第7話 残機は無限に

 痛みもなく、恐怖を感じる間もなく、俺は死んだ。

 しかし、次の瞬間、景色が変わった。


「はっ!?」


 いつも通りの流れ、感覚、状況。

 違うのは場所だけ。

 俺はベッドに仰向けになっていた。

 盛大に殺されたのは初めてだった。

 死を連想するような出来事はなかったのだ。 

 だが今回は、ステータスが低くなくても確実に死ぬような状態だった。


 自分の身体を見下ろした。

 血の跡は微塵もない。服も元通りだ。

 やはりリスポーン時、傷以外も元の状態に戻るらしい。

 上半身を起こすと、轟音が響いた。


「そうだ、トロールが!」


 俺は寝具から飛び起きると、大通りに出た。

 すぐそばにトロールが立っている。

 思わず建物かと思ってしまうほどの大きさだ。

 俺が死んだ場所を見ると、跡形もない。

 文字通り何も痕跡がないのだ。


 まあ、蛇に殺されまくった時にも気づいたが。

 どうやら俺が死んだあと、血の跡とか、すべて消えてしまうらしい。

 そして生き返った俺も完全に元通りになる。

 ちなみに莉依ちゃん達に向かって叫んだ時に、痛めた喉も完治している。

 やっぱり、死ぬと回復するのだ。


 生き返るんだ!

 いける!

 これならいけるぞ!

 俺はトロールの前に立ち塞がった。


「く、日下部さんっ!? え、い、今、え!?」


 莉依ちゃんが村の入り口、坂道辺りで泣きながら狼狽していた。

 ここまで何とか声が聞こえるということは結構大きな声量で話しているようだ。

 隣に女生徒が佇んで、ぽかんと口を開けている。

 さっさと逃げて欲しい所だが、俺の声量では彼女達の場所まで届かない。

 そう言えば、死ぬ前に彼女の悲痛な叫び声が聞こえた。

 つまり、俺の死に様を見てしまったのだろう。

 それが突然、近くの家屋から出現したとなったら動揺するのは当然だ。

 莉依ちゃんの心境は気がかりだが、優先すべきはトロールの相手だ。


「へーい、おでぶでぶ! こっちだ!」


 俺は両手を大きく振って、トロールの意識を自分に向けた。

 すると、すぐに気づいたトロールが俺を見る。

 一瞬、ん? と怪訝そうな顔をしたが、すぐに気を取り直したのか、俺を踏みつぶした。


「日下部さぁぁん!」


 そして第三の俺がまた現れる。


「日下部さぁぁん!?」


 確実に莉依ちゃんは戸惑っている。


「無駄だ。何度殺そうと、第四、第五の俺が現れ、げぶっ!」


 握り潰された。

 そしてまた俺、出現。

 俺は構わず、何度も何度も殺された。

 正直、最初は怖くて仕方がなかった。

 自分に迫る、自分の身体よりも大きい手や足や棍棒を見て、竦んだ。

 しかしそれも次第に慣れた。

 そう感じ始めたのは通算二十回目を過ぎた辺りからだった。

 周囲に隠れていた村人達が恐る恐る大通りに顔を出し始める。

 俺の様子を見て、叫ぶ。


 再び同一人物が現れるのを見て呆気にとられる。

 そうして生存していた村人、二十人程が物陰から俺とトロールの様子を窺っていた。

 俺は内心苛立っていた。

 俺が死にまくって、時間を稼いでいるのに!

 早く逃げろ!

 そう舌打ちをする。

 逃げろ、ここは危険だ、俺が時間を稼ぐ!

 そう叫んだりもしたが、何を勘違いしたのか、村人達は逃げようとしない。

 莉依ちゃんと女生徒は、いつの間にか回り込み、村の奥、つまり入口の反対側の、トロールの後方へ移動していた。

 そこには村人達が隠れている。


 なぜだ、なぜ逃げない!

 何か、考えがあるのか?

 そう思った時、俺は村人達の手に握られているものに気づいた。

 斧だった。

 それ以外にも気になったのはロープだ。


 ――なるほど、そういうことか。

 だったら狙いは……俺にできるか?

 俺は一心不乱にトロールに立ち向かった。

 殺され、生き返り、また殺される。

 それが百を超え、二百を超え、三百に達した。

 トロールは事の異常さに気づき動揺している様子だった。

 いや、恐怖していた。

 俺が、死なない存在であると認識したらしい。

 決して自分よりは強くない。

 むしろ矮小な存在を相手にしても恐れる要因がある。

 それは未知だ。

 理解できないものは恐ろしい。

 トロールにもそんな根源的な恐怖はあったらしい。


「ウグゥウゥゥゥーーー!!」


 咆哮、渾身の一撃。

 地面が捲れ、衝撃波で周辺の家屋が軋む、

 だが、俺は再び現れる。

 恐らく、知能のある生物であれば、俺がベッドで生き返っていることに気づくはずだ。

 ともすれば、ベッドを破壊しようとするかもしれない。

 しかしトロールはステータス通り、頭が悪いらしい。

 おかげで、同じことをひたすら繰り返しているだけだ。

 そしてついにトロールのスタミナが枯渇した。


「が、はぁ、ぶふ、ぶへっ」


 気色の悪い呼吸をしながら、トロールはふらつく。

 そして、そのままその場に倒れ込んだ。


「お、おぉ……!」

「い、いくぞ!」

「今だっ!」

「ぜ、全員でかかるぞ!」


 一斉に気勢を上げた二十人程度の村人達が、倒れたトロールに迫る。

 彼らは、トロールの五肢をロープでグルグル巻きにした。

 縄の端には五寸釘が巻かれており、それを大槌で地面に埋め込んだ。

 まるでガリバーだ。

 疲労の上、拘束されたトロールは動けない。


「殺せぇっ!」

「切れ切れ!」

「休むな!」


 村人達はトロールの急所を無残にも何度も斧で切った。

 かなり力を込めているのに、皮膚や筋肉が硬いのか中々傷を深く出来ないらしい。

 だが、徐々に傷が広がっていた。


「ぐげげげぇっ!」


 如何に巨大な化け物といえど、急所はある。

 しかも身動きが取れない状態だ。

 形勢は逆転している。

 トロールの命は風前の灯だ。

 しかし窮地の状態だと認識した奴は、抵抗するように暴れた。

 だが、すでに俺を三百以上殺したという出来事が、奴を精神的にも肉体的にも疲弊させている。

 結局、縄の拘束からは逃れられない。

 そして、結末は訪れた。


「ぐ……ぐご、ごぉ……っ」


 村人達の執拗な攻撃に、トロールは次第に活動を停止した。

 暴虐の限りを尽くした巨躯はまったく動かなくなる。

 そして血走った眼にも光はない。

 死んだ。 

 確実に死んだ。

 相手は化け物で、しかも人を殺している。

 だが、喜びよりも、生理的な嫌悪感の方が強かった。

 そして次に訪れたのは、強い安堵感。


「た、助かった……」


 俺はその場に、座り込んだ。

 腰が抜けてしまう。

 必死だった。

 けれど思い返すと、無茶なことをしたものだ。


「日下部さんっ!」


 何度目かわからない呼びかけ。

 俺は声の方に首を傾けた。

 大粒の涙を浮かばせた莉依ちゃんが、俺に向かって走って来ていた。

 そのまま、飛びかかってくる。

 その気持ちは嬉しかった。

 心配してくれていたことがわかった。

 彼女が助かってよかったと心から思った。


 だから。

 死ぬのがわかっていても、莉依ちゃんを受け止めた。

 そして、予想通り死んだ。


   ●□●□


 抱きついたと思ったら、俺が動かなくなり、そして姿を消したことで莉依ちゃんは狼狽えてた。

 しかも、次の瞬間、民家のベッドから出現するのである。

 ちょっとしたホラーだ。


「あ、えと、ど、どういう? え?」


 大通りに戻ると、莉依ちゃんは状況を理解できず、俺の顔を見て疑問符を浮かべていた。


「俺のスキルだよ」

「……スキル?」


 知らない、のか?

 ステータスを見れば一目瞭然なのに。

 いや、ゲームをしない人からしたら意味はわからないかもしれない。

 でも、他にも人がいたのに、ゲームをプレイした人間がいなかったのか?

 疑問が疑問を生む中、ふと村人達の動向を視界に入れた。

 トロールをどうするか話し合っている様子だ。

 中には俺を見て、怪訝そうにしていたり、気味が悪そうにしている。

 別に、感謝して欲しかったわけじゃないけど、あんまり気分のいいものじゃない。

 何となく心境はわかったけど。

 その中、老齢の男性が近づいてきた。

 白い髭と髪を伸ばしている。

 顔のほとんどが体毛で覆われているので双眸が見えない。

 猫背で小柄。

 様相から村長だ、と思った。


「私はこの村、エインツェルの長、ゴルムと申します」

「ど、どうも、日下部虎次です」

「ヤエ殿のお知り合いですかな?」


 ヤエと言われたのは女生徒だった。

 彼女は莉依ちゃんの後方に佇んでいた。

 やや短めの髪型だ。快活そうなイメージとぴったりだった。

 近くで見ると思ったより整った顔をしている。

 態度や体躯からして、スポーツ少女を想起させる。運動神経が良さそうだ。

 スタイルも出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。


「……いいえ、あたしとは面識ないです。莉依ちゃんの知り合いみたいですが」


 彼女は気まずそうに目を伏せた。

 声には聴き覚えがあった。

 確か、俺が目覚めた時、莉依ちゃんに声をかけていた人物だ。

 彼女が、俺を放置した人物であることは推測はできていた。

 同じ立場なら、俺も同じようにしたと思う。

 しかし、割り切れない気持ちもあった。

 仕方なく見捨てたのだからしょうがない、と割り切るのは難しい。

 俺は運が良かっただけなのだから。

 だが、彼女を責めるつもりもない。

 複雑な心境だった。


「く、日下部さん! その方は結城八重(ゆうきやえ)さんです。私を心配してくれて、この村に残ってくれたんです」

「よ、よろしく」

「ど、どうも」


 どちらともなく挨拶したが、ぎこちなかった。


「御三方、積もる話もあるでしょうが、申し訳ない。今は、お手伝いいただけませんか? この村の人間の、多くは死んでしまいましたので」


 悲痛な表情の村長。

 周辺には家族の死を悼む村人が慟哭している。

 やりきれない思いを抱いているのか、歯噛みしている人もいる。

 呆然とし、現実を受け入れられないような人もいた。

 家屋の七割は崩壊している。完全に無事なのは一割もない。

 凄惨な光景だ。災害に見舞われてしまったような。


「わかりました」


 俺は快く頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る