痛い。

 この感じ。

 優しさが逆に苦しい時ってあるよね!


「うーん、このままの戦い方だと色々危険そうだね」

「だ、だよな……ごめん」

「あ、ち、違う! 日下部君を責めたんじゃないよ!

 ほ、ほら力の代償を支払ったんだし仕方ないよ!」

「そうですよ! 日下部さんのスキルは特殊ですから!

 これからまた強くなるんです!

 私達は何度も日下部さんに助けて貰ったんですから、謝らないでください」

「ありがと……」


 やっべ、泣きそう。

 二人の心遣いに、俺泣きそう。

 しかし、本当に扱いづらい力だ。

 スキルが多いのは嬉しいが、全部癖が強い。

 一度、対策を練った方がいいかもしれない。

 状況も変わった。

 やや複雑になってきた。

 やはりリーシュとの契約期日まで待って、殺して貰って、経験値が貰えるか試した方がいいか……?

 最大レベルを誇る邪神に殺されるのならば経験値は得られるかもしれない。

 マイナス状態から、殺される以外でレベルアップする方法があればいいが。


「やっぱり、二人でレベル上げてくれるか?

 俺は足手まといだし、何より、闇雲に戦っても意味がなさそうだ」

「それは構いませんけど……」


 莉依ちゃんは渋面を浮かべる。

 それぞれの特徴を活かして作戦はあった。

 俺は死なないが攻撃手段がない。だから戦闘で魔物と対峙する役割。

 結城さんは中衛。俺が魔物の気を逸らし、隙を狙って攻撃をする。

 人相手でなければ抵抗はないらしい。

 基本的に石や木を使った攻撃をしているが、何か他の手段を考えた方がいいかもしれない。

 莉依ちゃんは後衛からの支援。特に結城さんが傷を負った時に行動するように頼んだ。

 俺は死なないが、結城さんは危険を伴うからだ。

 それはそれで上手くいった時もあったが、俺のレベルが一向に上がらないのだ。

 二人のレベルアップを手伝ってもいいが、最弱の俺を先にどうにかしないと。

 彼女達のレベルを見ても、近辺の魔物相手なら遅れは取らないだろう。


「あの、旅立ちは三ヶ月先ですよね?」

「ああ、そうするつもりだよ」


 ババ様に頼み、それまで集落に居させて貰うことになった。

 まず鍛練。

 情報収集。

 そして、リーシュとの約束が約三ヶ月後。

 その契約を終えて、旅立とうと思ったからだ。

 まだ二人にリーシュのことは話していない。

 話すか話さないか迷っていた。

 心労を増やすだけの気がした。

 それにまだ俺だけでどうにかなる状態だ。

 リーシュが興味を持っているのは俺だけみたいだから。

 閑話休題。

 三ヶ月後に、三人で旅立つことになっている。

 もし、俺達のせいで何かあったら、と考えもあったがババ様に問題ないと言われてしまった。

 もちろん、何かしらの前兆があったら即座に出立するつもりだ。

 ただ、俺達には先立つものがないし、指名手配されているため身動きも自由にはとれない。

 そのため、ネコネ族の人たちに世話になるしかなかった。

 申し訳ないという思いと多大な感謝を抱きつつ、俺達は滞在している。

 それと旅立ちについては辺見にはまだ話していない。

 村にいないんだ。

 どうやらリーンガム辺りで情報収集や物資の仕入れをしているらしい。

 あいつのスキルなら異世界人とバレない。

 適任、というわけか。

 本当は俺一人の方が旅の危険は薄いんだろうけど。

 しかし、今、俺は改めて自分の脆弱さを目の当たりにしていた。

 弱さと強さとの距離があり過ぎるのだ。

 やはり一人では厳しいんだろう。


「それじゃ、俺は戻るよ。

 ついでに剥ぎ師の人も呼んでおくから、魔物はそのままにしておいてくれ。

 二人とも無理しない程度にな」


 魔物を討伐した際、皮や角などの素材を採取して貰わなければならない。

 俺達がしてもいいんだけど、やっぱり熟練の職人に任せた方がいいと判断した。

 採取の出来栄えは言うまでもない。


「うん、任せてよ! なんかそろそろ次のスキル覚えそうな気がするし」

「おお、そりゃ頼もしい。それじゃ頑張って」


 俺は結城さんと莉依ちゃんに手を振り、村へ向かい歩き出す。

 俺は二人に背を向けたまま、振り返らず歩を進めた。

 

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