第25話 それでも抗う者がいた

「いざ尋常に勝負!」


 二戦目。

 厳つい槍使いだった。

 一度目の戦いで、俺はレベル以外にも多くの経験を得ていた。

 死を恐れず前に出る人間は少ないということだ。

 捨て身、というと聞こえはいいが、案外戦いの場で使う人間は少ないようだった。

 槍は突きが主体。

 俺は相手の突きと同時にわざと前方に進んだ。


「な、なにを」

「いてぇな」


 腹に槍が深く突き刺さる。

 十字槍のような形だったら無理な方法だったが、運よく一本槍だ。

 俺は腹に槍を刺したまま進み、柄の中央まで来ると、ショートソードで斬った。

 思いの外すんなり寸断できた。

 槍は半分になり、柄だけが相手の残る。


「な、なんという方法を。無茶苦茶だ!」

「勝ちゃいいだろ」


 俺は動揺している対戦相手に近づいた。

 相手はそのまま後退りして、壁際に自らを追い詰める。

 俺が剣を真っ直ぐ突き出すと、男は回避しようとした。

 だが、俺は逃さず、逃げる男の首を斬った。


「ぎぃっ!?」


 頸動脈を上手く斬れたらしい。

 血の噴水をそのままに、男は呻き声を上げながら倒れた。

 しばらく痙攣を繰り返していたが、やがて動かなくなった。


 三戦目。

 拳闘士だった。

 中肉中背で鍛え上げられた体躯が特徴的だ。

 残念ながら、圧倒的に俺のステータスの方が上だ。

 同じ土俵に降りてきた相手に遅れは取らない。

 武器はセスタスだけだ。


「く、来るな!」


 男が悲鳴を上げた。

 俺がどんな風に映っているのかわからない。

 俺は殴られながらも、相手ににじり寄り、強引に掴んだ。

 そのまま地面に投げつける。


「が、ふ、は、あぁ」


 動けなくなったところで俺は緩慢に近づく。

 皇帝に視線で訴えても殺せというだけ。

 殺さなければ終わらない。

 俺は昏倒した相手を、剣で殺した。

 ステータスは一人殺すごとに、著しく向上した。

 しかし、感慨はなかった。



 New・称号:人外の域に到達せし者


・LV:2,511

・HP:189,889/189,889

・MP:0/0

・ST:201,167/201,167


・STR:16,119

・VIT:13,897

・DEX:8,019

・AGI:12,655

・MND:14,978

・INT:8,980

・LUC:*666



   ●□●□


 心が冷えて行く。

 なんとか理性を保てているのは、莉依ちゃんのおかげだった。

 きっと、今日は、悪夢を見るだろう。

 もしかしたらこれから毎日見るかもしれない。

 それくらいは受け入れよう。

 そんなことを思いつつ、俺は待合室で次の相手の準備を待っていた。

 兵士からはどうやら、しばらく時間が必要らしいと言われた。

 最初は居丈高だったが、対戦が進む毎に、兵士達は俺から距離を取った。

 別にどうでもいいけれど。

 その中で一人だけ傍から離れない兵士がいた。

 初戦前、俺に防具をつけてくれた兵士だ。

 俺はベンチに座り、漫然と時間を過ごしていた。


「おい」


 声をかけられ、頭を上げた。

 すると、そこには例の兵士が立っていた。

 兜を取っているので顔が見えた。

 無精髭で、粗野というかぶっきら棒そうな顔をしている。


「なんだ?」

「希望は捨てるな。時期を待て。必ず助けが来る」


 男は真顔でそう言った。

 小声だったのは、周囲に聞こえない配慮だろう。

 だが、その文言に、俺は眉をひそめる。


「どういうことだ」

「いずれわかる。今は戦いに集中しろ。自暴自棄になるな。

 生き抜くことだけを考えろ」


 男は言うだけ言うと兜をかぶり、離れて行った。

 どういうことだ?

 あの言葉はどういう意味だ?


「お、おい、そろそろ時間だ」


 他の兵士が俺に声をかけてきた。

 俺は立ち上がり、再び闘技場へと向かった。

 しかし、小さな疑問は残ったままだった。


   ●□●□


 四戦目。

 俺は一人、闘技場内で佇んでいた。

 相手の姿はない。

 俺は業を煮やし、皇帝を見上げる。


「おい、まだか」

「そう慌てるでないわ。すぐに来る」


 俺がここで戦うことは事前に知っているはず。

 となると何か理由があって準備に時間がかかっているということか?

 何か企んでいるのか?


「しかし、見事。たった三戦で、弱者が戦士になりおった。

 これには儂も驚嘆せざるを得ぬわ。貴様、中々に見込みがある」


 突然、褒められて気味の悪さを感じた。

 こいつは本心ではそんなことを思っていない。

 顔を見ればわかる。

 皇帝は俺のことを人間とは見ていない。

 ただの虫だ。

 眼がそう言っている。


「だが、儂にも都合がある。本心で言えば、ここまでやるとは思っていなかった。

 元々、貴様はもう既に死んでいるはずだったのだ。だが生きている。

 これでは儂の意図通りに進まん。貴様に生きていて貰っては困る。

 異世界人全員に言える。今後、部外者の貴様らの助力によって国が救われてはならん。

 貴様らが力を持っていてはならんのだ」


 それはサラが言っていたことに似ていた。

 だが違う。こいつは俺達を利用する前提で考えているのだから。

 それに、殺すつもりだった、だって?

 じゃあ、俺がしているのはなんだ?

 何のために戦わされているんだ。


「……どういう、ことだ?」

「そのままの意味よ。この戯れは元老院の老獪共を黙らされるために仕向けたこと。

 神託を鵜呑みにし、そのままに行動するという愚かな思考の者共を黙らせるためのな。

 一応の救いを与え、力を見るという名目の元、貴様を殺すつもりだった。

 だが、貴様は予想以上に力を持っていた。それではいかん。

 異世界人の力によって、グリュシュナの世界に大きな影響があってはならん。

 史実に『異世界人の力によって救われた』などと伝えられては愚王と呼ばれるのは必至。

 だが、利用できるところは利用するつもりだった。だからこその、このような茶番よ」

「……じゃあ、俺が勝っても」

「逃すと思うか?」


 甘かった。

 勝てばどうにかなると心の隅では考えていた。

 だが、この男。

 強欲と利己の塊だ。

 俺達がどうなろうと、どうでもよかったのだ。


「むぅ、んんっ!」


 莉依ちゃんが非難の声を上げようとしたが、猿ぐつわがされていた。

 結城さんも同様だ。これでは声が出せない。

 彼女達がまだ殺されていないのは幸いだった。

 だが、それも今の内だけだろう。

 いや、むしろ、俺を含めてなぜ生かしている?

 もう殺してもいいはずだ。

 俺は必死で打開策を考えながら、何が起きても対処できるように警戒していた。


「父上!」


 その時、皇帝の傍に立っていたのはサラだった。

 俺達とは違い、拘束されてはいない。

 兵士が何人も手を焼いているようだった。


「これはどういうことですか!? クサカベ様達は殺さないはずでしょう!

 あの御方は妾の伴侶となる御方! 傷をつけることさえ、妾は許しませんよ!」


 皇帝は、食い下がる様子のないサラを見た。

 と、腕を伸ばし、サラの口を手で覆った。


「むぐぅっ!」

「うるさいぞ、愚かな娘よ。貴様のような女には権力も知力も膂力も胆力もない。

 何かを与えれば貪り食い尽くすだけの寄生虫共が。

 貴様らは孕むだけで重宝されていると気づかぬのか。

 脆弱な生き物が生きているのは、生かされているからだとまだ気づかぬのか。

 ならばせめて、男の邪魔をするな。それさえもできぬならば存在さえ許さぬ。

 今まで娘だと甘やかしたが、それも限界よ。

 まさか異世界人に懸想するとはな。愚かにもほどがある」


 皇帝はぐぐっと力を込めていた。

 あのままでは、顎が砕かれる。

 こいつ、自分の娘にまでなんてことを。

 血のつながりがある子供を殺すか? 傷つけるのか?

 そんなことはない、と否定したい思いがあった。

 だが、それは無理だ。

 なぜなら皇帝シーズ・サラディーン・エシュトがどういう人間なのか、俺は理解していたからだ。

 こいつならば、娘さえ殺してしまう。

 隣にいる皇妃は微動だにしない。

 この両親、狂ってやがる。

 サラが歪むのもわかる気がした。

 皇帝は俺を一瞥すると、興味なさそうにサラに視線を移動させ、手を離した。


「はぁ、かは、はぁ、ち、父上」


 サラはその場に蹲り呼吸を荒げていた。

 皇帝は俺を見下ろし、薄く笑った。

 そして片手を上げた。

 すると、観客席にずらっと兵士が並ぶ。

 弓を携え、中には杖を持っている者もいた。

 あれが魔術兵、なのか。

 数百人はいる。

 どうにかなる数じゃない。

 最初からこうするつもりだったのか!


「なぜこんな回りくどい真似を……最初からこの場で殺せばよかっただろ」

「言ったであろう、つまらんとな。貴様がどこまでやれるか、どこまで抗うか試したのだ。

 見物であった。思った以上に楽しめたぞ。余興としては悪くなかった。

 だが、それも終わりだ。最後はこいつらと戯れるといい」


 後門から現れたのは、十数の兵士。

 それに加え、見慣れた顔があった。


「メイガス……!」


 それは俺の仇敵だ。

 最悪な状況で、最高の相手とまみえた。


「三度目だな。いい加減に見飽きたぞ、その顔は」


 メイガスは吐き捨てるように言った。

 逃げる隙はない。

 逃げる方法もない。

 もう手段はない。

 ここで、俺達は殺される。

 俺だけが生き延びるのだろう。

 だが、それは死んだように生きるということ。

 ならば、最後まで抗ってやる。

 一人でも多く殺してやる。


 特に目の前のこいつを。


 こいつだけは逃がさない。

 丁度いいじゃないか。

 リンネおばちゃんと村人の仇はここで討つ!


「メイガス、貴様だけは絶対に殺す……!」

「おお、怖い怖い。短時間で変貌したじゃないか。

 だがな、吠えるな駄犬。愚民が貴族たる私に言葉を吐くな。

 同じ人間だと思われるのは心外だ」


 問答は無用。

 ここからは規範の上に成り立つ戦いじゃない。

 ただの殺し合いだ


「さっさと殺せぇい!」


 皇帝の号令を合図に、全員が地を蹴った

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