第9話 幕間 九人の生き残り

 ――一人で遠距離を移動するのは初めてじゃなかった。

 習慣化しているといってもいいかもしれない。


 私、遠枝莉依の両親は仕事が忙しく、ほとんど家にいない。

 夜遅く帰るならまだしも、当日どころか数日帰らないことも頻繁にある。

 そのため、長期の休みの時には、よく祖父母の家に行くことになっていた。

 あまり歓迎されていないのはわかってる。

 だから自分一人で飛行機に乗って移動しているのだから。


 隣の男性がちらちらとこちらを見てる。

 そういうのには慣れてる。

 特に気にもならない。

 だって、私くらいの年齢の子供が、一人で飛行機に乗るのはそう多くはないから。

 たまに話しかけてくる人もいる。

 なんだか怖い人もいる。変態さんという人なのかもしれない。

 話すだけならいいけど、家庭の事情に踏み込んでくる人もいる。

 心配してくれているんだろうけど、ちょっと困る。

 だからか、あんまり気が進まない。

 けれど、隣の人はお手洗いに行くために話しかけたら、優しく答えてくれた。

 いい人かもしれない。


「一人旅、じゃないよね?」


 戻って来たら声をかけられた。

 そんな雰囲気がなかったから驚いた。

 けど、返事をしないと失礼だと思ったのでなんとか答えた。


「い、いえ、一人です。祖父母の家に行く途中で」

「へぇ、大変だね。飛行機に乗るなんて」

「慣れてますから、大丈夫です」


 どうして、って言われるかと思ったけど、お兄さんは何も言わなかった。

 だけれど、言葉を選んでいるみたいで、話すのに困っているみたいだった。

 あんまり話すのが得意じゃないのかも。

 ううん、相手のことを考えすぎて話せない人なのかな。

 いつもなら無難に答えるんだけど、今日は不思議と相手に興味が出た。


「あの、お兄さんは修学旅行ですか?」

「ああ、うん、そうだよ。なぜか席が離れちゃってるけどね」


 お兄さんは苦笑していた。

 もしかして学校の人間関係が上手くいってないのかな。

 私と一緒だ。

 自然に私はお兄さんに提案していた。


「そうですか……もしよかったらですけど、お話しませんか?」

「え? ああ、そりゃ、もちろん。俺も暇だったし助かるよ」


 お兄さんは嬉しそうな困ったような顔をしてる。

 イヤじゃないみたい、かな?


「ありがとうございます。私、遠枝莉依っていいます」

「俺は日下部虎次。よろしくね」


 それから一時間近く話した。

 こんなに楽しいと思ったのは本当に久しぶりだった。

 学校も家も、おじいちゃん達の家でも私はいつも一人だったから。

 沖縄に着いたらもう会えなくなっちゃうのかな、と思って寂しかった。

 そう思ったら、飛行機が大きく揺れた。


   ●□●□


「んんっ……」


 目を覚ますと、物が散乱していた。

 全身が痛い。

 けど、どこか怪我している感じじゃない。

 隣に座っていた、日下部さんを見ると、苦しそうに呻いていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 声をかけても反応がない。

 見た感じ、外傷はないけど、どこか打ったんだろうか。

 私は周囲に人がいないか見回した。

 奥の席にいた人達の姿がなかった。

 ううん、違う。

 いたのにそれが人だと気づかなかった。

 すごい衝撃だったのか、首が変な方向に曲がっている人がいた。

 色んな所から出血している人もいた。

 私が恐慌状態になりそうになった時、


「ぁ……」


 日下部さんが唸った。

 怖がっている暇はない。

 早くしないと日下部さんが危険かもしれない。


「ご、ごめんなさい」


 日下部さんの前を通って通路に出ると何人か席を立っていた。

 悲鳴を上げたりしている人もいた。

 私はあらん限りの声を振り絞って叫んだ。


「だ、誰かっ! 日下部さんを助けてくださいっ!」


 反応がない。

 そうじゃない。

 周りで呻き声や悲鳴が飛び交って、私の声が聞こえていない。


「だ、誰かっ! お、お願いですっ! 誰かっ、助けてっ!」

「ぁ……ぅぁ……!」

「ど、どうしました?」


 どうしたんだろう、痛むんだろうか。

 医学の知識があればよかったのに。

 困り果てていると、女性が隣に立っていた。

 日下部さんと同じ学校の人みたい。

 私は慌てて、お姉さんに助けを求めようとした。


「ここにいちゃダメ! こっちに!」


 腕を引っ張られた。強い力に私は顔をしかめた。

 お姉さんは焦っているみたいだった。


「で、でも日下部さんが!」

「そ、その人はもうダメだよ。動けない人間を連れて行く余裕はないんだ。

 残念だけど。早く、ここから離れよう! ここは危険だよ!」


 そんなことはない!

 生きてる、助かる!


「い、いやですっ! 私は残りますっ!」

「悪いけど、そうはいかない! 大丈夫、大人もいるし! 早く! 目を瞑って歩いて!」

「離してくださいっ! く、日下部さんっ! いやああっ!」


 私がなにを言ってもお姉さんは聞く耳を持たない。

 強引に手を引かれ、飛行機の外に連れて行かれた。


「ど、どうなってんだ」

「……こんな状態で良く生きてたな」

「し、死体、死体が……う、嘘よ、こんなの、夢なんだわ!」

「こ、ここどこなの……? 僕達、どこにいるの?」

「携帯も繋がらんわ! 今日は大事な会議があるいうんに、どないせっちゅうんや!」

「あらあら、ここは外国かしらー。なんだか凄い場所ねぇ」


 男性四人と、女性が三人いた。

 動ける人はこれだけ?

 じゃあ、他の人は……。

 私が目覚めるまで結構時間が経っていたみたい。

 ふと、熟年の男性が私を見て怒鳴った。


「おい、子供なんて置いとけや! 足手まといやろ!」

「あ、あたしが面倒見るから大丈夫だよ!」


 お姉さんが私をかばってくれた。

 優しい人だ。

 けど、私は日下部さんのことが気になってしょうがなかった。

 振り向くと、お姉さんが私の手を強く握った。

 戻るな、ということらしい。

 確かに子供の私にできることはあまりないかもしれない。

 だけど、一人にしてしまったことが胸を締め付ける。


「ふん、なら、構わんか」


 おじさんは一番年上に見えるのに、一番不遜な態度だった。


「あ、あのどこかに行くんですか?」


 私はお姉さんを見上げて話しかけた。


「ここは危険だし近くに人家がないか探そうってことになったんだ。

 それにその、離れたいって人が多いから……」 


 機内の様子を見れば、長居したくないと思うのもわかった。


「日下部さん……」

「知り合いだったの?」

「い、いいえ。飛行機の中で会って話しただけです」

「……そっか」


 お姉さんは落胆していた。

 理由がわからなかったけど、すぐに思い当たった。

 お姉さんの友達や同じ学校の人は、沢山飛行機に乗っていたんだ。

 私よりも悲しいに決まっている。

 けれど、口に出さない。

 私一人がわがままを言っていい状態じゃないんだ。


「あ、そうだ。あたしは結城八重(ゆうきやえ)っていうんだ。あなたは?」

「と、遠枝莉依です」


 いい名前だね、と言ってくれたお姉さんは寂しげに笑った。

 私は閉口した。

 迷惑をかけるようなことは言えない。

 肩口に飛行機に振り返った。

 沢山死んじゃった人がいた。

 八重さんは見ないように配慮をしてくれたけど、見えてしまった。

 私は、状況に身を任せることしかできない。

 そして、先を進む人達の後を追った。


   ●□●□


 数時間で村らしき施設が見えた。

 全員が嬉々として近づいたけど、様子がおかしかった。

 現代建築とは思えないくらいに粗雑な造りだった。


「な、なんだよこれ」


 日下部さんと同じ制服のお兄さんが、震えた声を漏らした。

 彼は長府和也(ちょうふかずや)さんという名前みたい。結城さんから聞いた。

 髪を金色に染めて、耳にピアスをしている。ちょっと怖い。

 他の人達も動揺していた。

 私もそうだ。

 ここは一体どこなんだろう。

 騒然としている中、村の人達の視線が私達に集まった。

 そんな中、結城さんに声をかけようとした時、気づいた。


「あ、あの、お腹のところ」


 白いシャツが赤く染まっている。

 出血しているんじゃないだろうか。


「え? あ、ああ、大丈夫。多分人の血だよ。怪我してないし。それより、離れないで」

「は、はい」


 現地の人達は明らかに日本人じゃない。

 外国に墜落してしまったらしい。

 大人の人達が話しかけていた。

 言語は外国じゃない。

 日本語?

 どうして?


「こ、ここはどこなんやろか?」

「……エインツェル村だよ」


 村人の中の一人が金山金太(かねやまきんた)さんと話していた。

 私を邪魔臭そうに話していた人だ。恰幅がよく、大阪弁を話している。

 それとも関西弁、なのかな。私にはよくわからない。

 私は村内を見回した。

 どうも様子がおかしい。

 怪訝そうにしている。

 警戒しているのかな?

 排他的な空気があった。

 田舎にはそういう風潮がある場所もあると聞くし、珍しくはないのかも。


「聞いたことあらへんで」

「ってか日本語話してるよな。なんでだ?」

「知らんわ! と、とにかく連絡とれんと話にならん。電話かパソコンかないか?」

「デンワ? パソコン?」


 会話が噛みあってない。

 いくらなんでも電話がわからない人がいるとは思えない。

 国によってはあるかもしれないけど、相手は日本語を話している。


「なんか変ですよね……?」

「そう、だね。なんだろ、色々おかしい」


 村の人達は胡散臭そうに私達を見ていた。

 そうこうしていると、村の奥からご老人が歩いて来た。

 村の人達の反応からして偉い人らしい。


「儂はこの村の長をしております、ゴルムと申します。

 旅のお方、何やら事情がおありな様子、よろしければ儂の家でお話をお伺いしましょう」

「ほ、ほうか。そりゃ助かるで!」


 満足そうに金山さんが頷いた。

 かなり強引ではあるけど、金山さんは行動力がある。

 何となく、流されるままにここまで来たけど、間違ってなかったのかもしれない。

 それでも日下部さんのことが気がかりだった。

 ある程度、状況が飲み込めたら助けに戻れないだろうか。

 そう思いながら、村長さんに続いた。

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