第21話 脱獄者

 拷問牢を出て、左右に伸びている通路を右に進む。

 少し歩くと、突き当たりに扉があった。

 サラに開けさせ、潜ると円柱の空間が広がる。

 見上げると、螺旋階段が永遠と続いている。

 そう言えば、階段を下りた記憶があった。


「上がるぞ」

「かしこまりました」


 拒絶する気配はまるでない。

 サラは完全に言いなりだった。

 嬉しいような、恐ろしいような。

 しばらく階段を上ると、頂上に到着する。


「こちらの鍵は妾の胸元に」

「何でそんなところに入れてんだよ……」

「申し訳ございません、収納する場所がありませんので……」


 確かに、サラが来ているドレスにはポケットのような箇所がない。

 機能性を考えて作っていないんだろうか。

 腰部分はかなり細い。

 なるほど、胸元に入れれば一応は落とさずに運べるらしい。


「手ずから取ってもよろしいですか?」

「……ああ、出してく……いや、出せ」


 サラは手錠をしているため、やりにくそうにしていた。

 二つの山が歪んでいる。谷間に細い手を入れているが、上手くいかないらしい。

 もたもたしていると誰かが来るかもしれない。

 姫はいつも一人だから、大丈夫だとは思うが、油断は禁物だ。

 一度の失敗ですべては水泡に帰すのだから。

 俺は抵抗感がありながら、仕方なく口にした。


「もういい、俺が取る。動くなよ」

「は、はい……どうぞ」


 だから、そこで恥じらうな!

 これ、サラルートじゃないよね?

 違うよね?

 あんな目に合わされてフラグが立つわけないよね!?

 最後にはトゥルーエンドが待ってるよね!?

 俺は将来に不安を抱きつつ、サラの胸元に手を入れた。

 ふにゅ。

 柔らかい。


「あ……んっ……」


 違うよね!?

 本当にサラルートじゃないんだよね!!??

 俺は半泣きになりそうな心情のまま、胸元をまさぐった。


「ふ……んん……あ、はげし……」

「こ、声出すな」

「も、もうしわけありま……あっ、こ、声が……出て、んっ」


 俺は無心だった。

 今、悟りの境地に達した。

 無言のまま、囀るような嬌声を聞きながらも煩悩を無視した。

 そして、硬い感触が指先に触れ、掴んだ。

 ……鍵だった。

 俺は即座に腕を引っ張り上げる。


「はぁ、んんっ、ク、クサカベ様……」


 瞳がとろんと蕩けている。

 切なそうな顔をしていた。

 請うような。

 何かを求めるような

 まるで恋愛小説の一幕だ。

 何なら俺達の周囲に煌びやかで美麗な装飾が散りばめられているかもしれない。

 だが、思い出せ!

 少し前にされたことを思い出すのだ!

 俺は一瞬、凄惨な経験を思い出しただけで、賢者状態に陥った。

 色々萎えた。


「行くぞ」

「は、はい……あの、この先は城内に出ます。

 衛兵に気を付けてください」

「あ、ああ、そうする」


 なんだ、こいつ。

 本当に俺を手助けするつもりか?

 だったら、皇女権限で俺達を助けてくれたり……。

 いや、落ち着け。

 こいつは信用ならない。

 人質にして、案内させる方が確実だ。

 俺は開錠し、扉を開いた。

 廊下が真っ直ぐ伸びている。

 床には赤い絨毯。工芸品や美術品が壁際に並べられている。

 豪奢なシャンデリアが一定間隔で天井に並んでいた。

 時刻まではわからなかったが、現在は夜らしい。

 これはある意味助かった。

 室内ならばあまり差異はないだろうが、外に出れば闇にまぎれて逃亡できる。


「俺以外に異世界人がいるだろ? そいつらはどこにいる?」

「クサカベ様は妾の命で特別な場所に幽閉しましたが、他の異世界人は共同牢の方です。

 一度、外に出ましょう。庭の外れに牢獄があります」


 俺はあまり詳しくないが、こういう場合、城の近くに牢があるものなんだろうか。

 もしかしたら別にきちんとした刑務所があるのかもしれないが。


「現在城内の衛兵は固定位置で警護中です。城内で歩くと雑音が多いので」


 なるほど、皇族への配慮ということか。

 とりあえず、サラには燭台をその場に置くように命令した。

 サラの言葉を聞きつつ、逃げられないように注意しながら進んだ。

 衛兵の場所が決まっているのならば、慎重に進めば鉢合わせることはなさそうだ。

 それからサラの案内通りに進んだ。

 どうやらサラは拷問牢に行く際、できるだけバレないように移動していたらしい。

 内密にしながら、日課をしていたのだ。

 不快感が強かったが、衛兵に見つからないルートがわかるのは助かった。

 客室、倉庫、書斎などを通りつつ、人目から逃れて、食堂へ向かった。

 兵士達のためにある場所らしい。城の端にそれはあった。


「ここから裏へ出られます。少し歩くと共同牢への入り口があります」


 サラに対して、俺は首肯を返す。

 嘘を言っている可能性もある。鵜呑みにはせず、慎重に食堂内を通る。

 そこは広かった。

 学校の体育館ほどの広さだった。

 こんな施設が城と繋がっているのは珍しいのではないだろうか。

 現皇帝は現場主義というか、兵士達の環境を整理しているのだろうか。

 宿舎や食堂、訓練場などを密接にすれば、緊急時に出動しやすい。

 そういう意図があるのかもしれない。

 俺は多数のテーブルを横目に、調理場に入った。

 調理器具は手入れが行き届いているようだ。


 暗闇の中、室内に射す月明りだけを頼りに進む。

 裏口に辿り着くと、ゆっくりと開いた。

 裏庭が伸びている。

 綺麗に切り揃えられた芝や景観を考えて植えられた木々。

 その先には城壁がそびえ立っている。

 飛び越えるのは難しそうだ。

 周辺を探った。

 衛兵の姿は見えない。


「城周辺は哨戒していますので、気を付けてください。

 今の時間ですと……しばらくは問題ないはず。

 急いで、共同牢に行きましょう」

「……おまえ、えらく協力的だな。

 まさか、罠にはめようとしているんじゃ」


 俺の猜疑心を真っ向に受けながらも、サラは真っ先に頭を振る。


「もしそうならこんな回りくどいことはしません」


 確かに、サラがいなければここまで来れなかったかもしれない。

 わざと信頼させるつもりだったとしても、この状況じゃ意味はない。

 さっさと衛兵に助けを求めれば俺は囲まれて終わりだ。

 あるいは意図的に見つかればいい。

 だがサラはそんなことはせず、俺を助けてくれている。

 それで今までのことがなくなるわけもないが、それでも疑いは薄れる。


「俺達が逃げたら困るんじゃないのか?」

「父上は困るでしょうね。ですが妾には関係のないこと。

 そもそも、国家が一個人に、しかも異世界人に頼るなど愚行以外の何者でもない。

 この世界のことはこの世界の人間が解決すべきです。

 この国のことはこの国の人間が解決すべきです。

 妾はそう考えております」

「……おまえ、本当に皇女なんだな」

「一応はそうですね」


 サラはくすっと笑った。

 嗜虐趣味がなければ皇女として有能な人間なのかもしれない。

 その趣味が致命的なんだが。

 リーシュといいサラといい、変な奴と歪な関係性を築く呪いでもかかってんのか、俺は。

 いや、しかしこいつはエインツェル村の人達を殺したのだ。

 偉そうに講釈を垂れても、口封じで人を平気で殺す人間は信用できない。


「この国のこと、か…。

 そう言いつつ、おまえはエインツェル村の人間を殺すように命じただろ。

 おまえの言葉には説得力がない」


 忘れていない。

 無残に殺された村人達のことを。

 手を下したのはメイガスだ。あいつは絶対に許せない。

 だが、こいつが命を下したはずだ。

 それに加えて三ヶ月に及び拷問。

 そうだ、俺は何を血迷っている。

 こいつは敵なのだ。少しでも心を許していいはずがない。


「……それは事実ですか?」


 何を世迷言を。

 自分で命令したことさえ忘れたのか、と思いサラを見た。

 何か思案している様子だった。誤魔化している、という風には見えない。


「知らなかったのか?」

「え、ええ。初耳です。自国の国民を無為に殺すように命令するはずがありません。

 もちろん、必要がある場合もありますが。妾はそのような命を出してはおりません」

「じゃあ、メイガスの独断だと?」

「どう、でしょうか……もしメイガスの勝手な判断によるものであれば問題です。

 とにかく、今は話している時間はありません。このことは妾にお任せください。

 まずは、先を急ぎましょう」


 やはり、拷問以外は真っ当な皇女なんだろうか。

 まあ、俺には関係ないことだ。

 俺は首肯し周囲に人影がないことを確認し、裏庭へ出た。

 サラの指し示す方向に進むと小さな建物が視界に入る。


「妾が先に入りましょう。看守がいますので」


 迷ったが、俺はサラの進言通りにさせた。

 彼女の狂った愛情表現を信じたのだ。

 サラの人間性は信じられないが、サラの異常性は信じられる。

 俺の思い通り、しばらく扉前で待っていると、中からサラが出てきた。


「もう大丈夫です、どうぞ」


 俺は誘われて、中に入る。

 入ってすぐ看守室らしく、机と複数の椅子、棚、机などが並んでいる。

 一人の兵が眠りこけていた。


「この者はしばらく起きません。眠らせておきましたので」

「眠らせておいたって……どうやって?」

「魔術です。多少、嗜んでおりますので」


 魔術。

 エインツェルの村長が魔術は存在する、と話していたことを思い出す。

 確か、魔術師の存在はかなり希少で、初歩的な魔術を使えるだけでもすごいらしい。

 その中でも魔術兵レベルになればかなり高給取りで地位も約束されるとか。

 サラの魔術レベルはわからないが、簡単に人を眠らせられるということはそれなりにすごいのでは。

 サラは看守の腰から鍵の束を奪う。

 そして、ランプを手にすると俺に向き直った。


「行きましょう。交代にはまだ時間がありますが、悠長にしていると危険です」

「あ、ああ」


 おかしいな。

 なんでサラ主導で進んでるんだろうか。

 すでにナイフで脅すこともしていない。

 いつも何かがおかしいし、これはこれで正しいのかな!

 もうまともな思考が働かず、俺は流れのままに歩を進める。

 階段を降りる。

 扉を幾つか通ると、次第に呻き声や、唸り声が聞こえる。

 暗い通路を進む。左右には鉄格子が建ち並んでいた。

 所々に松明が備えつけられている。

 異臭がする。

 拷問牢よりも別の種類の悪臭がした。


「おい、女だ、女だああああぁっ!」

「あ、ああ、やらせろよぉおぉ」

「いい、に、におい、う、うまそう」


 下品な言葉でサラに話しかける囚人たち。

 全員がボロ布を着ており、見るからに不潔だった。

 しかし、サラの姿を見ると、ピタッと口を閉じる。


「こ、皇女……狂い姫の皇女だあああああ!」


 あ、狂い姫ってみんなが言ってんだ。

 俺と同じ思考回路だな。なんか嬉しくない。

 悲鳴が連綿と続く。

 囚人となれば当然、罪人だ。 

 拷問される可能性もあるかもしれない。

 周知の事実なんだろうか。

 それともこの共同牢だけの情報なんだろうか。


「失礼ですね、淑女を前に叫ぶなんて」


 俺は呆れつつも、サラに続いた。

 やがて、牢がなくなり、叫び声も消えた。

 細い道が続く。

 十字路が見え、サラは真っ直ぐ進んだ。


「この三ヶ月で二名、異世界人が捕まりました。

 クサカベ様を含めて四名の異世界人が牢に入れられています」

「どんな奴だ……?」

「一人は男。女のような顔をした痩躯な人物と聞いています。

 残り二人は女。一人は齢十ほどの子供。

 もう一人はクサカベ様と同年齢くらいの粗野な者と報告されています」


 男の方がわからないが、残りの二人は莉依ちゃんと結城さんだ。


「まさか、拷問したりしてないだろうな……?」

「その必要はございませんので。元より異世界人は切り札。

 聞き出す情報もありません。

 ただ逃げられると困るので少しずつ懐柔しようとしているところでしょうね」


 淡々と話されたので聞き逃しそうになる。

 懐柔。

 どんなことをされているのか心配だった。


「ご安心を。全員、まだ何もされておりません」


 まだ、か……。


「そ、そうか」

「クサカベ様。ここから脱出した後、どうなさるおつもりです?

 各国はあなた方を欲しています。どこに逃れても追われるでしょう」


 それでもここよりはマシだろ!

 おまえが拷問するからな!

 とは言わず、俺は閉口した。

 しかしサラの言う通りだった。

 安全圏はない。どこへ行っても追われるのだ。 

 道は二つに一つ

 どこかの国に属するか。

 どこの国にも属さないか。

 妙案が浮かぶはずもなく、俺は思考の糸を解れさせないようにするだけだった。


「着きました」


 道は終わった。

 突き当たりには扉があった。

 厚みがありそうな鉄扉だ。

 俺はサラに鍵を貰い、扉を開いた。

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