第27話 魔兵トロール

 正面にはトロール二体。

 これはかなりまずい。

 ステータスは完全に負けているはずだ。

 俺は、以前より強くなってはいるが、トロールに勝てる程じゃない。

 一先ず、奴らが攻勢に出る前に、分析しなくては。

 俺はトロール達に向けてアナライズを使用した。



・名前:魔兵トロール1


・LV:11,115

・HP:2,799,657/2,799,657

・MP:204/204

・ST:861,902/977,128


・STR:109,033

・VIT:87,214

・DEX:74,255

・AGI:9,701

・MND:447

・INT:650

・LUC:98


●特性

 棍棒を持っている。



・名前:魔兵トロール2


・LV:10,998

・HP:2,533,123/2,533,123

・MP:1100/1100

・ST:775,554/912,987


・STR:101,987

・VIT:82,001

・DEX:65,655

・AGI:10,878

・MND:874

・INT:664

・LUC:138


●特性

 何も持っていない。



 予想通りかなりの強敵だ。

 それも二体。

 これはさすがに厳しい戦いを強いられそうだ。


「さっきまでの余裕はどこにいったんだ? んんー?」


 メイガスは嫌味たらしい口調だった。

 自分はトロールの影に隠れている癖に。


「そっちのおまえ! そいつを殺せ!」


 棍棒持ちのトロールが猛然と迫ってきた。

 早い!

 いや、一歩が大きいのだ。

 奴は、大きく振りかぶり棍棒を振った。

 こんなの交通事故みたいなものだ。


「くっ!」


 全力で跳躍した。

 ステータス向上のおかげか、三メートル近く飛んだ。

 思った以上に、身体能力が上昇しているらしい。

 俺は予想外の結果に、空中で僅かにバランスを崩す。

 暴風と轟音と共に、棍棒が砂塵を跳ね上げながら、地面すれすれを通る。

 あんなの受けたら、即死だ。

 砂礫(されき)が壁に吹き飛び、ピシピシと小気味いい音を生み出す。

 着地と同時に、トロールが振りかぶる。


「くっそ!」


 また棍棒を振った。

 俺も跳躍する。

 今度は適度な力を込めて、地を蹴った。

 同軌道を通る棍棒。

 回避は出来たが、風圧が凄まじい。

 俺は先ほどよりも、速めに地面に到着する。

 トロールには僅かな隙があった。

 知能が低い分、対応策は考えてもないだろう。

 転瞬、俺はトロールの股下に移動した。


 攻撃、回避。

 その所作。

 挙動。力の流れ。力の込める具合。

 俺は、数戦を超えたことで、その一端を学びつつあった。

 踏込と共に、腰を回転させる。

 そのまま、拳へ回転力を伝わせる。

 意識するだけでかなり違った。

 そのまま風を切り、腕が伸びる。


「ふっ!」


 慣性と共に拳を繰り出す。

 今までで一番の攻撃。

 それがトロールのふくらはぎに当たった。


 が、

「くっ!」


 痛みを覚えたのは俺だった。

 圧倒的なステータスの差。

 それが何を意味するのか、俺が一番わかっている。

 そこには戦略が入る余地はない。

 数値の暴力の前では何もできないのだ。

 俺は腰に携えていた、剣を抜いた。


「これなら!」


 剣をトロールの足に振り下ろした。

 だが、ほんの少しだけ表面に傷を作っただけだった。

 硬い。岩のようだ。

 思い出す。

 村に現れたトロールとの戦いでは、村人達が斧を持っていた。

 なるほど、これだけのステータスを持つ魔物は防御力も高い。

 ステータスでは勝てない人間が倒すには、斧のように強力な武器を使うしかない。

 剣では破壊力が劣る、そういうことか。

 だが、しかし、素手は更に無理だ。

 やはり、剣でどうにかするしか。

 俺は一先ず、トロールの後方に移動して、視界から逃れようとした。

 だが、トロールは回転する。


「な!?」


 あれだけの巨体だ。

 動きは鈍いと思っていた。

 実際そうだったのだ。

 だが、トロールはなんと回転しながら、俺に向けて蹴りを繰り出す。

 足技は想定外だった。

 俺は移動中だ。

 止まっても回避は無理。

 転がっても無理。

 受けるしかない!

 俺は何とか片手で防御した。

 反射的に横っ飛びする。

 その拍子に武器を落とす。

 ミシッという音が脳髄を伝わった。


「がっ!!」


 俺はサッカーボールのように空中に浮かんだ。

 曲線を描き、観客席に落下する。


「お、落ちて来たぞ! 今だ!」


 観客席にいた兵士達が俺を取り囲む。

 弓兵が後ろから、弓を引き絞っていた。

 魔術兵も、何やら呟き、周囲に火球を漂わせている。

 なるほど、やはり魔術はそういう感じなのか。

 俺はその場で跳ねるように起き上がる。


「う、うわ!」


 兵士達が怯えたように、俺に武器を向ける。


「殺そうとするなら、容赦はしない」


 数十人を睨み付けた。

 誰かに視線を絞ったわけではなかったが、兵士達は俺の警告を受け取ったらしい。

 弓兵も、魔術兵も攻撃を止めようと、武器を降ろした。

 反して、目の前の剣兵達は震えながらも構えを解かない。

 俺は無視して、舞台に降りた。

 上腕が痛むが、大したことはない。

 試しに動かした。

 激痛と共に、ギギッと腕が曲がる。


「まだ一応は動く、か」


 確認をして、トロールを目視する。

 奴は興奮した様子で俺を見下ろし、地団駄を踏んでいる。

 さて、どうするか。

 兵士達から武器を奪えばよかったかもしれない。

 だが、剣や槍でどうにかなるのか。

 トロールが咆哮しながら、轟然と走る。

 俺は迫るトロールに対峙するべき体勢を低くした。

 恐怖心は微塵もないが、思案に暮れていた。


 どうすれば勝てる?

 こんな化け物、一人だと厳しい。

 だが、異常な程にある体格差が、ある意味では功を奏していた。

 鈍重なトロールの攻撃は慎重に動けば当たらない。

 体力も互いに十分。

 そのため、最初の攻撃を超えると、俺達の戦いは平行線を辿った。

 トロールは攻撃を当てる手段がない。

 俺には有効な攻撃手段がない。

 互いに、打つ手がなく、泥仕合の様相を呈して来ていた。

 これは俺にとっては好ましい展開だった。

 なぜなら、仮にこいつらを倒しても、皇帝の手から莉依ちゃん達を救わなければならないからだ。

 その方法はまだ浮かんでいない。

 考える時間を得られているのだ。

 その余裕があるほど、戦いに変化がないということでもあった。

 そんな状態に業を煮やしたのか、メイガスが叫ぶ。


「ノロマが! さっさとそいつを殺せ!」


 言われて可能ならばとっくにしているはずだ。

 当然、トロールの攻撃は俺に掠りもしない。

 お互いのスタミナが切れるまで終わりはしないのだ。

 あからさまに焦れていたメイガスだったが、突然思い出したように相好を崩した。


「クサカベ。貴様、こういう名前を知っているか?」


 何を言っている?

 俺は疑問符を浮かべながらも半ば無視していた。


「あー、なんだったか。そう、そうだった。はは、私としたことが。

 そうそう、リンネ……それとリガッツ。そういう名前だったな」


 それは貴様が殺した女性の名前だ。

 その言葉を飲み込んだ。

 相手をしてはいけない。

 だがリンネおばちゃんの息子であるリガッツの名前がなぜここで出る?

 いや、待てよ。

 リンネおばちゃんは心配していたが、リガッツは村には帰って来なかった。

 理由はわからない。

 だが、言いようのない不安が強くなっていった。


「おいおい、忘れたとは言わせないぞ。私が殺したババアとその息子の名前だ」


 一瞬にして血が沸騰する。

 だが、感情的になり、理性を失えば回避が困難になる。

 メイガスは俺の心を揺らすつもりだ。

 だったら、まともに取り合ってはいけない。

 俺は歯を食いしばり怒りに耐えた。

 しかし、尚もメイガスは言葉を続ける。

 安い挑発だ。

 そう思っていた。


「なんて薄情な奴だ。名前を忘れたのか。ああ、可哀想な奴らだ。

 名前を忘れたような奴らに『殺されようとしている』なんて」



 ………………なんだって?



 どくんと心臓が一鳴りした。


 今、なんて言った?


 メイガスはなんて言ったんだ?


 聞くな。


 こいつの言うことなんて信じるな。



「『今、貴様を殺そうとしている化け物はそのリンネ』というババアだ。

 そして私の傍にいる『このトロールはリガッツ』という貧民よ」



「嘘を吐くなあァッ!」


 俺は怒声を発した。

 同時にトロールの攻撃が俺のすぐ横を通る。

 落ち着け。

 あんなのはただの虚言だ。

 しかし、メイガスは緩慢に首を振る。


「そうかそうか。信じられないか。姿が化け物になってしまったらわからないだろうな。

 ならば、わかりやすくしてやろう。『おい、リンネ。クサカベと話せ』」


 メイガスの命令を聞くと、俺と戦っていたトロールがピタリと動きを止めた。

 トロールは腕をおろし、立ち尽くしている。

 顔を俺に向けた。

 見た目はただの化け物だ。

 だが、その瞳には僅かに理性の光が見えた。


「こ、こ……こ、殺し、殺す、殺して……ト、トラ……トト、トラちゃ……こ、殺し、殺して、殺す、殺して、おね、おねが」


 声は変わってしまっていた。

 掠れて聞き取りにくい。

 だが、その呼び名は。

 この世界で俺を『トラちゃん』と呼ぶのは。

 一人しかいない。


「う、そ……だろ」

「はーーはっはははっはは、事実だ! これはな、元は人間なのだ!」


 見上げる。

 トロールは涙を流していた。

 これが。

 リンネおばちゃんだって?

 そんな、馬鹿な。

 俺は言葉を失った。

 頭が真っ白になる。

 俺はメイガスを見た。


「感動の再会だったなぁ?」


 その言葉で理解してしまった。

 トロールは、リンネおばちゃんとその息子リガッツであると。

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