第26話 望まぬ再会

 一瞬で数を再確認する。

 兵士は十三名。それに加えメイガス。

 弓兵が三。剣兵が五、槍兵が五。魔術兵はいない。

 観客席にいる兵士達は、さすがに攻撃してこないだろう。

 逃げられないように囲っているだけのはずだ。

 兵士とメイガスのステータスは俺より格下。

 一対一でまともに戦えば雑魚だ。

 それはこの三戦でわかっている。

 腕利きの相手でも戦えるという自信を培っていた。

 ステータス至上世界だからこそ、俺には勝機があった。


 だが多勢に無勢。

 今まで一対一の戦いしか経験がない。

 これは、レベルアップを視野に入れた戦法が好手だ。

 瞬時にそこまで考えたところで、剣兵が攻撃範囲に入って来た。

 レベルアップの成果を見せてやる。

 刺突が迫って来た。

 俺は予備動作をしっかり確認した後、ぐっと膝を曲げ地面を蹴る。

 そのまま左斜め前に移動した。

 その速度は、兵士の想像を遥かに超えていたに違いない。

 なんせ、俺は一戦目以降『レベルアップし、強化されたステータスの状態を隠したまま』勝利していた。

 それはつまり、一戦目の身体能力の状態のまま戦ったということ。

 皇帝には何かあると踏んでいた。

 だから、俺が本気を出せばどの程度の力量は推し量られるのは危険だと思った。


「遅い」


 俺は残像を残し、兵士の真横に移動。

 耳元で呟くと同時に、右腕を振り切った。

 拳は兵士の顔面に埋もれた。


「ぎ、ぷっ」


 鋼鉄の兜ごと歪み、兵士の顔が窪んだ。

 手加減はなかった。

 たった三戦で『全力で殴れば人の身体を破壊できる程度』には強くなっているらしい。

 少し驚いたが、それだけだった。

 抑制していた力を解放した事で、異常な程の爽快感を抱く。

 レベルは百ほどあがった。

 傷は負っていないので見目はそのままだ。

 なるほど『この程度の雑魚でも』多少はレベルが上がるのか。

 三戦の武人達はかなりの腕利きだったようだ。

 さて、処刑されかけているのは俺か。

 それとも目の前で臆している奴らか。


「な、何をしている! さっさと殺せ!」


 メイガスが明らかに狼狽した様子で叫んだ。

 上司の命令、その上、皇帝の前では逃げる選択肢はないはず。

 俺の考え通り、奴らは怯えながらも猛攻を始めた。

 隊列はバラバラ。

 連携もまったく取れていない。

 馬鹿な。

 なんて愚かなんだ。

 ステータスは俺と奴らでは、十倍近くの差がある。

 それは剣技や鍛練や経験でどうにかなる差ではない。

 ギリギリ、どうにかできそうなのはメイガスだけだ。

 俺はそれを隠しながらの三戦を終えているのだ。

 その抑え込んだ力を爆発させた。

 その一幕を全員が見ているはず。

 なのに、恐怖に負けて、斬りかかってきた。

 過酷な訓練を積み重ねたであろう兵士でも、この程度かと落胆した。

 どれほど楽な人生を歩んで来たのか。

 直線に煌めく凶刃を俺はつまんだ。

 ふと考えが浮かぶと、咄嗟に腕が動く。

 指先に力を込め、ねじった。

 折れた。


「なっ!?」


 兵士が驚愕の声を張り上げれる。

 動揺が広がる。

 俺も驚いた。

 剣が折れるとは思わなかったからだ。

 俺は裏拳で兵士の顔面を殴った。

 頭が三回転した。


「ぐきゅ、ぎゅ、ぶ」


 口からぶくぶくと血の泡が吹かれ、そのまま絶命した。

 地面に伏した時、弓が俺に迫っていた。

 避けようと思ったが、寸前に倒した兵士の身体に隠れて気づくのが遅れた。

 死角からの攻撃に、俺は咄嗟に腕で防御する。

 二の腕に矢が刺さった。

 痛みを無視して、さっさと抜くと地面に放る。


「み、見たか! 奴も人間だ、斬れば死ぬのだ!」


 おいおい、それはさすがに無茶な相談じゃないのか?

 俺は兵士達の表情を見て、同情した。

 矢は確かに刺さったが、傷は浅い。

 こんなものを何十本刺さろうと死にはしない。

 それどころか身動きが鈍重になることもないだろう。

 すでに二人殺した。

 殺すごとにレベルが上がる。

 次を殺せば、傷も癒えるだろう。


「次、来ないのか?」

「う、うわああ!」


 俺の一声に、兵士の一人が気勢を発した。

 いや、それは恐怖の一声だったのかもしれない。

 兵士が白刃を放つ。

 俺はゆっくりと構えると、薙ぎの軌道を手刀で落とした。

 金属音と共に、刀身が半分になる。

 STRが1万6000あるからな。

 これくらいなら出来ると思った。

 そもそも剣を握って折ったのだから、それも当然だ。

 ただ動体視力が向上しているわけじゃないので、潔さが必要だった。

 死を恐れない俺だからこそ出来たのかもしれない。

 俺は一瞬で数歩分の距離を移動して、兵士を殴打する。

 顔の表面が破裂した。

 血飛沫で周囲を汚しながら、兵士は地面に伏した。

 レベルが百程度上がった。

 体力は回復した。


「もっと死ぬ気でやれよ。俺は死なないけどな」


 ニッと笑うと、兵士達の身体が示し合わせたように、同時に震えた。

 一瞬の静寂の後、事態は一変する。


「む、無理です。こんなの相手にしてられない!」

「お、俺達は人間と戦う訓練しかしていない!

 化け物相手に戦えるはずがない!」

「や、やってられるか!」

「おい、逃げるな! 敵前逃亡は戦犯扱いだぞ!」

「死ぬよりはマシだ!」

「名誉のために死ぬ時代は終わったんだよ! 

 それに、こいつと戦って死んでも名誉もないでしょうが!」


 一気に不安が爆発したらしい。

 兵士達は不満を漏らしながらメイガスに迫り、そのまま後門に下がって行った。

 なんだ?

 思ったより、エシュト皇国の兵士って練度が低いのか?

 それともメイガスの部下がそんな奴らなのか?

 まあ、どっちにしても俺の勝ちは揺るがない。

 勝利すれば、ここから抜け出せるわけじゃないが、みすみす捕らえられるつもりもない。

 しかし悠長に構えていいわけでもない。

 考えなくては。

 メイガスを殺すのは決定事項だが、どうやって莉依ちゃん達を助ければいいか。

 それに沈黙を守っている皇帝も気になる。

 何か企んでいるのか……?


「おい、二人きりだな。偉そうな態度はどうした?」


 俺はメイガスに蔑視を向ける。

 散々、やりたい放題した奴の情けない姿を見ると、気分がいい。


「くっ、貴様! 愚民の癖に」

「その愚民に殺されそうになっている気分はどうだ?」


 俺は拳を握り、メイガスに近づく。

 武器なんていらない。

 ステータスが戦闘には重要なのだ。

 俺の武器はステータスそのもの。

 つまり己の肉体そのもの。

 この拳で命を摘み取る。

 俺は一歩メイガスに近づいた。

 メイガスは一歩後退りする。


「逃げるのか?」

「ちょ、調子に乗るなよ!」


 メイガスの声は震えている。

 情けない。

 こんな奴に、俺は酷い目に合わされ続けていたのか。

 こんな奴に、リンネおばちゃんや村人は殺されたのか。

 憤りが膨張する。

 拳が震えた。

 震える程に力んでいた。

 さっさと殺してしまおう。

 そして、莉依ちゃん達をどうにか救出するのだ。

 拘束されていようとも、スキルを使って加勢して貰えれば何となるだろう。

 今の俺ならば、彼女達を救うこともできる。

 俺は、メイガスを殺そうと腕を引いた。

 次の瞬間、地面が振動する。


「なんだ?」


 体勢を整えていたら、メイガスが一目散に後門へ逃げていく姿が見えた。


「逃がすか!」


 追う。

 だが、

 後門に何かが見えた。


 何だあれは?


 あのシルエットは見たことがある。


 見上げる程の巨躯。


 だらしなく膨らんだ体躯。


 血走った眼と、喜色の悪い見目。



「トロール……?」



 エインツェル村を襲ったトロールと同形だった。

 しかも二体。

 歩くたびに、ビチャッと水音が響いた。

 何事かと視線を動かすと、そこには赤い鮮血が地面に広がっていた。

 トロールは先ほど逃げた兵士達の身体を引き裂き、握り潰していた。


「ぎぃ、やや、が、ぐ」

「し、じにだぐな、ぎぃっ!」


 慟哭と悲鳴が俺の鼓膜に届く。

 メイガスは腰を抜かし、トロール達の眼前で尻餅をついていた。


「な、な、こ、これは、実験場の奴ら、は、ははは、そ、そうか。

 そういうことか! そういうことなのですね陛下!

 まさか、もうすでに完成していたとは!」

「それでさっさと始末せい」

「ははっ! お任せください!」 


 メイガスは狂ったように高笑いをしていた。

 実験場?

 なんのことだ?

 俺はトロール達の動向を見守る。

 メイガスも殺すのかと思った。

 だが、魔物達は兵士達を惨殺した後、メイガスの目の前まで移動しただけだった。

 トロール達は小さく唸りながら佇んでいるだけだ。


「ふ、ふふふ、おい、化け物! 奴を殺せ。いや、半殺しにした後、捕縛しろ!

 まあ、殺しても例の牢屋からは出られんがな」


 嘲笑と共に、メイガスは俺に視線を向ける。

 先ほど前は怯えていたくせに、事態が好転したら態度を変えるとは。

 小物にもほどがある。


「ガアアアアアアアァァァァァァッッ!」


 トロール達が雄たけびをあげた。

 どうやら奴らはメイガスの命令を聞くらしい。

 俺は巨大な魔物を前に舌打ちをした。

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