第4話 死に慣れ
生き返ると、また席に座っていた。
「はぁ……ぐっ……」
死体の姿がフラッシュバックする。
ネットで落ちている画像を見たことはあるが、実際に見ると衝撃度が違う。
だめだ、動揺するとまた死んでしまう。
どうやら精神的なダメージでも死んでしまうらしい。
「お、おち……つ、け」
大丈夫。大丈夫。
俺は死なない。
不幸ではあったが、唯一の幸福は死なないというスキルがあったということだ。
ということは、生存した人達は何かしらのスキルを得て、生き延びたんだろうか。
あるいは、レベルが異常に高かったとか?
そもそも、このステータスは誰に与えられたものなんだろうか?
神様的なものと会ったわけではない。
事故が契機だということはわかっているが、力を得たのはなぜだ?
俺だけ、ではないだろう。でなければ、莉依ちゃんやあの女性が、これだけの大事故で生きていられるはずがない。
思考を巡らせると少し落ち着いた。
衝撃映像で死ぬのは勘弁だ。
とにかく、もう一度移動しないと。
いつまでもここにいたくはないという思いは更に強くなった。
死体が一つとは限らない。せめて機外に出たい。
俺は再び通路を這いずった。当然、HPは減った。
先程の死体の前を、息を止め、見ないようにしながら通った。
ちらっと座席を見ると、人影が多数見える。
視力が向上しても、デメリットはあるらしい。
俺は恐怖やら同情やらよくわからない感情を抱きつつも、進んだ。
途中、鞄を幾つか見つけたので中を見てみた。
運よく、ペットボトルの水とお茶、弁当を見つけた。
所持者は機内で食べるつもりだったんだろうか。
しかし、ここで食べるのは気がすすまない。
移動しよう。
俺は機内後方へ向かう。前方は外だ。
こんな場所に長居したくはないが、使えるものがあるのなら持って行きたいし、何より、俺はまだ歩けない。
落ちた鞄からお菓子や食料を集めた。
最後部辺りは損壊が激しく行けない。
結局元の位置に戻る手前で流れるように死んだ。
目覚めると椅子に座っている。
「死に、慣れ、て、きた」
慣れたくはないが、精神的な負荷が減少している証拠でもあった。
近くに鞄が落ちていたので、引っ張り近くに寄せる。
テレテッテー! ファサッ!
はいはい、レベルアップレベルアップ。
ファサッ! が地味にイラつく。
鞄の中から弁当と箸を取り出す。
ものすごく重い。体感的には五キロの鉄アレイくらい。
しかし背に腹は変えられない。
食べねば、生きられない。
俺は何とか、弁当の蓋を開けた。空港に売っていた弁当だ。
冷めているが洋風で美味そうだった。
ハンバーグを箸で切った。かなり時間がかかった。
そろりと口元に運び、食べた。
死んだ。
生き返った。
「なんで、だよっ!」
ハンバーグ食べた途端に死んだ人間なんて俺くらいだろ!
弁当はどうなったのかと思ったが、隣の席に置いてあった。
ご丁寧に箸は箱の上に置かれている。
どうやら、死ぬ前に俺が持っていたものは、リスポーン地点から自動的に移動するらしい。
考えてみれば、俺が死んでリスポーン、つまり突如として出現したら、リスポーン地点にすでに存在していた物にめり込んでしまうからな。
まあ、それはいいとして。
なんで、死んだ?
食べたよな?
今までの出来事を整理してみた。
「そう、言えば……」
目覚めた当初は息苦しかった。呼吸も困難だったが、今ではかなり円滑に息ができている。
つまり、あれか?
胃袋も鍛えないといけないってか?
「徹底、し過ぎ、だろ」
俺は弁当箱を持った。
いきなり肉に行ったのが悪手だった。
最初は胃に優しそうな、野菜から。
白菜の漬物があったので、意を決して食べた。
死んだ。
●□●□
死んで生きてを繰り返して、何とか弁当を完全に食べた。
死に芸人じゃないんだよ!
内心、愚痴っては見たものの、食事を終えたことで少しだけ余裕が生まれた。
そう言えば、数時間ほどステータスを見てなかった。
画面は意識すれば視界に表れるようだ。当然、なくそうと思えばなくせる。
ステータスを開くと変化があった。
・HP:3/3
・経験値:22,540
●アクティブスキル
New・リスポーンセーブ
…リスポーン地点を新たに記憶させる。
おお、HPが増えたのも嬉しいけど、リスポーンの場所を変更できるようになったらしい。
これは助かる。
さすがにこの場から動けないのは不便だ。
いや、まあ死ななければいいんだろうけど。
ほら、俺、死ぬのが基本だし……。
なんだろう、もっと死ぬのって色々失ったり痛かったり怖かったりすると思っていた。
だが、突発的に起きた上に、何度もそれが重なったせいか恐怖心が薄い。
覚悟する前に、何度も経験したからいつの間にか当たり前になったというか。
人間として何か大事なものを失っている気がする。
……深く考えない方がよさそうだ。
とにかく、少し休もう。
徹夜しているからか眠い。
とりあえず、多少の眠気では死なないらしい。
俺は睡魔に身を任せ、死に至るのか、眠りに至るのかという不安定なままに、目を閉じた。
●□●□
二日かけ、ようやく立って移動ができるようになった。
視力も大分戻っている。
変化があった部分はここだ。
・HP:6/6
・ST:2/2
・経験値:82,298
・STR:-999,969,548
・VIT:-999,992,901
・MND:-999,899,355
HPが早くも伸び悩んで来たよ!
STは……多分スタミナかな。それも増えた。
多分、行動し続けたおかげだろう。歩けるようにもなったしな。
STRはストレングス。力のことだろう。身体を動かしたから上がったらしい。
VITはバイタリティ。生命力や耐久度。まあ、何度も死んだから。
MNDはマインド。精神力だな。色々あったし、そりゃ増えるわ。
おい、数値おい!
エラーじゃなくなったけど!
九億ってなんだよッッ!
逆にインフレしすぎだろッッ!
「はぁ……」
溜息を洩らした。
おっと、いかんいかん。
精神的ダメージでも死ぬのだ。
心は平静に!
すぅはぁと呼吸を繰り返すと多少落ち着いた。
とにかく食料はまだ二日分は残っているけど、そろそろここから出ないと厳しい。
生存者は戻って来る気配はないし、どうやらどこか避難場所があったようだ。
正直に言うと、死体と共に過ごす日々は最悪だった。
しかし移動はできなかったのでどうしようもなかった。
幸いにも、俺の席の周辺には亡くなった人はいなかったのでよかった。
まあ、それでも……いや、何でもない。
俺は鞄を背負った。
めっちゃ重い。
肩が外れそう。
中身?
500mlのペットボトルとお菓子が幾つかと、固形栄養食品だけ。
一キロないだろうな。
重みを我慢しながら、俺は椅子を立ち、外へ向かった。
今まで一度も外には出ていない。
準備がまったくできていなかったからだ。
そして俺はここがどこなのか、その一端を垣間見た。
「ジャンゴォゥ!」
もとい、ジャングルだった。
鬱蒼と茂った森林が眼前にあった。
ゆっくりと機体から地面に降りる。僅かな段差なのでダメージはもうない。
野生動物が甲高い声を上げている。
空は見えるが、遠くまでは風景が明瞭ではない。
木々が邪魔だ。
俺は呆然としつつも、とりあえず機体周辺を探った。
特に何も残っていない。それがおかしい。
これだけの大きさのものが落下したのに、樹木を倒壊させたり、地面を抉ったりしていないのだ。
落下の衝撃があれば俺達は生きていなかったのは間違いない。
上空を見上げた。
太陽の光が見えたが、それだけだ。
ここが地球上のどこかなのか、それとも異世界的な場所なのかまだわからない。
ただ、この力や自分の起こっている超虚弱体質的な変化は通常ではありえない。
莉依ちゃん達の姿は当然なかった。
彼女達はどこへ向かったんだろうか。
「ん?」
地面には足跡が残っている。
ここに降りて数日間、雨が降らなかったおかげか。
後を追えば、出会えるかもしれない。
ただ俺は異常な程に体力がないから、頻繁に休憩しながらになるが。
と、足元を見た。
なんかいた。
蛇だ。
「うおっ!?」
俺は驚き、その場から飛び退いた。
・HP:5/6
これくらいで減ってんじゃねぇよ!
距離を取ったが、安心するには早い。
俺は蛇を凝視した。
と、画面端にスキルの一覧が出た。
アナライズの字が白く、リスポーンセーブは灰色だ。使用可能かどうか、色分けしているらしい。
そうか、アナライズでステータスが見えるのか。
俺は蛇を真っ直ぐに見据え、スキルを使うように意識した。
・名前:ガビナヘビ
・LV:5
・HP:1,995/1,995
・MP:30/30
・ST:2,100/2,100
・STR:12
・VIT:10
・DEX:5
・AGI:11
・MND:7
・INT:3
・LUC:6
●特性
牙には毒があるため噛まれると危険。
動きは鋭く、障害物を苦にしない。ただし移動速度は多少遅い。
よし、予想通り発動した。
でも、何かおかしいよね?
何かな、何かな。
数値がおかしいんだよ!
千単位ってなんだよ!
俺のHP一桁!
ステータスに至ってはマイナスなの!
蛇以下かよ……なんだよ、これ。
悲観に暮れていたら、突如として蛇に足を噛まれた。
痛い。
死んだ。
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