第10話 幕間 別行動の理由
「――な、なんやて!?」
村長さんの話を聞いた後、金山さんの第一声がそれだった。
全員が同じ心境だったと思う。
私は信じられないままに、言葉だけを記憶していた。
どういうこと?
本当に、村長さんの言葉が正しいの?
嘘を言っているかどうか判断できない。
「も、もう一度、確認してもいいかしら」
江古田沙理(えこださり)さんがおずおずと手を上げた。
すごくスタイルがいいけれど、どこか頼りない。
彼女はOLをやっていたらしい。今日は、沖縄に旅行に行こうとしていたとか。
一緒に居た友人は……ううん、やめておこう。
「はい、どうぞ」
村長さんは恭しく頷いた。
「つ、つまり、ここは地球じゃないのね?」
「はい、ここはグリュシュナという世界です。
この村、エインツェルはエシュト皇国の南方に位置しています。
ニホンという国も聞いたことはありませんな」
ここは異世界だ、ということだった。
そもそもおかしかった。
東京から沖縄に向かう最中で外国に墜落することは軌道上、あり得ないから。
日本の領土、日本海上でなければおかしいのに、私達は異国らしき場所に落ちた。
これはつまり別の世界に転移したということらしい。
信じられない。
けれど、そうとしか思えなかった。
最初は全員が否定していた。
けれど、流暢な日本語を話す村長さんや森の中の生物、それに私達がいる場所が日本とは思えなかったことで、納得するしかなかった。
「何があったかはよくわかりませんが、もしお困りならば村でゆっくりしても構いません。
ですが、見ての通り裕福ではございませんので、働いていただくことになりますが」
色んなことが現実味を帯びてきた。
状況をどうしても飲み込めない。
けれど、やらなければならないことは待ってはくれない。
とにかく、村においてくれるのならば、と全員が村長さんの言葉に頷いた。
決して広くはないが、今日は村長さんの家に泊めてくれるらしい。
明日からは人手不足の仕事を手伝って貰うと言われた。
村長さんの家には、部屋が三つほどあった。二つは客室だった。
居間は村長さん含めて、十人いる。それだけでかなり手狭だった。
「食事の準備をしますので、少々お待ちくだされ」
ぺこりと頭を下げる村長さんを見て、二人が立ち上がった。
「俺も手伝います」
沼田力(ぬまたりき)さん。目が細くて、身体もひょろっとしている。
手足がとても長い。失礼だけど爬虫類のような印象を抱いてしまった。
「わたしも、手伝いますぅ、多少ならできますよぉ」
小倉凛奈(こくらりんな)さんが軽い調子で手を上げた。
おっとりした口調の人だ。
日下部さんと同じ学校らしく、制服を着ている。
特徴的だったのは胸だった。
あんなに大きくなるんだ……と、なんだか圧倒されてしまった。
「ありがとうございます。ではお願いします」
村長さんと共に、二人が台所に入って行った。
「あ、あの、気になっていたんですが」
恐る恐るといった感じで挙手したのは辺見朱夏(へんみしゅか)さん。
見た目は女性みたいに綺麗な顔立ちをして、すごく華奢。
けれど男性、と聞いてる。
改めて見ても、女性にしか見えない。
コンプレックスになっているかもしれないので口には出さないけれど。
彼も同じ学校の人みたい。
なんだか、高校生の人が多いように感じる。
理由があるのかな?
「なんや? 儂らがなんでこんなところにいるんか、いうんはわからんで」
「そ、それも気になりますけど……その、なんで僕達だけ生きてるんでしょう?
他の人達は、そのあんな感じになってたのに」
「そんなん知らんがな。
それよりも、いつの間にか財布から金盗まれてたんが腹立ってしょうがないわ。
こん中に犯人おるんとちゃうやろな!?」
「いるわけねぇだろ。
村長さんの話じゃ、通貨制度も違うみたいだしよぉ、紙幣なんて紙切れだろ」
金山さんに対して、長府さんが呆れたように言った。
「なんやと、小僧。いや、おまえ、まさか盗ったん、おまえちゃうやろな?」
「あんな状態で窃盗する人間がいたとしたら、おっさんみたいにがめつい連中だけだろ。
俺は家が裕福なんで金はいらねぇっつの」
「ふん、なんやボンボンかいな」
「あ、あの! す、すみません話の途中なんですけど」
「おお、悪いな綺麗な兄ちゃん」
「……と、とにかく!
その、僕達の状況って、ネット小説とかラノベとかである、異世界転移じゃないかって思うんですけど……」
「それって、俺Tueeeとか、チートとかの? ファンタジー世界ってことかしら?」
意外にも江古田さんが補足してくれた。
もしかしたら彼女も多少嗜むのかも。
私はよく知らないけど、ファンタジーって言葉は知ってる。
「そうです。それで能力的なものを与えられて、助かったんじゃ」
「はっ、なんや兄ちゃんら、オタクかいな。
考えてみぃ、そんなんが現実に起こる思うんが間違いや。
これやからアニメやらゲームやらやる連中はおかしい言われるんやで」
「へ、偏見です。僕はあくまでそういう可能性があるのでは、と」
「ない、ないな!」
「けど、実際に転移のような現象が起きてます!」
「それはそれこれはこれ。
能力の部分はあんさんの妄想やろ。助かったんは、偶然ちゃうか?」
私は偶然とは思えない。
多分、ほとんどの人はそう思ってたんじゃないかな。
金山さんさえもおかしいとは心の底で思っていたはず。
けれど否定する材料がなかった。
だから、辺見さんは口を閉ざすしかなかった。
そこでずっと沈黙を守っていた人が手を上げた。
「……それは、ないよ」
剣崎円花(けんざきまどか)さんだった。
髪を伸ばしっぱなしにしているため、顔のほとんどが見えない。
長い黒髪が床に垂れている。
小柄で膝を抱えている姿は中学生くらいに見えるけれど、制服は他の人達と同じ。
陰鬱とした空気が漂っている気がした。
「どういうこっちゃ?」
「機体が半分になった状態での墜落で、これだけの人数が無傷でいられるはずがないから」
「あり得るんちゃうか?」
「あり得ない。
墜落した時の衝撃じゃなく、墜落する途中の風圧で機体は半壊したんだ。
着地時の衝撃は計り知れないよ。生きていることの方がおかしい。
昔、事故で傷一つ負わずに生き残った人間が主人公の映画があった。
その主人公は特別な存在だったから助かった、という経緯だったよ。
それは列車事故だったけどね。
あれだけの高度からの墜落事故というのはそれ以上に生存率は低いし、無傷なんて奇跡なんだ。
しかも九人もいるなんて、絶対にあり得ない。絶対にね」
断定的な口調に、金山さんは呻き声を上げて、黙ってしまう。
それくらいの説得力があった。
「じゃ、じゃあなんや、そこのあんちゃんの言う通り、言うんか?」
「それも荒唐無稽だね。ただ、否定も難しい。
この場所は地球じゃないのは間違いない。
植物や動物を見ても明らかだからね。
落下時の衝撃を考えても、地面や周囲の状況は異常だったよ。
つまり『落下時に別の世界に転移した』という可能性もあるということ。
もしかしたらその墜落時のエネルギーで転移したのかも。
まあ、さすがにエネルギーがまったく足りないと思うけど。
ワームホール的な何かかもしれないね」
全員が口をつぐむ。
剣崎さんの言葉は重く、背中にのしかかってきた。
だとしたら、私達はどうやって帰ればいいんだろう。
結局、私達は床に視線を落として、考えを巡らせることしかできなかった。
●□●□
翌日から、私達は村で働くことになった。
状況はわからない。
けれど働かなければ食事にも宿にも困る。
やるしかない。
私は子供なので出来ることは限られている。
力のいらない仕事ばかりだ。
それでも必死に働いた。
けれど、なんだろう。
日本にいた時より、身体が軽いような気がする。
……気のせいかな?
とにかく仕事をするだけの日々が続いた。
そして五日後、
「儂らは出て行くで」
そう言い放ったのは金山さんだった。
おじさんの隣には、長府さん、沼田さんが立っていた。
「出て行く、というのは?」
「ここにいても埒があかん。ここが異世界いうんは、なるほどわかった。
せやけど、ずっとここにいるわけにもいかんやろ」
「それは、そうですけど」
辺見さんが困惑気味に首肯した。
「やったら、もっと人が多い街に行った方がええ。
世話になっといてあれやけどな、さすがにここの連中の話だけを鵜呑みにするんは危険や」
正論だ。
けれど、大丈夫なのかな?
エインツェルから北東に向かうと、リーンガムという商業が盛んな港街があるらしい。
徒歩で一ヶ月以上かかるとか。馬を借りても一週間近くかかる。
私達はまだこの世界のことを知らない。
移動は危険なんじゃないのかな。
「……僕も行きます」
「わたしも行くわぁ。ここに居続けるのは難しいものねぇ」
「ボクも行くよ。この世界は興味深いし、外を見たい」
「わ、わたしも行くわ」
私と結城さん以外は賛同した。
私は……どうするべきなんだろう。
「あんたらはどうするんや?」
「あたしは……」
結城さんがちらっと私を見た。
私は悩んでいた。
一人なら迷わず残っていたと思う。
日下部さんのことが心配だったし、けれど数日経過しているということも心に引っかかっている。
もしかしたら、もう……。
一人で行こうとしたけど、無謀すぎると結城さんに止められた。
村の人達や生存者の人達に助けを求めたけど、断られた。
なぜなら、森にはどんな生物……魔物が潜んでいるかわからないから。
村長さんから、森の危険性を説かれた。
遭遇しなかった私達は運が良かったらしい。
でも、それでも。
「私は一人でも残ります」
決意した。
丁度いい機会だ。
全員と別れたら、一人で飛行機のところに戻ろう。
最初からそうすべきだった。
力がなくて、日下部さんを背負えないと思う。
むしろ邪魔になるかもしれない。
けれど、そうするべきだったんだ。
「じゃあ、あたしも残るよ」
「ゆ、結城さん?」
「いいんだ。莉依ちゃんの案に乗るって決めてたし」
にっこりと笑う結城さん。
「ありがとうございます……」
そして私は精一杯の感謝を言葉にした。
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