第33話 『にゃじゃ』が気になって話が頭に入ってこない件

 そこは何の変哲もない家だった。

 中に入ると、やや年老いたネコネ族の女性が出迎えてくれ、リビングに通された。

 彼女がババ様らしい。

 ローブを着ており、独特の雰囲気のある感じだ。

 俺達はテーブルを介在し、向き合っている。


「儂が、この集落の長老をしておる、バーバにゃじゃ。よろしくにゃじゃ」


 ババ様はもにゃもにゃと口を動かして自己紹介をした。


「……バーバ? ん? ババ様じゃないんですか?」

「ババは字名。バーバは名前にゃじゃ。好きに呼んでくれて構わんにゃじゃ」


 お婆さんのババと、名前のバーバをかけているのか。

 わ、わかりにくっ!

 俺達もババ様に倣い自己紹介した。

 その後、ババ様は神妙な面持ちで、話し始めた。


「――朱夏にゃんには話しておるが、お主達にも話さなければならんことがあるにゃじゃ。

 異世界から転移してから、この世界の一面を垣間見たにゃろう。

 そうさな、先にグリュシュナの流布されている伝承を教えるにゃじゃ。

 少々長くなるが、よいかにゃ?」

「お願いします」


 俺達が持っている情報は偏っているし、何より情報源がほぼ固定している。

 ババ様から、グリュシュナのことを聞けば、わかることもあるだろう。

 それに朱夏とニースが言っていたことも気になる。

 ババ様には特殊な力があるような物言いだったが。

 俺達三人は、佇まいを直し、ババ様の言葉に耳を傾けた。



「――遥か昔、世界が生まれるよりも以前。

 何の前触れもなく無から神が生まれたにゃじゃ。

 その理由は神にもわからなかったにゃじゃ。

 しかし、神は己の内にあった使命感によって、無の中に世界を創造したのにゃじゃ。

 それがグリュシュナの元となったにゃじゃ。

 そして、神は己の内に宿る感情を形にし、その身を別ったのにゃじゃ。

 喜びのソインズ・ヴァッシュ・トッテルミシュア。

 怒りのアスラガ・ガイン・オーガス。

 哀しみのヴェルサッシュ・ロールデイア・レイラシャ。

 愛しみのエロール・ナシュア・エシュト。

 憎しみのライル・ラルベル・ケセル。

 五聖神と呼ばれた彼等は世界グリュシュナを調停するために存在したのにゃじゃ。

 神託を授け人々を導いたにゃ。

 時として諍いの種に、発展の切っ掛けに、様々な変化への発端に。

 神々を盲信する人々は神託に従い行動を起こしては歴史を築いてきたにゃじゃ。

 それは今も尚、続いているというわけにゃ」



 なるほど。

 つまり神様が生まれて世界作って、五体に分かれて、今もなお世界を見守っている。

 それで、神託という形で人類に干渉して、それが火種になっていることもある、と。

 わかったにはわかったが『にゃじゃ』が気になってしょうがないんだけどね!


「それは史実じゃなくて、単なる伝承なんですよね?」


 俺が疑問を口にすると、ババ様は頭を振った。


「この世界では一般的にゃじゃ。学のない子供でも知っている内容にゃじゃ。

 伝承通り、実際に神託を元に指針を決める国も多いにゃじゃ。

 ただ最近では、人間の中には異論を唱える若者が増えていると聞いているにゃじゃ」


 皇帝……前皇帝のシーズは神託推進派を諌めるために、異世界人を殺そうとしていた。

 エシュト皇国でもその風潮はある、ということか。


「……ネコネ族はどうなんです?」

「ぶっちゃけ、どうでもいいにゃじゃ」


 思っても見ない反応に、俺は思わず噴き出した。

 いやいや、ここは神託に従っている、って流れじゃないのか?


「い、いいんですか、それで。神の怒り的な、なんか罰とかないんです?」

「今のところはないにゃ。そもそも五聖神は人間に直接的に干渉しないとされているにゃ。

 実際、神託以外で聖神と接した者はいないはずにゃじゃ。

 中には聖神の御姿を見た! とホラを吹くものもおるけどにゃ。

 嘘にゃ、嘘っぱちにゃじゃ」

「えーと、じゃあ神託って一体?」

「いわば予言にゃ。一部の者が受け取ることができるのにゃじゃ。

 ただ絶対じゃないにゃじゃ。

 それに神託は『こんな風にしろ』という内容じゃないにゃじゃ。

 『こうなるよ』という程度なのにゃじゃ。それを曲解しているのが五聖神信者達にゃ。

 厄介なことに、五国の根幹には必ずこの信奉している人間がいるわけなのにゃ。

 しかも五聖神の名前からもわかる通り、各国は別々の聖神を奉っているのにゃじゃ。

 神託も内容が微妙に違うのはそのせいなのにゃじゃ。

 そのせいで各国間で強い軋轢があるわけにゃ」

「……で、俺達に対する神託というのは、どんな内容なんです?」

「儂が受け取ったのは『近い内、異世界からの来訪者が現れる。その者達は世界を震撼させる能力を持っている』というものにゃじゃ」


 次の言葉を待ったが、ババ様は無言のままだった。


「それだけ、ですか?」

「そうだにゃじゃ。

 しかし、この言葉だけで信奉者は『聖神が、異世界人は世界を震撼させる能力を持っている、と断言している。ならば異世界人を手中に収めなければ』と思うにゃじゃ。

 一応、盲信している神のお言葉だからにゃじゃ」


 実際、現代でこんなことを言う人間がいれば正気を疑われる。

 でもそれは俺が日本人だからなのかもしれない。

 それに、神話や伝承などが事実だと思っている世界の人間だとすれば。

 信じるんだろうな。

 地球でも、過去にはそういう風潮もあっただろう。

 今でもその名残があるわけだし。


「お主達の世界は知らんがにゃ、エシュト皇国は今、聖神教、つまりエロール教派と皇帝派で対立していたのにゃじゃ。

 互いに、神託を無視はできず、お主達異世界人を捕らえ、政治利用や国力強化など、利己を目的として謀略を繰り広げていたわけにゃじゃ。

 皇帝が亡くなったことで、聖神教派の台頭は揺るがないにゃ。

 その風潮は世界中で起こりつつあるにゃ。

 にゃので、外をふらつくのは危険極まりないにゃじゃ?」


 五国が俺達を狙っているのことは聞いていた。

 エシュト皇国以外は違うのではないか、という考えはある。

 だが、もう甘い考えを持つことはやめた。 


「あの、俺達が指名手配されているらしいですが、あなたも知っているんですよね?」

「知っているにゃじゃ。儂らも一部の人間とは交流があるからにゃ。

 その上、朱夏にゃんも色々と人間達の集落で情報を集めていたにゃじゃ。

 しかし、人間の世界のことはネコネ族にはあんまり関係ないにゃじゃ。

 戦争やら巻き込まれる可能性があるから、常に世情は把握しているがにゃ」

「……だとしても、ずっとここにいるわけには」

「構わんにゃじゃ。望むならずっと居ていいにゃじゃ。

 もちろん、村の規範には従って貰うにゃじゃ。

 ネコネ族は土地に捕らわれないからにゃ。

 いざとなったらここを離れるにゃじゃ。

 他の亜人と違って、ネコネ族は飄々としているのが基本にゃ。

 人との諍いに捕われたりしないにゃ。その分、あまり何かに執着しないにゃじゃ」

「そんな、簡単に決めていいんですか……?

 俺達のせいで迷惑をかけるんじゃ」

「しかし、お主は旅立とうと考えている。違うかにゃじゃ?」

「……その通りですが」


 俺は、一所に留まって隠れ住むつもりはない。

 第一に、その場所が完全に安全なわけではないということ。

 第二に、一箇所に留まって周囲に迷惑がかかる可能性があること。

 そして、何かしらの不幸の要因は俺にある可能性があると考えていること。

 第三に、他の連中を探したいと考えていること。

 俺達もかなり悲惨な目に合ったと思うが、他の奴らも同じなんじゃないか、と思っている。

 絆はない。しかし縁はある。

 辺見の言葉だと一人、所持金を盗んだ人間がいるらしいが、他の連中は巻き込まれただけの可能性がある。

 正直、薄情かもしれないが、あまり強い動機はない。

 たまたま異世界転移に居合わせただけだしな……。

 ただ帰りたいという思っている人間もいるだろう。

 ならば協力体制を敷けるかもしれない。


 俺は、別に帰りたくはないが、莉依ちゃんや結城さんは違うだろう。

 それに、俺達異世界人は特殊な力がある。

 狙われている、という点を見ても、力を合わせる方が得策だろう。

 第四に、俺は強くならなければならない。

 それは欲求であり、意思。

 この世界で生き抜くには強さが必要だ。

 強者にならなければ貫けない意思もある。

 俺は、この半年でそれを学んだ。

 強くなる。

 大事なものを守り、願いを押し通すために。

 そのためには同じ場所にいては限界があると思う。

 ババ様は鷹揚に頷くと、話を続ける。


「にゃらば、お主に頼みたいことがあるにゃじゃ。

 絶対じゃなくてもいいのにゃ。できればで構わんのにゃじゃ」

「頼み、ですか?」


 どういうことだ?

 俺は不穏な空気を感じていた。

 莉依ちゃんも同じようで、不安そうに俺を見上げている。

 結城さんはよくわからず、俺と莉依ちゃんを見ていた。

 二人は会話を俺に任せてくれているらしく、無言を通していた。


「にゃじゃ。その前に、ネコネ族を含めた、亜人について話すにゃ。

 朱夏にゃんに聞いたにゃが、クサカベにゃん達の世界には亜人がいないにゃじゃ?」

「え、ええ……実際にはいませんね」


 物語の中には一杯いるけどね。

 何でも擬人化してくれる素晴らしい人たちが沢山いるから……ふぇぇ。


「グリュシュナには人間と亜人の問題があるにゃじゃ。

 数の問題、考え方の違い、史実の軋轢。

 まあ色々あって、人間と亜人は対立しているにゃじゃ。

 個々の能力は亜人が勝っているんだがにゃ、人間の方が数も技術力も圧倒的に上にゃじゃ。

 そのおかげで現在は、人間が亜人を虐げている状態にゃじゃ。

 儂らは人間の眼から逃れて隠れ住んでるにゃ。

 他にもそういう亜人はいるにゃじゃ。

 人間に奴隷扱いされていたり、中には迎合している亜人もいるがにゃ、一部にゃじゃ」


 俺は、エインツェル村と皇都エシュトの街中くらいしか知らない。

 エシュトに関しては、かなり焦っていたし、亜人がいたかどうかもわからない。

 だが、実際、注意深く見れば、そういう一端はあったのだろうか。

 もし、別の街や村に行く機会があれば気を付けてみた方がいいかもしれない。


「その前提として、儂らネコネ族は、各地に分散しておるのにゃじゃ。

 亜人は国境を超えるのも難しく、どこにいるのかも今はわからんのにゃじゃ。

 儂らでは人がいる場所にはいけないし、移動も難しい。

 そこで人間であり、力を持っているお主達に『各地に住んでいるネコネ族を集めて連れて来て欲しい』のにゃじゃ。

 もちろん、成功報酬は払うにゃじゃ」


 依頼ついでに他の連中を探すこともできる。

 引き受けても問題はなさそうだが。

 ただ他の面々がどうするかはわからない。

 俺が旅に出るのは決定している。

 だが、もしも誰かが一緒に来ると言うのならば一応、意思確認はしておきたい。

 辺見も含め、そこのところを一度、話し合った方が良さそうだ。

 俺は一人旅でも構わないけど……今の俺には難しいかもしれないとも思う。


「俺としては前向きに検討したいと思いますが、仲間とも話してみないと」

「もちろんにゃじゃ。即答を求めてはいないにゃじゃ。

 お主達は色々疲れているだろうし、しばらく考えてみて欲しいにゃじゃ。

 正直、依頼を受けて欲しいとは思うにゃじゃ。

 ただ、断ったからといって追い出したりはしないにゃじゃ。

 朱夏にゃんには情報収集や交易やらで助けて貰ってるからにゃ」


 辺見のおかげのようだ。

 何から何まで世話になってしまっている。

 恩は何かで返さないといけないな。


「でも、俺達で大丈夫なんですかね……?

 もっと優秀な傭兵とか雇った方がいいのでは」

「いいや、お主達に頼みたいんにゃじゃ。儂は片手間で占いをしておってにゃ。

 『異世界人の助力によって、未来は広がる』と出たにゃじゃ。

 それゆえに留まることを許可した、という打算もあるにゃ」

「……それって、当たる確率とかあります?」

「六割にゃじゃ!」


 び、微妙だな、おい。

 俺は何と言っていいかわからず、愛想笑いを浮かべるしかない。

 いや、もしかして六割って結構すごいのでは。

 二者択一とかじゃなくて、完全な空の状態で答えを出すわけだし。

 そう言えば、と俺は思いついた考えを言葉にする。


「あの、ニースが一度、ババ様に見て貰った方がいいと言っていたんですが。

 人の未来とかも占えるんですか?

 それと俺達と同郷の人達がどこにいるか、とかわかったりしませんか?」

「にゃじゃ。六割でよければ見てみるにゃじゃ。

 行方も確率は一緒くらいにゃじゃ。

 人の場合は一箇所に留まらないから余計に微妙なところにゃ。

 旅に出る気にゃらば、出発前に占った方がいいと思うにゃじゃ?」

「そうですね……じゃあ、それぞれの未来だけでも」


 当たるも八卦当たらぬも八卦。

 聞くだけならタダだし、聞いておいて損はないだろう。


「一応、個人に関することにゃじゃ。個別に見るにゃじゃ?」


 黙して会話を聞いていた、結城さんと莉依ちゃんが顔を見合わせる。


「あ、あたしは後でいいよ」

「私も後で構いません」

「じゃあ、俺からお願いしようかな」

「うんむ。では、二人は奥の部屋にいるにゃじゃ」

「はい」

「う、うん」


 莉依ちゃんと結城さんは席を立つと、リビング奥の部屋に移動した。

 ババ様は鷹揚に頷くと、俺の正面に椅子を移動させた。

 ひょこひょこひょこ。

 なんか、動きがコミカルだからちょっと笑いそうになる。


「にゃじゃ。では占うにゃじゃ……はーーん、にゃらほろにゃらんぱっぱにゃーん」


 ババ様は身体をくねくねと動かし、腕をおおげさに回した。

 水晶玉的な、占いグッズがないので、ちょっと滑稽だ。

 そしてババ様はカッ、と目を見開いた。


「見える、見えるにゃじゃ! にゃんじゃと!?? こ、これは……!」

「ど、どうしたんです?」


 ババ様は手をわなわなと震わせて言った。


「何も見えないにゃじゃ!」

「見えないのかよ!? 見えるって言ったじゃん!」


 思わずツッコんでから嘆息した。

 なんだろ、この人と話してると疲れるんだよな……。


「おかしいにゃじゃ。見えないなんてことは初めてにゃじゃ」

「怖いこと言わないでくださいよ……何かありそうじゃないですか」

「ふむむ……まあ、占いなんて気分的な部分が強いし、気にするにゃじゃ!」

「あんたが言う!? ま、まあ、一応ありがとうございました」


 俺はさっさと席を立ち、二人を呼びに行こうとした。

 と、ふと思い出し、振り返る。


「あの、邪神っているんですかね?」

「にゃ? 神は五聖神だけにゃじゃ。邪神なんて聞いたことないにゃじゃ?」

「そう、ですか。どうも」


 じゃあリーシュは一体どういう存在なんだ。

 一般的に知られている聖神。

 知られていない邪神。

 一体、どういう関係性があるんだろう。

 それとも何も関わりはない?

 神を冠する存在が?

 あるいはリーシュが勝手に称しているだけという可能性も。

 ……あんなステータスを持つ存在が?

 俺は強い違和感を抱きつつも、その正体がわからずモヤモヤとして気持ちを抱いたままだった。

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