第3話 レベルアップ生活の始まり


 生き返り、瞬きをしたり声を出したりしては、次第に死んだ。

 連綿と続く生と死の果て。

 レベルは十回ほど上がった。


 気づいたことは二つ。

 レベルが上がるごとに、少しずつではあるができることが増えているということ。

 当初、首を動かすこともできなかったが、今は少しなら動かせる。

 手足は微動だにしないけど。

 ずっと目を開けているからか、視力も少しだけ向上した。


 そして、レベルが上がるとHPが回復するということ。

 数値的には初期値のままだ。

 なので体感的なものだが、死ぬまでの時間が僅かに伸びている気がするのだ。

 幸い、痛みは死にたくなるほどではない。

 鈍麻しているのか、少しずつ慣れてきていた。

 深く考えると恐怖に竦みそうになる。

 立ち止まらないように、考えないように。


 どれくらい時間が経ったのかわからないが、問題が生じ始めている。

 喉が限界だ。空腹もかなり差し迫っている。

 リスポーンしてHPが回復しても、飲食はしなければならないらしい。

 食事によるエネルギー摂取はリセットされないということか。

 ということは、このまま身動きが取れない状態でいれば、やがて飢餓感に襲われ、肉体的にも栄養が足りずに、本当の意味で死ぬのでは。

 仮に、リスポーンしても、空腹のまま。


 餓死して蘇生して餓死して蘇生してという繰り返しが、合間なく起きたら。

 どうしよう……。

 早い所、少しくらいは動けるようにしないとまずい。


「ぁ、ぁぁっ……!」


 少しずつ声も出るようになっている。

 ってか、なんだよこれ。

 普通、レベル上げって魔物倒したりするもんだろ。

 なんだよ、瞬きと発声でレベル上げって。

 愚痴愚痴言っても始まらない。


 とにかく、俺はゲームで初期村周辺でレベル上げをするタイプだ。

 ちまちまと雑魚敵を倒すのが苦にならない性格なのは幸いだった。

 目立たないが、こつこつと作業をすることに長けている。

 完全に主人公に向いていない性格だ。


 さて、続けるか。

 俺は、手足を動かそうと意識したり、声を出したり、肉体を動かそうとあらゆる方法を模索し、諦めずに試行錯誤を繰り返した。


   ●□●□


 テレテッテー! ファサッ!

 テレテッテー! ファサッ!

 テレテッテー! ファサッ!

 テレテッテーテレテッテ、うっさい!


 毎回、このエフェクトが出るのかと思うと辟易した。

 レベルが五十回上がった。

 ようやく、視界は少しは判別できるくらいには明瞭になった。

 首もゆっくりであれば動く。

 手も肘から先なら動く。

 足はぷるぷる震えるくらいだ。


「だ、れ、か」


 声も出る。

 か細くて誰にも届かないと思うけど。

 腕時計を見ると、どうやら五時間経過しているらしい。

 このままだと夜になる。

 外は夕暮れ時らしく、機内を赤く彩っている。


 ここがどこだかわからないが、このままの状態は厳しい。

 食事を探せるくらいには、身体を慣れさせないと。

 幸い、レベルが上がれば、肉体も鍛えられることはわかった。

 最底辺から始まったが、プラスにはなっていくのだ。

 このまま続けるしかない。


   ●□●□

 

 夜。

 周囲は夜の帳が降り、真っ暗だ。

 飛行機の非常電源が生きていたりもしない。

 俺は焦れながらも、ひたすらに身体を動かし、経験値を得た。

 レベルは最初から七十回は上がっている。

 まあ、相変わらず数値にもスキルにも変化はないけど。


・経験値:8,034


 我ながら頑張った。かなり経験値は増えている

 ゆっくりであれば腕も動く。首は腕よりはスムーズだ。

 問題は足だ。まだ立ち上がれそうにない。

 どうやら腕や首に比べて、脚部にかかる負担は大きいらしい。

 ちなみに、死ぬまでの時間は大体五分だ。


 今も身体中が痛い。

 気を抜くと、痛みのあまり蹲りそうになる。

 しかし、このままでいたくないという思いの強さからなんとか耐えている。

 時刻は午後十一時。

 ここは屋内じゃない。

 機体の半分は吹き飛んでいるのだ。


 気温は少し暖かいくらい。春服なので問題はない。

 ただ、野外にいるという事実が不安を促した。

 意識ははっきりしているのに、身体が動かせないというのは強いストレスを感じる。

 このまま立てるまで待つと、朝になってしまう。


 俺は横を向き、倒れるように隣の座席に寝そべった。

 頭上の棚や、足元に鞄や荷物が一部残っているようだ。

 近場しか見えないのでよくはわからない。

 とにかく腹が減った。ここがどこなのかも知りたい。


 椅子から床までは多少距離がある。

 足が使えないので、落下の衝撃が少しありそうだ。

 俺はゆっくりと上半身だけで椅子から降りた。

 死んだ。


「は……?」


 目を覚ました俺は、先ほどと同じ格好だった。

 つまり背もたれに体重を預けて、上半身は伸ばしている状態。

 死ぬ前は、椅子に寝転がっていた態勢だった。


 しかし今は、違う。

 リスポーンはどうやら姿勢まで記憶してしまうらしい。

 しかも、椅子から降りた衝撃だけで死んだのだ。

 死ぬ瞬間、死ぬとわかる。なんというか、強い喪失感を抱くからだ。


 最悪だ。

 つまり、こんな僅かの高低差で俺は死ぬのだ。

 そしてここから移動できない。

 脆弱にもほどがある。虫でもこれくらいで死なない。

 むしろ、小さな身体ながら、強靭な肉体を持っているじゃないか。


 俺は虫以下だ……。

 やはり立てるくらいならないといけないのか。

 こうなったら根競べだ。

 立てるようになるのが先か。

 飢餓が先か。

 勝負しようじゃないか。


「くっ……ぅ!」


 俺は必死で立ち上がろうと足に力を入れる。

 そして、何度も諦めず繰り返した。


   ●□●□


 朝。

 レベルが百十回上がった。

 激しい眠気の中、ステータスを見ていた俺は歓喜に震えた。


「き、きた……!」


 ついにやってきた!


・HP:2/2


 HP増えてる!

 やったぜ!

 一人で立ち上がることはまだ無理だ。足がプルプル震えてしまう。

 しかしHPが増えたことで、椅子から降りることができるのではないかと考えた。

 以前とは違い、多少早い動きでうつぶせになり、椅子から降りた。


「いづっ……!」


 滅茶苦茶痛い。

 たった数十センチの高さから降りただけなのに、尋常ではない程の痛苦だ。

 

・HP:1/2


 あ、HP減ってる。

 椅子から降りて減るってどんだけなのさ。

 俺は痛みに顔を顰めながらも、狭い後方への通路を這った。


 腹が減った。

 何か飲み物だけでも欲しい。

 物が散乱している。しかし食料や飲料はない。

 視界が悪いため近寄らないと見えない。

 と、見慣れないものが間近にあった。

 注視してみると正体が判明した。


 手だ。

 人間の手だ。

 手の先が見えた。

 微塵も動かない。


「う……ぁ……」


 見てはいけない。

 そう思うのに、腕の付け根に視線が向く。


 そこには血みどろになった死体が転がっていた。


 足の関節は真逆にへし折られ、胸部を骨が引き裂いて、ざくろのような体内が見えた。筋肉の繊維から、どろっとした血液が溢れ、床に滴っている。

 そこでようやく臭気に気づく。

 鉄の刺激臭。僅かな腐臭。

 鼻がおかしくなっていたことが同時に判明した瞬間、俺は嘔吐感に苛まれた。


 そして死んだ。

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