第36話 選択肢

 俺は肩を落とし、ネコネ族の集落まで戻ってきた。

 剥ぎ師の男性に討伐した魔物の位置を教えるとニースの家に向かう。

 どうしたもんか。

 俺は思案に暮れていた。

 ニースの家、入口付近にある段差に座り込み、頭を抱える。

 思えば今まで流れに任せて来ていた。

 目の前の出来事で精一杯で、あまり深く考える機会はなかったように思う。

 ここで壁にぶち当たった。

 たった一つ『殺されることで経験値を大量に貰える』という要素がなくなっただけでこれだ。

 どうすればいいんだろうか。

 様々な事態に巻き込まれ、まだ深く理解していないように思える。

 まず、これからの目的を確認しよう。


 

 ・日本の連中を探す。出発時にババ様が彼等の所在地を占ってくれるらしい。


 ・日本に帰る方法を探す。

  これについては邪神であるリーシュが知っていそうなので聞いてみる。

  わからなければ聖神に聞くしかないが……直接話せるような存在なんだろうか。


 ・前二つを達成するにあたり、戦闘能力が必要。つまりレベルアップ。


 ・旅にはお金が必要なので、その確保。

  一応、魔物討伐の手伝いをすることで少しだけ貰えることになっている。


 ・各国が俺達を指名手配しているという情報がある。そのため正体を隠す方法が必要。

  最悪、布やフードで隠すくらいしかないが、辺見達に相談してみる。


 ・ネコネ族の人達を各地で探す。これは莉依ちゃんと結城さんに相談済みだ。

  場所が特定できないが、恐らくは占いで教えてくれるんだろう。

  ただ数ヶ所に分散していた場合はどうするか。

  毎回戻ってババ様に占ってもらうことになるか気になるところだ。

  そうだとしたらかなり手間だが……。


 ・邪神であるリーシュとの契約。俺の中でリーシュに対して信頼感が膨らんでいる。

  だが、邪神であるのは変わりがない。

  約束の期限になった際のリーシュの対応次第、か。


 ・この世界に対する情報の欠如。又聞きではなく実際に一度は自分で見た方がいい。

  手っ取り早いのは、栄えた街に行くことだ。

  その内、リーンガムに行った方がいいかも。



 とりあえずこれくらい、だろうか。

 さしあたって、レベルアップと金の確保が問題だ。

 ニースやババ様の厚意で世話になっているが、居候の癖に何も返さないというわけにもいかない。

 労働力なり、金銭なり、物資なりで報いなくてはならない。

 今、俺達にできるのは魔物を討伐してその素材を渡すくらいだ。

 ……あんまり俺は貢献できていないので、居心地が悪い。

 ネコネ族は狩猟採取をしている種族だ。

 ただし、素材や加工物を街で販売、卸すことで換金している。

 そして物資を購入し集落に持ち帰るという、やや人間社会に依存した生活習慣を持っている。


 ネコネ族は器用で魔物の狩猟も可能で、それだけで生きてはいける。

 ただ物事に捕らわれない分、便利なら取り入れたらいいじゃない、という考えらしい。

 器用とは言っても、人間の文化には敵わないらしく、持ちつ持たれつの関係を維持しているとか。

 ただ、ネコネ族であるとバレないようにできるだけ注意してはいるらしい。

 少し前まで、人間の中で信頼できる人物を介して交易をしていたようだ。

 だが、他種族の中でそういう人物を探すのは一苦労で、懇意にしていた人間が死去してからは困っていたらしい。

 そして朱夏が手伝うようになり助かっている、というわけだ。

 集落ではネコネ族の人達が談笑したり、子猫が遊んだりしている。

 中には、魔術を使い荷物を運んでいる人の姿が見えた。

 魔術、か。

 そう言えば、どういうものかあまり知らない。

 そういうものがある程度の認識しかなかった。

 エインツェル村ではスキルを扱うのを優先していたし、以降は収監されてたし。


「おや、休憩中かにゃ?」


 と、洗濯かごを持ったニースが立っていた。

 足元には子猫が数匹群がっている。

 可愛いな、おい、可愛いな!

 俺は思わず、だらしなくなりそうな顔を引き締めた。


「あ、ああ、あんまり思うように進まなくてな」


 ニースはカゴを降ろして、俺の隣に座る。

 倣って子猫達も近場で戯れていた。

 数匹、俺の足の上に飛び乗り、ごろごろ転がっている。

 ふわふっわだ。


「魔物討伐にゃ?」

「まあ、そうだな」

「ふみゅ、魔物討伐自体、大人の中でも一部の狩人しかできないにゃ。

 特にクサカベは特殊な状態みたいだからにゃ。何とも難しそうにゃ。

 倒せるだけでもすごいんだけどにゃ」


 ニースの気遣いが心に染みる。

 辺見が言っていたように、ネコネ族の人達は親切な人が多い。

 というかあまりこだわらないというか。


「なあ、ふと思ったんだけど、魔物ってなんなんだ??」


 ゲームの中では動物よりも獰猛な、邪悪な存在、という印象が強い。

 しかし、動物と魔物の違いはなんだろうか。

 温厚かどうか? でもそれなら猛獣は魔物か?


「そうだにゃ、そこら辺は結構、曖昧なんだにゃ。

 感覚的な部分が強いにゃ。例えば……あれを見るにゃ」


 ニースが指差す先には小規模の牧場がある。

 柵の中には乳牛のような動物が十数匹いた。


「あれは動物にゃ。カシウという一般的な家畜にゃ。

 性格は温厚。乳は人間の家庭でも広く普及しているにゃ。

 ある程度、歳を取れば屠殺して肉にするにゃ」


 ミルクも肉も頂いている。日本にあるものと遜色なく、かなり美味だった。


「今、運んできているモグモは魔物にゃ」


 剥ぎ師と数人が、俺達が倒した魔物を運んで戻って来ていた。

 伝言してから結構時間が経っていたらしい。


「けど、肉も皮も針も全部素材として、調理や裁縫やらに使えるにゃ。

 そういう観点から言えば、動物となんら変わりはないにゃ」

「じゃあ、相違点はないのか?」

「結局、人にとってどういう存在かによるんだにゃ。

 人に害をなせば魔物。なさねば植物や動物、みたいににゃ。

 そんな勝手な線引きをしているだけにゃ。ただ、魔物は人と敵対しているにゃ。

 言葉を交わせるような魔物もいるようにゃが、基本的に人に比べて知能は低いにゃ」


 この世界には魔王のような存在はいない。

 魔物がいて、動物がいて、自然があり、人間がいる。

 亜人はいても、絶対的な敵は存在しない。

 だからこそ、危険である部分もあるのだろうが。


「なんで魔物は人を敵視してるんだろうな」

「さあにゃ。聖典には人の悪しき思いが具現化したもの、なんて言われているがにゃ。

 真実は定かではないにゃ」


 俺は子猫をわしゃわしゃとしながら、ニースの話に耳を傾けていた。

 正直、こういう話は嫌いじゃない。

 世情というか地域ごとの文化を知るのは面白味があるものだ。


「何でも明確にわかっているわけじゃない、か」

「そんなもんにゃ。案外、本質を理解出来ていることなんて極少数だと思うにゃ」

「深いな」

「浅いのにゃ。深くまで知る必要がないからにゃ」


 ニースは楽しげに笑う。

 ネコネ族は飄々としている、とババ様が言っていた。

 なるほど、物事に深くとらわれずに生きるという面もあるらしい。

 あまり拘ると先に進めない。こういう考え方も見習った方がいいかもしれない。


「そうそう、ババ様には占ってもらったのかにゃ?」

「ん? ああ、一応な。何も見えないって言われたけど」

「それは珍しいにゃ? というか初めてにゃ」

「ババ様もそう言っていた」

「にゃにゃ。不思議なこともあるもんだにゃ。さすがは異世界人にゃ」


 うんうん、と頷くニースを横目に、俺はウキウキしながら子猫を撫で続ける。

 はー、癒やされるわぁ……。

 こいつも成長するとニースみたいになるんだよな。


「なあ、ネコネ族って魔術が得意なんだよな?

 よかったら魔術について教えて貰えるか?

 後でもいいんだけどさ」


 俺は洗濯かごを一瞥してから、ニースに尋ねる。


「にゃにゃ、構わないにゃ。家事も一段落したからにゃ。

 魔術に関してとなると……とりあえず概要を話すかにゃ」

「頼むよ。完全に素人なんだ」

「にゃにゃ。そうだにゃ、まず魔術とは何か。

 一言で言えば『魔力を用いて、様々な現象を起こす術のこと』にゃ。

 魔力量はほぼ先天的なもので、成長と共に増えたりはしないにゃ。

 また魔力を持つ者はかなり少ないにゃ。にゃので、魔術師の数は限られているのにゃ。

 ネコネ族は基本的に魔力を持っているにゃ。その代わり、あまり多くはないにゃ」


 俺が思っている印象そのままだな。


「魔術は火水風土聖闇の属性に分かれるにゃ。

 使用するには呪文や杖のような呪具を用いることが多いにゃ。

 ネコネ族は使わないがにゃ」

「どの程度の利便性があるんだ? 例えば、火の球の威力とか」


 俺はコロセウムで見た、魔術兵が使っていた魔術を思い出した。


「手のひら程度の大きさの火球を生み出せれば中級魔術師程度かにゃ。

 威力は小さな爆発を起こす程度かにゃ。

 上級になれば、家を破壊できるほどの威力を持つ大火球を使えると思うにゃ。

 それ以上になると、一国に一人、二人程度しかいないんじゃないかにゃ?

 ちなみに火属性の魔術師を赤魔術師、水を青魔術師、風を緑魔術師、土を黄魔術師、聖を白魔術師、闇を黒魔術師と言うにゃ」

「眠らせたりする魔術は?」

「水属性だにゃ。状態変化の魔術は中々難しいにゃ。地味だしにゃ」


 サラが使っていた魔術を思い出した。

 中々難しい。それはそれほどの努力をしたということでもある。

 人には歴史がある。

 死ねば終わる。


「……俺達は魔術使えたりしないか?」

「朱夏にゃんが興味を持って試したけどにゃ、無理だったにゃ。

 個人差もあるから一概には言えにゃいけれど、全員から魔力を感じないにゃ。

 多分、難しいにゃ」


 ステータスでは莉依ちゃんと結城さんはMPがある。

 ということは、MPとニースの言う魔力とは別物らしい。

 スキルが使える分、俺達は魔術が使えない、ということなのか。


「ただクサカベ達にはスキルがあるにゃ?

 魔術ではできないことができるし、すごい力にゃ。

 落胆する必要はないにゃ。魔術も大したものじゃないしにゃ」

「ああ、ありがとう」


 何度も頷くニースに、俺は小さく笑みを返す。


「さて、と。それじゃそろそろ家に戻るにゃ」

「ああ、色々教えてくれてありがとな」

「構わないにゃ。話くらいにゃらいつでもするにゃ」


 去るニースを見送り、また俺は思考を巡らせる。

 やはり魔術はダメそうだ。

 強くなるにはどうすれば。

 うんうん、唸っていると頭上から声をかけられた。


「日下部君、何してるの?」


 顔を上げると、辺見が不思議そうな顔をしていた。

 後方には馬車を引き連れている。


「おかえり。ちょっと悩んでてな」

「悩み? あ、ちょっと待って」


 辺見は馬車をニースの家の横にある、馬小屋まで移動させた。

 馬具を取り外し、馬を小屋の中に入れてから戻って来た。


「ごめん、お待たせ」

「いや、悪いな、仕事中に」

「大したことしてないし、気にしないでよ。

 それで? 悩みって?」


 俺は、辺見に俺が置かれている状況を話した。

 レベルアップが上手くいかないこと。

 三人での戦い方はこれでいいのか、と思っていること。

 世話になっている分、きちんと報いているのかどうか。

 俺が話し終えると、辺見は緩慢に頷く。


「まず居候分の仕事はしてると思うよ。魔物を倒せる人は少ないしね。

 レベルアップと戦い方なんだけど、前からちょっと気になってたんだよね」

「なんだ? 何かあるのか」

「うん。三人とも、装備買った方がいいんじゃない?」

「………………装備」

「そう、装備。こういう場合の基本じゃない?

 日下部君も他の二人も、普通の服着ているだけだし。

 持っててもナイフ程度でしょ? 

 何で武器とか防具装備しないのかな、って気になっててさ」

「忘れてました……」

「わ、忘れてたんだ」


 呆れたような憐れむような口調だった。

 辺見の苦笑を受けて、俺は慌てて言い訳を並べる。


「いや、だって、ほら! 今まで色々あったし、レベル上げれば万事解決っていうか。

 武器なんてなくてもステータスを上げて殴ればオーケーみたいな?

 そんな感じに思ってたりなんか……」


 自分で言うと、いかに場当たり的な行動だったか痛感する。

 そうだよな。普通はまず武器防具を揃えるものだ。

 全員素手に村人が着るような服って、戦う恰好じゃない。

 でもさ、ほら、スキルがあるじゃない?

 莉依ちゃんは戦うようなスキルじゃないし。

 結城さんは身体能力向上で武器いらず、みたいな。

 何か、考えが足らないことに気づいて、二人に申し訳なくなってきた。


「まあ、実際さ、こういう場面になってすぐに剣とか防具とか買おうってならないよね。

 平和な国に生まれた僕達にとっては抵抗があるし」


 フォローが心を刺さった。

 コロセウムの戦いから学んだのは、武器の性能や腕前まではステータスに影響を与えないということ。

 反対に考えれば、武器があれば虚弱な俺でも格上を倒せる可能性があるということ。

 そして防具があればさらにダメージを軽減できるということ。

 まあ、でも俺は武器が使えない。防具は多分問題ないんだが。

 靴は問題ないし、密着するような形状なら使えるかも。


「とにかく、一度リーンガムに行ってみようか。

 明日また出かけるし、結城さんと莉依ちゃんも連れて一緒に行かない?」

「おお、助かるよ。ぜひ頼む」

「うん。それじゃそういうことで」


 俺は家に入って行く辺見に手を振る。

 二人に話を聞いて、少し悩みが払拭された。

 とりあえず、明日全員でリーンガムに行ってみよう。

 大きい街に行くのは皇都エシュト以来だ。

 逃亡中に見ただけだし、満足に街中を見物していないから初めてと言っていいかも。

 俺は少しだけ高揚している心地の中、帰ってきた二つの影に手を振った。

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