第11話 少年は強さに憧れた

「――それで二手に分かれた後、しばらくしてトロールが現れた、と?」


 俺は一連の流れを聞いて、一つ一つ整理していった。

 村長さんの家で莉依ちゃん達から、今までの経緯を聞いていた。


「はい。突然だったのでよくわからないんですが」

「一部ではあたし達のせいだって声もあるけど、本当に何もしてないよ」


 結城さんは遺憾だとばかりに唇を尖らせていた。

 出立した金山さん達の行動は正しい。

 俺を待つ必要はないんだから。

 けれど、二人は俺を心配してくれた。


「ありがとう、二人とも。俺を待っていてくれたんだな」

「い、いえ、いいんです。結局、何もできなかったし……」

「そんなことないよ」


 本当にそう思う。

 俺は真っ直ぐ莉依ちゃんを見つめ、感謝を口にした。

 視線が絡むと、莉依ちゃんはぼっと顔を朱色に染めた。

 そして慌てて、視線を逸らした。


「そ、そういえば、さ、さっきの能力、ですか。日下部さんは見えるんですか」

「ああ、さっき伝えた通りだ。二人にもあるみたいだな」

「……ってことは、その能力であたし達は生き残ったのかな?」

「恐らくは。もしかしたらレベルのおかげかもしれないけど。

 二人とも普通の人よりもステータスは高いし」


 結城さんは納得いっていない様子だった。


「でもさ、さすがにあの高さから無傷ってのはないと思う。

 それにあたしそんな能力使ってないよ? 身体能力が上がった感じもないし」

「そっちはアクティブ、つまり使用してから発動するタイプだから。

 多分結城さんはパッシブ、つまり常時使用スキルの方が役に立ったんじゃないかな?」


 彼女のパッシブスキルはオートリジェネーション。

 つまり自動回復スキルだ。

 無残な言い方だが、墜落で死ななければ回復するということでもある。

 彼女はそれで目覚めた時に傷が完治していたんじゃないだろうか。

 血の染みがあったことからもその可能性は高い。

 深く追求すると恐ろしい結論が出そうなので、話を進めた。


「私は、オートリフレクション、というスキル? のおかげでしょうか」

「多分ね。それで墜落の衝撃を回避できたんじゃ」

「となると、他の人にもそういう能力があったのかな」

「じゃないかな。どうやらアナライズは俺だけの能力みたいだけど」


 まさかこんな根本的なスキルが俺専用のものだとは。

 嬉しいような微妙なような。

 二人の能力は格好いいし便利そうなのにな……。


「どうやって使うんでしょう?」

「ステータス画面が二人は見えないみたいだから、特殊な操作方法があるのかも」


 突然、結城さんが立ち上がり叫んだ。


「アクセル・ワン!」


 静寂、気まずい空気、そして着座。

 なんと言えばいいかわからず、俺は真顔で言った。


「どうした?」

「普通に聞かないでよ! ほ、ほら、こういう必殺技って名前叫んだりするでしょ!」


 顔が真っ赤だ。

 耳まで真っ赤だ。

 恥ずかしいならしなければいいのに。

 ああ、突発的に考えずに行動してしまうタイプか。

 合点がいった。


「え、えと、とにかく名前を叫ぶと発動する感じじゃないみたいですね!」

「フォローありがと……」


 結城さんは乾いた笑いを浮かべる。

 突然叫んだり、泣いたり、へこんだり忙しい人だ。

 こういう状況では結城さんみたいな人がいると嬉しい。

 暗い気分に浸らなくて済むからな。

 とりあえず、色々と情報が集まり始めていた。

 まずここは異世界で間違いないと思う。

 そして能力があったから生き残ったのも確定だろう。

 転移した理由は判然としない。偶発的なものかもしれない。

 最終目的は日本に帰る手段を見つけること。

 俺には家族がいないし、帰る理由もないんだけどな。

 帰りたいかは微妙なところだ。


 とにかく、何をするにしても肝要なのは力を得ることだ。

 すでに持っている力を活用しない手はない。

 そもそも、魔物が跋扈しているのだ。

 多少、戦う力がなければ旅も困難を極めるだろう。

 俺の、目下の問題はこの脆弱な身体なんだけどね!


「スキルもそうだけど、バッドステータスが気になるよね」

「私の不老って、ずっとこのままなんでしょうか」

「今は気にしなくていいんじゃない? それに本当にそうなるかはまだ半信半疑だし」


 結城さんは軽く言ったが、俺はステータスが事実であることを知っている。

 莉依ちゃんは不安そうにしながらも頷く。


「そうですね……」

「あたしのバッドステータスはよくわかんないんだよね」

「俺の不幸になる系のと同じじゃないか?」

「そっか。なんか、こう不安になるね、こういうの明記されると」


 確かに、本来自分の能力や、能力数値はわからないものだ。

 それが数字として表れ、良い悪いに限らずスキルは文字として羅列されている。


 明瞭な分、気になることもある。


「バッドステータスに至っては、おかげで俺は何回も死んでるしな」

「……あの、大丈夫なんですか? その、あのトロールにも」

「ああ、慣れてるし大丈夫。大概、痛くもないしね」


 たまに死ぬほど痛いけど。

 言うと心配するから黙って置くことにした。

 それでも莉依ちゃんは複雑そうな顔をしている。

 それはそうだろう。

 生き返るから大丈夫、という問題でもない。


「しかし、運が悪いね。そんなスキルなんて」

「まあ、どんな経緯でこうなったかはわからないけど、不幸としか言えないな……」

「あのちょっと気になったんですけど」

「どした?」


 莉依ちゃんは可愛らしく小首をかしげている。


「ステータスの数値って何を表しているんでしょう?」

「ん? そりゃ、そのまま腕力とか耐久力とか」

「いえ、それはわかるんですけど、なんでここまで差があるんでしょう?

 現実なら、ここまで差はないですよね?

 それに日下部さんはマイナスまでステータスが下がっていたのに『動けてはいた』んですよね?」

「……なるほど。例えば筋力がマイナスならそもそも動くはずがないってことか」

「はい。ということは、これは私達が持っている世界の常識は通用しないのでは」


 普通に考えてみればおかしいことだらけだ。

 枝が刺さっただけで死ぬはずはない。

 小石に躓いただけでも死なない。

 蛇に噛まれたショックだけで死ぬはずがない。


 死因がないのだ。

 実際、人が死ぬには原因がある。

 それがただ『HPが0になったから』死ぬという規範に捕らわれている。

 数値は絶対で、物理法則から逸脱している。

 数値が優先されているのだ。

 つまり俺達が考える因果律はここにはないのではないか。


「考えてみれば、スキルとかも特殊能力的な位置だと思っていたけど、実際にはあり得ないわけだしな」

「そうです。多分ですが、この世界では『ステータスが絶対』なんです。

 もしかしたら人間が数十メートル飛べるかもしれません。

 もしかしたら鋼鉄を素手で壊せるかもしれません。

 もしかしたら魔術のようなものがあるかもしれません。

 けれど重力とかの法則はあるし、人間は人間です。

 基本的には地球と変わりません。

 ですが、恐らくファンタジー世界のような規範がまかり通っているのでは。

 すべては、私達が知る物理法則から逸したルールがあるから現実化しているのかもしれません」


 俺は感嘆しながら、率直に感想を述べた。


「莉依ちゃん、頭良いね」

「い、いえ、そんなことはないです」


 莉依ちゃんは慌てて首を振った。

 謙虚な態度は好ましい。

 俺は改めて、先ほどまでの言葉を整理した。

 ここまで感じていた違和感を莉依ちゃんがひも解いてくれたのだ。


 なるほど。

 俺達地球の人間の固定概念とは部分的に齟齬があるわけだ。

 極端な話だが、心臓を貫かれてもHPさえ残っていれば生きているかもしれない。

 恐らくは心臓を破壊された時点でHPは枯渇するだろうが。

 『事象よりも数値が優先される世界』か。

 つまりはそういうことだ。

 だから、俺はちょっとした衝撃で死んでいたのだ。 

 裏を返せば、こうも言える。

 『ステータスが上昇すればするほど強くなる』ということ。

 莉依ちゃんの言葉を借りれば、素手で鉄を握りつぶすような芸当も可能になる。


 そしてそれには『物理法則内の限界はない』ということ。

 もちろんレベルがカンストすればどうしようもないが。

 それは人間の限界を軽く凌駕するということでもある。

 本来、何を経験しても、鍛練しても数値は見えない。

 それが自分に大して影響を及ぼしているかわからない。

 しかし、このステータスがあれば。

 自分の限界を知れる。

 自分の長所がわかる。

 自分の短所もわかる。

 自分の成長も見えるのだ。

 俺の目的が何となく見えてきた。


 俺は空気のような存在だった。

 俺は価値のない人間だった。

 俺は誰でも代わりができるような人間だった


 そんな俺が一週間、レベルという数値に翻弄されながらも、充実感を抱いた。

 何事も向上することは楽しいのだ。


 アナライズ。ステータスを見る能力。

 リスポーン。特定の場所で生き返る能力。

 そして気になっていたバッドステータス。

 因果の解放。あらゆる効果を限界以上に増幅させる。


 このせいでマイナスに振り切り、表示がエラーになっていた。

 実際あり得ない。こんな生物は俺くらいだ。

 だから人間でありながら、人間以下の能力でいたのだ。

 しかしこのバッドステータスは別の効果もあるのではないか。

 マイナスがあればプラスもある。

 因果の解放により史上最大の脆弱性を誇った反動がある。


 つまり、無限に強くなれるのではないか?


 他のスキルを活用し、更に強くなれるのでは?


 そうなった場合は俺はどうなる?


 どうなれる?


 どこまで行けるのか。


 どこまで強くなれるのか。


 俺にどんな素質が眠っているのか。


 俺は思った。

 自分の可能性を確かめたい。

 高みを目指し、己を鍛え上げたい。

 努力をした経験はない。

 何かに没頭したこともない。

 強さを手に入れ、したいことがあるわけではない。

 復讐する相手もいない。

 強さをひけらかしたいわけじゃない。

 今、俺の頭を締めている言葉は、強さとは何か。

 最強とは一体、どういう気持ちになるのか。

 誰よりも強くなった時、どんな光景が待ち受けているのか。


 知りたい。


 強くなりたいと純粋に思った。

 それはあまりにも虚弱な身体になった反動かもしれない。

 しかしそれでもいい。

 初めて、強く何かを欲した。

 誰かのためじゃない。

 自分のために。


 俺はふっと、薄く笑う。

 ある意味、俺に適した能力だったのかもしれない。

 これらは恐らくは『俺が心の中で欲していたもの』だったのだ。

 ふと、顔を上げると、結城さんが目に入った。

 そういえば彼女はずっと無言だった。

 具合でも悪いのかと思い、観察していると、白目をむいた。


「ちょ、ど、どうした!?」


 俺は慌てて近づく。

 こわっ!

 何これ、こわっ!!

 白目のまま、口を大きく開けて動かない。


「き、気絶してます」

「おいおい、冗談だろ」


 思い返すと、難しい話は苦手そうだった。

 つまりあれか。

 何を言ってるかわからないから失神した、と?

 どんだけだよ……。

 俺はのべーんとしている結城さんを見下ろした。

 とりあえず、黙祷した。

 莉依ちゃんに怒られた。

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