第32話 辺見朱夏

 ネコネ族の集落は、思ったよりしっかりとした村だった。

 ニースの家も、人間の家屋に似ているし、器用な部族らしい。

 彼女の家だけ、他の家屋に比べ多少規模が大きい。

 木造建築だが、ロッジのような見目に近い。

 周囲は樹木に覆われている。木々が高く聳え立っているということは、森の中のようだ。

 集落は森を切り開き作ったのだろう。

 エインツェル村と同じくらいの規模だ。

 ただ家屋は小さ目だった。

 村民はやはりニースと同じような見た目をしている。

 男性と女性で服装は違い、普通の猫もいる。

 なんというか、不思議な光景だ。

 正面に莉依ちゃん達が集まっていることに気づく。


「こ、こっちですよ」


 莉依ちゃんが俺に向かって手を振っていた。

 さっきの微妙なやり取りは忘れていないらしく、目が泳いでいる。

 俺はゆっくり歩いて近づく。

 莉依ちゃん、結城さん、辺見がいた。


「辺見。改めて助けてくれてありがとう」

「いやいや、気にしないでよ。

 前も言ったけど、僕を助けるように頼んでくれたのは日下部君だしさ。

 お互いさまってことで」

「そう言ってくれると助かる。それで、おまえは事情をわかってるのか?」

「うん、まあね。結城さん達に聞いたのもあるけど、元々、見てたから」

「見てたって? 近くにいたのか?」

「ううん。操作していた相手の視点から見てたんだ。

 僕の能力は『人を操ること』だから。

 正確には『人と感覚と意識を部分的に同化する』だけど。

 だから操作する人間の五感と同期するんだよね。

 手動と自動操作ができるんだけど。

 ほら、髭面の兵士。あれ僕が操ってたんだ。

 結構遠くからでも操れてね、僕の能力。だから比較的安全なんだよ」

「なんか、凄い能力だな」

「そんなことないよ。僕より、日下部君の方がすごいじゃない!

 あの、鎧みたいな姿、格好良かったなぁ」


 こういうのではしゃいでいる姿を見ると、男なんだなと思う。

 俺は苦笑して、辺見の顔を見ることしかできない。

 俺も、異世界に来る前は、もしかしたら特殊な能力が、みたいな想像はした。

 だけど、実際にその立場になると、素直に喜べないし、思ったのと違う。

 完全な理想なんてものは、現実に起こり得ない。

 そんなもんだ。


「あ、あんまり、そういうの話さない方がいいんじゃないかな」

「どうして?」


 結城さんの苦言に辺見はきょとんとしている。

 彼女の意図がわからない。

 俺と莉依ちゃんは目が合うと、互いに小さく笑うしかできない。


「だ、だってあんなに……い、色んなことがあったのに」


 結城さんは俺を一瞥する。

 ああ、そうか。

 あれだけ凄惨な光景、しかも当事者の俺がいるのだ。

 俺は必死だったが、傍から見ればどう思うか。

 魔物を殺した。

 その上、武人達や兵士も殺したのだ。

 俺も彼らも逃れられない理由があったから対峙した。

 復讐も果たした。

 だが、村人やリンネおばちゃんの無念を晴らせたとは思えない。

 所詮、自己満足だからだ。

 俺は後悔していない。

 俺が決め、俺が覚悟して選択した結末だからだ。

 けれど、やはり結城さんの反応の方が正しいのかもしれない。


「でも、日下部君が戦ったらからみんな無事だったんでしょ?」

「それは、そうだけど……だって、人を、こ、殺して」


 結城さんは俺だけじゃなく、莉依ちゃんも一瞥した。

 莉依ちゃんも俺と同じ、人を殺してしまった。

 しかし、莉依ちゃんは後悔している様子はなかった。

 毅然とした態度で、結城さんの視線を真っ直ぐ受け止めている。

 その姿勢を見て、結城さんの方が委縮してしまっていた。

 強い子だ。


「そんなのしょうがないよ。そうすることしかできなかったんだ。

 それに相手は悪い奴らだよ。僕らの能力はそういう奴らに対抗するためにあるんだから。

 きっと、ここにいるのも世界を救うため、とか理由があるんじゃないかな?

 神様から力を与えられたんだ! 僕達は勇者なんだよ!」


 辺見はキラキラと目を輝かせている。

 俺と同年代のはずが、かなり子供に見えた。


「ネットとかラノベであるんだ! 異世界転移の小説とかさ!

 僕達がいるのはそういうことなんだよ! 僕達は選ばれたんだ!

 羨ましいなぁ、僕も君みたいな力が欲しかったよ」

「おいおい、ちょっと話が飛躍し過ぎだろ」


 思わず口を挟んだが、辺見はぶんぶんと首を振る。


「そんなことないよ。だってババ様からも聞いたんだ。

 僕達は聖神に選ばれた異世界人だって。世界を震撼させる存在だって!

 だから、この世界の人達は僕達を捕らえようと躍起になっているって」


 辺見は知っていたのか。

 俺はサラから聞いたが、ババ様という人物も知っているのか?

 一部で神託を受ける人間がいると聞いている。

 ババ様がそうなのか?


「それは、本当なんですか?」

「あ、あたしも初耳だよ」


 莉依ちゃんと結城さんはまだ断片的にしか知らなかったようだ。

 俺は一先ず、サラから聞いた情報を説明した。



 俺達は各国から狙われていること。

 俺達は異世界人として認識されていること。

 異世界人が世界を震撼させる、戦の種火になるという神託があったこと。

 そして俺達は聖神によってこの世界に転移させられ、能力を与えられただろうこと。



 話し終えると、結城さんは顔面蒼白になっている。

 莉依ちゃんは渋面を浮かべ、何やら考え込んでいた。

 もう少し、タイミングを考えるべきだったか。

 しかし、話に出てしまったのだから仕方がない。

 やっぱり、リーシュのことは話さない方がよさそうだ。

 これ以上、心理的な負担を与えると、大変なことになりそうだから。

 莉依ちゃんはともかく結城さんは耐えられそうにない。

 それに、辺見は違った意味で話してはいけない気がする。

 俺は胸中で嘆息する。

 話を変えた方がよさそうだ。


「なあ、ここは安全なのか?」

「うん、大丈夫。地理的にはリーンガムに近いけど、この森は外部から侵入できないよ。

 ネコネ族は魔術に長けた種族でね、結界を張っているんだって。

 だから追手も気づかない。相当、魔術に長けた人物なら別だけど。

 そんな人は、こんな辺鄙な場所に早々来ないしね」


 唐突に既視感を抱いた。

 ……エインツェル村の二の舞はごめんだ。


「実は指名手配されている俺達を官憲に突き出すとかはないよな……?」

「まさか! 亜人は人間と極力接しないようにしているんだ。

 ネコネ族は亜人の中だと人間に友好的ではあるけどね。

 それにネコネ族はお金には頓着がないから、そんなことはしないよ。

 親切な人達が多いし」

「なるほど……」


 理路整然と答えてくれたおかげで、俺は素直に言葉を飲み込めた。

 今まで、どこか綱渡りのような状況が続いていた。

 安全、という言葉は簡単に得られるものではない、と感じている。

 完全に鵜呑みには出来ないが、一先ずは信じて良さそうだ。


「ところで、なんでここで世話になってるんだ?

 ってか、他の連中はどうしたんだ?」


 辺見は神妙な顔つきになった。

 なんだ?

 何かあったんだろうか。


「それなんだけど……リーンガムに行く途中で逸れちゃってね」

「逸れた? 七人で出発して、どうして?」

「……金山さんと沼田君って人がエインツェル村で貰ったお金を奪って逃げたんだ。

 長府君、江古田さん、小倉さんは金山さん達を追ったんだけど帰って来なかった。

 仕方なく僕と剣崎さんはリーンガムに向かって移動したんだ。

 けど、途中でエシュト皇国の兵士に追われて、逃げる時に逸れちゃった。

 それで、さまよって、倒れていたところをニースさんに助けられたんだ」

「……そんなことがあったのか。大変だったな」

「まあ、結局、情報集めていたら、捕まっちゃったんだけど。

 リーシュちゃんには助けられたよ」


 あいつ余計なこと話してないよな……?

 俺は心配になり、思わず問いかけた。


「リーシュとは何か話したのか?」

「えと、名前と、日下部君の知り合いで、日下部君に頼まれて僕を助けに来たってこと。

 あとは日下部君が捕まっているってことを教えてくれたくらいかな。

 牢に突然現れて、一瞬で外に連れ出してくれたから、相当凄い魔術師なのかな?

 そんな現地人の知り合いがいるなんて、すごいね」

「い、いや、は、はは」


 まさか邪神だとは言えない。

 俺は乾いた笑顔を浮かべるだけだった。た。

 そうこうしていると莉依ちゃんが口火を切った。


「そういえば、リーンガムで三人の目撃情報がありました。

 多分、金山さんを追った三人じゃないでしょうか」

「あの後、リーンガムまで行ったんだ?」

「はい……けれど、追手が来て捕まっちゃいましたけど」


 莉依ちゃんは落ち着いた様子で話している。

 肝が据わっているんだよな、この子。

 たまに、驚くくらい冷静で賢い。


「と、なると剣崎さんはリーンガムに行ってないのかな?」


 辺見は心配そうに顔を顰める。

 悪い人間じゃないのかもしれない。

 かなり子供っぽいけど。


「どう、なんでしょう……」

「とにかく、そこら辺も含めて、ババ様に話を聞いた方がいいよ」

「ババ様って、ニースは色んなものが見えるって言ってたけど、占い師みたいなものなのか?」

「近いね。色々なことを知ってるからね。僕は一応、この世界のこととか聞いてる。

 みんなはまだ詳しくないだろうし、一度話をさせて貰うといいよ。

 僕はちょっと村の人と話があるから。みんなで行って。話は通してあるから」


 辺見は俺達にババ様の家を教えると、村を出て行った。

 俺は、莉依ちゃんと結城さんを視界に入れる。


「じゃあ、行こうか」

「そうですね」

「……うん」


 結城さんはまだ思案気味だ。

 その様子に気づかない振りをしたまま、ババ様の家に向かった。

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