第17話 牢獄の中で

 一人は男。俺をここに連れて来たメイガスだ。

 一人は兵士。フルアーマーなので顔が見えない。

 一人は少女。高貴な雰囲気を漂わせ、綺麗な顔をしている。

 一目で地位の高い女性だとわかった。

 ドレス姿だが、装飾は少ない。動きやすさを考慮しているようなデザインだった。

 年は、俺とそんなに変わらないような気がする。

 絵画に描かれているような偉人、そんなイメージが浮かぶ。

 メイガスが鍵を開けると、全員が牢の中に足を踏み入れた。

 何か言われるかと思ったが、誰も何も言わない。

 不審に思っていると、メイガスがいきなり俺を殴った。


「ぐあっ!」

「名乗れ。皇女殿下の御前であるぞ」


 絶妙に手加減されている。

 これは相手にダメージを与える攻撃じゃない。

 痛みを与えるだけの殴打だ。

 口の中は切れていないが、頬や骨がじんじんと痛む。

 今の内だ。

 貴様は絶対に殺してやる……!

 憤怒の感情を諌めつつ、俺は名乗った。


「……日下部虎次」


 皇女と呼ばれた少女は俺から一定の距離を保っている。

 まるで俺が不潔な存在であるかのような対応だ。


「こやつは浅慮の上、知己に乏しい者です。啓蒙することを御許しください」

「よかろう」


 妙に仰々しい所作で、メイガスと皇女のやり取りが始まった。

 俺は冷めた瞳で、三者の様子を観察する。

 想像とは違った人物の登場だった。

 俺はてっきり拷問官みたいな、気持ち悪い見た目をした男が現れると思ったのだ。

 往々にして、こういう場合、地位の低い人間が対処すると思っていたからだ。


「このお方は、エシュト皇国、第一皇女サラ・サラディーン・エシュト様である。

 本来ならば貴様のような下等な人間が拝謁できるような御方ではない。

 光栄に思うことだな」


 エシュト皇国……エインツェル村やリーンガム街もエシュト皇国の領地だったな。

 どれくらいの規模なのかはわからないが、一国の皇女なのだ。

 本来は、平民どころか、この世界の人間でさえない俺が会うことさえなかっただろう。

 では、なぜ?

 俺は、メイガスのような口調はできない。

 下手に喋れば、不敬だ、とばかりに殴られそうだ。

 迷いながらも、俺は黙して通す。


「異世界人、貴様はどこまで知っておる?」


 皇女サラの言葉に俺は、ようやく明確な情報を得た。

 やはり俺は異世界の人間なのだ。


「どこまで、とは?」


 またメイガスに殴られた。


「ぎぃっ……!」

「言葉遣いに気をつけろ」


 立場が立場だったから大人しくしていたが、不条理な態度に苛立った。

 俺は青筋を立てつつ、反論する


「てめぇに従うつもりはない!」

「なんだと、貴様……!」

「メイガス、よい。愚民に貴族の教育を求めるのは酷というものぞ。

 犬畜生に言葉を吐けというようなものよ」

「ご寛大なお言葉。このメイガス、感服いたしました」


 変わらずの演技がかった言動に、俺は辟易する。

 サラは兵士とメイガスに小さく頷く。

 すると、なんと二人は牢から出て行った。

 皇女と囚人を二人きりにしたのだ。

 何を考えている?

 普通は護衛が常時、連れ添うはずだ。

 なのに、簡単に離れて行った。

 近くにいない。


 足音が聞こえなくなると、皇女が俺をじっと見つめる。

 美しさの権化のような存在だ。

 しかし、完璧すぎるため気持ち悪くもある。

 何をするつもりだ?

 俺はこれから起こることがわからずに混乱していた。

 互いに無言の中、視線が絡む。

 これほどロマンチックではない見つめ合いは存在しないだろう。

 突如として皇女は、流れるような動きでテーブルまで歩いて行った。


「先程の質問に戻ろう。

 貴様、己の境遇について、エインツェル村の長に話した以外でどこまで知っておる?」


 俺が一度聞き返したからか、今度は質問を詳細にした。

 俺が村長に話したことを思い出す。


 『俺達が異世界から転移してきたのではないかということ』

 『スキルという能力が結城さん、莉依ちゃん、俺にはあるということ』

 『俺にはリスポーンというスキルがあること』

 『リスポーンに関しての情報全て』

 『突然、能力を授かったこと』

 『地球に帰る手段を探そうと思っていること』

 『他の連中を探すため旅をしようと思っていること』


 これくらいだ。

 なぜこの世界に転移したのかはわからない。

 能力を授けてくれた存在も、授かった理由もわからない。

 話していないのは、邪神のことくらいだ。

 これはある意味、光明でもあった。

 最悪、六か月耐えれば、邪神が迎えに来るからだ。

 それが功を奏するのかどうかは、判断が難しいが。

 俺は数秒考えたあと、頭を振った。


「わかっていることはすべて話した」


 邪神のことは話さない。

 交渉には不十分だし、無駄に情報を出すだけな気がしたからだ。

 もしかして、俺から何かの情報を得ようとしているのか?


「ふむ、なるほど。いいことを教えてやろう。

 我らはすでに、貴様の仲間を捕らえておる」

「なっ!?」


 まさか、莉依ちゃん、か?

 それとも結城さん?

 だが、二人は逃亡したはずだ。

 すぐに捕縛されたとしても、俺よりは遅れるはず。

 伝令が来たとしても早すぎるのではないか?

 と、なると、先に出発した連中の中の誰かか?


「こんな場所だ。恐らく、貴様はこう考えている。

 これからどんなことをされるのか。もしかして拷問されるのではないか、と」


 皇女は自嘲気味に笑った。

 あまりに儚く、完璧な所作に、俺は思わず心を奪われる。

 魅了される寸前で我に返った。

 まさか、俺の勘違いだったのか?

 そして、皇女サラは柔和な笑みを浮かべた。



「その通りだ。今から、貴様を拷問する」



 表情と言動が合っていない。

 俺は期待してしまっていた。

 その反動で、一気に絶望へと真っ逆さまに落ちる。


「な、なんで」

「趣味だからだ。おおっぴらには出来ないがな。

 死なない能力を持っている異世界人がいるという話を聞いた時、心が躍った。

 争奪戦よりも、国家間戦争よりも、妾にとっては重要なことよ」

「ど、どういうことだ? 争奪戦?」


 皇女は手入れのされたナイフを手にとりながら、妖艶な瞳を俺に向ける。


「元より『この時期に異世界人が転移することは知っていた』のだ。

 聖神達の神託は各国が受けていたからな。

 貴様ら異世界人はこの世界、グリュシュナにおける戦の種火なのだ。

 愚かな狂信者や老骨、平民共は神の意思、天啓などと囃し立てておる。

 貴様が得た能力も聖神によるものだろう。

 ゆえに各国は、貴様ら異世界人を手に入れるために奔走しておるのよ。

 五国は国力が拮抗しておるのでな、楔を欲しておった。

 つまりは、それほど貴様らは期待されておるということ。

 父上も愚かにも異世界人の争奪戦に参加している。

 だからこそ貴様の同胞も捕まったのだ」

「つ、つまり俺達は聖神って奴らのせいで世界に連れて来られた。

 その上で能力を与えられた。

 そしてこの世界の人間は、能力目当てに俺達を捕まえようとしている、と」

「端的に言えば、そうなるな」


 馬鹿な、馬鹿な!

 そんな勝手で、俺達はこんな目に合っているのか?

 ふざけるな!

 邪神も聖神も同じだ。

 俺達を弄んでいる。

 目の前のこいつも同じだ。

 人の命をなんだと思ってやがる!


「中々いい目をしている。しかし、よく見る目だ。

 誰しも同じ。こんな華奢で何も知らぬ小娘に弄ばれるのを良しとしない。

 皇女という地位など、所詮は肩書。妾自身を形容する際には用いぬ。

 誇りが傷つくのも当然。だが、同じなのだ。最終的には皆同じ。

 廃人と化す。狂ってしまうのだ。あるいは死んでしまう。それがつまらん。

 妾は貴様のような壊れない相手が欲しくてしょうがなかった。

 叶わぬ願いだと知っておった。しかし、貴様は現れたのだ。

 これには神を信じぬ妾も、運命を感じたぞ」


 愉悦に浸るサラを前に、怖気が走る。

 異常だ。こいつはまともじゃない。

 高貴な人間は特に性格が破綻していることが多いと聞く。

 偏見だと思っていたが、その考えこそが間違いだと思い始めていた。


「貴様も、もう一人の異世界人も大した能力はなかったようだ。

 十数名の兵士にも抗えない程度の力では、国力を増強できぬであろう。

 しかし、そんなことはどうでもよい。

 妾はそなたに恋い焦がれ、そしてようやく出会えたのだ。

 離さぬ、逃さぬぞ。妾の理想の人。愛しき人。

 世界が妾達を結びつけた。一生愛してやろう。これは運命なのだ」


 サラは狂気を孕んだ表情のままに、俺に熱のこもった視線を向ける。

 口腔は不気味に広がり、頬まで裂けているように見えた。

 それが錯覚だと気づいた時には、恐怖に心を侵されていた。

 指先まで震え、感覚が麻痺する。

 肉体が不調を訴えた。

 嘔吐感が込み上がる。いっそ吐いてしまえば、気持ち悪がるんじゃないだろうか。

 そう思ったが、その考えはすぐに払拭される。


「泣こうが、喚こうが、鼻水を垂らそうが、吐こうが、漏らそうが、何をしようが、ここからは逃れられぬよ。絶対に、絶対に、絶対に、絶対になぁ」


 絶望的な言葉に、俺の意識は薄れる。

 現実感さえも薄まっていく。

 まるで女の子が店で品定めするように、サラは楽しげに拷問器具を選んでいる。


 その姿を見た瞬間、俺は心の中ですべてを諦めた。

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