第15話 旅立ちの時、それは
それから一ヶ月が経過した。
何とか復興作業を終えた。
短期間では半壊した二十棟程度を立て直すのは不可能だ。
ただし、生き残った村人の数を考えると、新たに建築する必要はあまりなかった。
作業は廃墟を撤去することが主だったわけだ。
だったら、余計に手伝えよ、と思ったが最終的に一人ですべて終えた。
内心、負い目があったからだ。
理不尽だし不条理だとも思う。
けど、もし原因の一端が俺達の誰かになるのなら。
数十の殺された人達のことを考えると、何も言えなかった。
むしろまだマシな対応だったように思える。
証拠はなくとも、俺達のせいだと決めつけて、追いやっても不思議はなかったのだ。
それでも村長の計らいで俺達は二ヶ月村に住むことが出来た。
明日、エインツェル村を発つ。
俺達三人は、村長の家で世話になったままだった。
居間の暖炉前で、村長に礼を言う。
「二ヶ月ありがとうございました」
三人それぞれ思い思いに感謝を言葉にした。
村長は柔和な表情のまま、首を横に振る。
「いえいえ、大したことはできませんでしたが、助かりました。
私はもっと滞在して欲しいと思っているのですが」
「お気持ちは嬉しいですが、さすがに他の人達のことが気がかりです。
それに色々、目的もあるので」
村長には色々と話をしていた。
すべてを説明するのは抵抗があったが、厄介になる手前、誠意を持つべきだと思ったからだ。
それに、俺が来る前からすでに金山さん達が事情を話してもいたし。
「そうですか、残念です。
そうそう、この二ヶ月間の報酬をお支払いしましょう。
あまり多くはありませんが、出来る限りお出しします」
村長は、用意していた革袋をそれぞれに渡してくれた。
持ってみるとずっしりと重みがある。
中には白金貨が一枚、白銀貨が数枚、銅貨が数枚入っていた。
貨幣価値は、半銅、銅、半銀、銀、白銀、金、白金の順に価値がある。
白銀は本来は銀と同様の意味なんだが、この世界では本当にその鉱石があるらしい。
まあ、それはそれとして。
「それと旅の道具をご用意しております。
リーンガムまでならば十分事足りるでしょう。
それと生き残った馬もお貸ししましょう」
居間の端には三つの鞄があった。
「何から何までありがとうございます」
俺達三人が、お辞儀し、感謝を表す。
「いいのです。これは正当な報酬ですよ」
村長はニコッと笑い、皺の多い顔をくしゃっとした。
俺は胸中に広がる暖かい思いをかみしめる。
ありがたい。
本当に、助かった。
村長には世話になってばかりだ。
感謝しないといけないな。
「では、今日はお休みください。
明日の朝、出発でしたね?」
「ええ、そのつもりです」
「では、十分に休息をとることをお勧めします」
俺達は村長の言う通り、すでに見慣れた部屋に戻り、就寝した。
明日から始まる、旅を思い浮かべ。
期待と不安を抱きながら、眠りについた。
●□●□
「――っ!」
どこかから声が聞こえた。
声音は切迫している。
誰の声だ。
聞いたことがある。
これは。
次の瞬間、夢の沼地から這い出た俺は、意識を覚醒させた。
「日下部さんっ!」
莉依ちゃんの声だ。
俺は即座に眼を開いた。
聞こえたのは複数の足音。
それが部屋の前で止まった。
俺が寝ているのは客間。
残り二つの部屋には村長、そして結城さんと莉依ちゃんが寝ている。
声が聞こえたはず。
彼女達に何かあったのか?
俺は跳ね起きると、すぐに部屋を出ようと扉を開こうと近づく。
だが、俺が開ける前に、戸が手前に開いた。
同時に複数の影が飛び込んできた。
金属の擦過音が響く。
けたたましく床が踏みしめられていた。
それは間違いなく兵士だった。
銀甲冑を身に着けている。
手狭な一室には四人の兵士が、剣片手に立っていた。
俺を凝視し、余計な真似をすれば殺すと無言で警告している。
俺は後ずさりし、ベッドの上で立ち尽くす。
なんだ?
何が起こっている?
こいつらは誰だ?
寝こみを襲われるなんて考えもしなかった。
まずい。
セーブしているのは、このベッドだ。
つまり死を覚悟して特攻をしても意味がない。
この場で生き返るからだ。
それとも猪突猛進し、この場から脱するまで生き死にを繰り返すか?
だが、ベッドを破壊でもされたら俺はどうなるんだ?
リスポーンポイントになっている家具が亡くなった場合……俺は本当に死ぬのか?
逡巡していた。
そんな胸中を見透かしたかのように、居間から部屋に入って来た人物がいた。
「娘達を殺されたくなければ、大人しくするんだな」
男は口髭を指先で弄りながら居丈高な態度を保った。
奴がこの隊の長らしい。
他の兵とは違い、小奇麗な軍服を着ている。
腰にはレイピアと軽装だ。
名ばかり隊長なのではないか。
となると、穴はこいつだ。
そう思い、俺は奴をアナライズした。
・名前:メイガス・ランス・ルーゼンブル
・LV:1,301
・HP:88,325/88,325
・MP:10,111/10,111
・ST:91,558/91,558
・STR:6,168
・VIT:2,333
・DEX:7,014
・AGI:8,254
・MND:3,998
・INT:3,777
・LUC:5,001
●特性
急所を的確に攻撃できる程の腕前を持つ。
刺突は一撃必殺。その上、目に見えない速さを誇る。
やばい。
侮っていた。
人間の中ならかなり強い部類なんじゃないか?
他の連中は800程度のレベルだった。
見た目は貴族っぽかったから弱いのかと思っていた。
だが、実際かなりの手練れらしい。
今の俺達では勝てる要素がない。
そもそもこっちは素手だ。
ちらっと居間を見ると、二人が捕まっている。
すでに縄で拘束されていた。
抵抗しないように首に剣を押し付けられている。
村長はいない。
逃げたのか?
今は考えるべきはそこじゃない。
とりあえず、どうしてこうなったかは忘れよう。
問題は、どうすればこの事態から脱出できるかだ。
結城さんは怯えた様子でスキルを使う考えもないようだ。
莉依ちゃんも同じだが、多少状況を飲み込めているように思えた。
その証拠に、俺を一瞥し、目でどうすればいいか聞いている。
「無駄な抵抗はやめろ。おかしな真似をすれば片方の娘を殺す」
有無を言わさぬ口調だ。
俺は両手を挙げて無抵抗を主張する。
二人の首元に剣を突きつけられている。
あの状態をどうにかしなければ。
「俺達は何も悪事を働いてないぞ」
「ほう? そうか」
くく、と侮蔑を含んだ笑みを浮かべた。
どうやら官憲のような立場ではないらしい。
となると、違う目的?
俺達を捕縛する理由は何だ?
強盗にしては装備が万全だ。
どうみても軍のようだが。
考えれば考えるほど、思い浮かばない。
「何が目的だ? 俺達を捕らえてどうするつもりだ」
「肝が座っている。中々の胆力だ、と言いたいところだが。
貴様、死んでも生き返るらしいな?
なあ、おい?」
その言葉を聞き、俺は確信してしまう。
そして、メイガスが誰かを呼んだ。
居間から現れたのは村長であるゴルム、そしてその息子のカルムだった。
村長は見たことがないような下卑た顔をしている。
にやにやとイヤらしく笑い、俺を見下した。
カルムは気まずそうに目を伏せていた。
「あんた達の、仕業か」
「ほほほ、まあ、そういうことですな」
悪びれた様子もなく、村長は俺を嘲笑した。
今までは善人を振りをしていただけか。
くそ、なぜ気づかなかった!
なぜ、事情を話してしまった!
俺は怒りを抱きつつも、思考を強引に走らせた。
奴らの目的は少しずつわかってきた。
詳細は判然としないが、恐らくは俺達の存在そのものが目的だ。
能力か、異世界の存在か、それらに価値があるのか。
わからない。
しかし、現状は最悪だということはわかる。
とにかく時間を稼がないといけない。
「あんた、カルムとか言ったな。
偉そうにご高説した割には、こんなことを目論んでいたなんてな。
大した性格しているじゃねえか。あ?」
俺はできるだけ相手を挑発するような言葉を選んだ。
普段使いなれていないので、やや不慣れな感じが出てしまう。
しかし、カルムは気付かなかったようで、主張を始める。
「ぼ、僕は知らなかったんだ!
父さんが勝手に……そ、それにおまえ達は指名手配されているんだ!
捕まって当然だろ!」
指名手配?
どういうことだ?
だが、メイガスは俺達が悪事を働いているとは考えていなさそうだ。
それは、さっきの会話である程度の確信を抱いている。
他の転移した連中が俺達のことを話したとか?
それとも俺達が転移したことを知っていたのか?
村長が連絡したのは間違いない。
ということは『俺達の存在を知っていたが、場所まではわからなかった』ということか。
もしくは『俺達のような能力を持つ人間がいるとわかり捕まえようと思った』のか?
対応の早さを見るに、事前に知っていたのではないかと思われた。
軍や官憲が動くには理由が必要だ。
田舎の村人の通報で、動くにしては兵士達は練達している。
それはそれなりの地位にある兵団であると示唆している。
つまり前者の可能性が高い。
能力の存在を受け入れている時点で、まず間違いないだろう。
ただ、村長やカルムは俺達を犯罪者のように思っているようだ。
事情を詳しくは話していない、のか?
「ほほ、いやいやありがたい。あなた方のおかげで、たんまり報酬がいただけます。
村人達が死んだ時は搾取する相手がいなくなりどうしようかと思いました。
ですが神は私達を見離さなかった!
そうそう、あなた方に渡した報酬はすでに回収済みですよ」
高らかに笑う村長。
俺は憤怒のままに、睥睨した。
カルムは父を見て、呆気にとられていた。
息子にも見せていなかった顔らしい。
本性を現したということは、もう隠す必要がなくなったということだ。
「と、父さん、一体どういう」
「馬鹿な息子だ。儂は金を持って村を出る。おまえは無能な村人達と暮らすがいい。
前から、いい加減に、この最低な場所の最低な生活に飽き飽きしていたのだ」
鼻を鳴らすと村長は、手を擦りながらメイガスに近寄った。
「特地衛兵団長(とくちえいへいだんちょう)様。それで、報酬の方は」
「おお、そうであったな。すぐにやろう」
そこには腐敗しきった感情が交錯していた。
俺は両手を挙げたまま動向を見守ることしかできない。
「ん?」
風音が響く。
「んん?」
素っ頓狂な声を上げたのは村長だった。
キンと金属音が聞こえた。
それはメイガスが剣を納めた時に発した音だと気づいた。
そう、すでに一度剣を抜いていたのだ。
「んんんんんんぅぅぅぅ?」
村長が呻いた。
胸には小さな穴がぽっかり開いている。
じわっと赤く滲む。
と、次の瞬間、村長はその場に倒れた。
断末魔の叫びもなく、即座に絶命した。
一瞬の技巧。
呆気にとられた俺と、カルムは絶句していた。
「あ、あああ、あ、と、とうさ」
状況を把握したカルムは命を落とした肉親よりも、命を奪った者を見ていた。
凛々しくも冷淡なメイガスは、髭をつまんでいる。
そして違和感に気づいた。
外で悲鳴が響いている。
村長の死。
そして村人達の叫び声。
これが意味していることに、簡単に行きつく。
「口封じ、かよ」
「ふふ、そういうことだ。
考えてもみたまえ、こんな田舎の平民共を生かす理由があるか?
なぜ、上流階級であり聖事(せいじ)を担う我ら特地衛兵団がこんな僻地にいるのか。
その理由は明々白々だ」
聖事の意味合いはわからないが、どうやら政(まつりごと)に関わる任務らしい。
重要な役割を持っている、と暗に言っているのではないだろうか。
俺達にそれだけの価値がある、ということか?
そしてこんなことを話すということは。
「がっ……!」
カルムの口腔からどろっと濁った血が溢れた。
腹には剣がそびえ立っている。
背後から刺されたらしい。
その兵士は居間にいた一人だ。
「お、おまえたちが、来た、せいで」
カルムが遺言のように恨み言を連ねた。
光のない瞳が俺に向けられる。
俺は動揺を強引に抑えつつ跳躍した。
今しかない。
扉前にいたカルムが地面に倒れ込むと同時に、背中を飛び越える。
居間にいた兵士が俺に視線を移した。
突然の行動だったのだろう。
想像もしていなかったらしい。
だから、兵達は二人を抑える前に、俺に向けて構えた。
地面に着地した瞬間、俺は叫んだ。
「アクセル!」
はっとした結城さんも叫ぶ。
「ワン!」
瞬間的に、結城さんが赤色に光る。
思っていた通り、スキル名を正確に言わなくても発動するらしい。
ただこんな土壇場でやらないで欲しかった。
考えていなかったんだろうが。
心臓に悪い。
縄を力任せに引きちぎった結城さんは莉依ちゃんを抱えた。
俺と結城さんの間には兵士達がいる。
「逃げろ!」
「でも!」
「日下部さん!」
問答している暇はない。
俺は近場の兵士に掴みかかる。
「行け!」
狭い屋内では隙は一瞬しかなかった。
結城さんは迷っていたが、俺が必死に見つめると、瞬時に外に飛び出た。
「日下部さんが、まだ!」
「行くんだ!」
莉依ちゃんの能力では複数人に対抗できない。
莉依ちゃんが俺に手を伸ばす。
しかし、俺は拒絶するように頭を振った。
「逃がすな! 追え!」
「く、こいつ、速い!」
「女子供に何をしている! さっさと捕まえろ!」
メイガスが怒声を発していた。
兵士達は翻弄され、捕まえられないらしい。
俺は二人が逃げる姿を視界に入れて、小さく笑う。
ガンと後頭部に衝撃が走った。
鈍痛と共に、俺の意識は薄れた。
そして、そのまま暗闇に吸い込まれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます