第2話 虫にも劣る史上最底辺の生物
「――っ!」
どこかから声が聞こえた。しかしノイズが酷く明瞭さに欠けている。
瞼を開こうと思ったが、鉛のように重い。
まるで身体が金縛りにあったみたいに、動かすのが億劫だ。
思い通りに動かず、焦れてしまう。
息が苦しい。
呼吸がまともにできない。
必死で集中して目を開けると、徐々に視界が広がった。
前席の背もたれが見えた。
機内の天井は隆起してしまっており、空が見える。
首を動かそうとしたが反応しない。
何か喋ろうと思ったが、動きもしない。
莉依ちゃんは無事だろうか。あれだけ怖がっていたのだ、何もなければいいが。
隣を見ようとして双眸を動かす。
しかし満足に操れない。
身体中が痛い。激痛の波が収まらない。
絶叫しようにも喉が震えない。
強烈な刺激の中で、ようやく視界の隅に浮かび上がったものに気づいた。
・名前:日下部虎次
・性別:男
・年齢:十七歳
・身長:百七十一cm
・体重:五十八kg
New・称号:虫にも劣る史上最底辺の生物
・LV:-(error)
・HP:1/1
・MP:0/0
・ST:0/0
・STR:-(error)
・VIT:-(error)
・DEX:-(error)
・AGI:-(error)
・MND:-(error)
・INT:-(error)
・LUC:-(error)
・経験値:5
●アクティブスキル
New・アナライズ
…対象のステータスが見える。
●パッシブスキル
New・リスポーン
…戦闘不能に陥った際に、記憶地点に新たに出現する。
●バッドステータス
New・最悪の災厄
…禍(わざわい)に愛された者。何をしても不幸になる。
New・死神の抱擁
…死に愛された者。何をしても死に向かう。
New・因果の解放
…あらゆる効果を限界以上に増幅させる。
……なんだ、これ?
これじゃ、まるでゲームのステータス画面みたいだ。
しかもステータスは最悪、というかバグってるんじゃないか、これは。
マイナスどころか測定不能になってるじゃないか。
特にバッドステータスのところ、不穏な言葉の羅列に、俺は今の状況を重ねた。
これは、このステータスのせいなのか?
いや、単純に怪我したという可能性の方が高いだろう。
あんな高度から落下したのだ。
だったら、無事でいられるはずがない。
むしろ生きているのが不思議だ。
しかし、このステータス画面が見えるということは、あれか。
本当に転移なり、何かが起こったのか?
ついに俺が主人公に!
なんて考える余裕もほとんどない。
むしろ身体中の感覚が麻痺してきた。
それに最弱で実は最強だったり、目立ちたくないけどチラチラとか、いじめられっこがいじめっこに復讐するとか、そういうことはない。
最弱どころか虫以下って、どういうことなの?
これ生物としてどうなの?
「――ですかっ!?」
声が遠くで聞こえた。
俺は歪んだ視線を横に動かす。
どうやら声の主はすぐ近くにいたらしい、鼓膜がおかしくなっているのか。
「大丈夫ですかっ!?」
視力はいい方だったのに、すりガラスを通したようにぼやけている。
誰だ?
「だ、誰かっ! 日下部さんを助けてくださいっ!」
泣きじゃくりながら叫んでいるのは、どうやら莉依ちゃんらしい。
彼女は無事だったのか。
よかった。本当に。
「だ、誰かっ! お、お願いですっ! 誰かっ、助けてっ!」
必死で叫んでいるが、誰かくる気配はなかった。
どういう状況なんだ。
痛い。痛い。
苦しい。死にそうだ。
喉が渇いた。何か飲みたい。
「ぁ……ぅぁ……!」
「ど、どうしました?」
思いは伝わらない。頷くこともできず、意思の疎通が図れない。
何とか言葉を伝えようと呻き声を漏らした。
悪戦苦闘している間も、莉依ちゃんは俺に声をかけてくれていた。
しかし、途中で横から誰かが莉依ちゃんの肩を掴んだ。
「ここにいちゃダメ! こっちに!」
女性の声だった。やや甲高い。
もしかしたら俺と同年代かもしれない。
「で、でも日下部さんが!」
「そ、その人はもうダメだよ。動けない人間を連れて行く余裕はないんだ。
残念だけど。早く、ここから離れよう! ここは危険だよ!」
「い、いやですっ! 私は残りますっ!」
イヤイヤと首を振る莉依ちゃんに業を煮やしたのか、女性が強引に引っ張った。
「悪いけど、そうはいかない! 大丈夫、大人もいるし! 早く! 目を瞑って歩いて!」
「離してくださいっ! く、日下部さんっ! いやああっ!」
莉依ちゃんは俺に手を伸ばして、必死に救おうとしてくれた。
その思いに、俺は強い感謝を抱きつつも、拒絶した。
せめて、彼女だけでも生き残ってほしい。
善人面したかったわけじゃない。単純に、優しい少女の安否を気遣っただけ。
そして、感じていた思いがあった。
それは死の予感だった。
諦観の思いの中、俺は緩慢に瞼を閉じた。
ああ、もう痛くない。
眠い。
このまま死ぬのだ。
確信した。
強烈な眠気に襲われた時の感覚と酷似していた。
その誘引に先導され、俺は欲求のままに意識を落とした。
俺は確かに、その時死んだ。
――――――――――――――――――
――――――――――――
――――――
――ん?
生きてる?
「ぁ……ぅ……?」
声も出る。
おかしい、生きてる。
さっきまで感じていた眠気もない。
死んで天に召されたというわけでもなさそうだ。
感覚がある。また激痛だ。
なんだ、これ。
拷問か?
俺は改めて、ステータス画面を見た。
●パッシブスキル
・リスポーン
…戦闘不能に陥った際に、記憶地点に新たに出現する。
これって、もしかして……死んでも特定の位置で生き返るってことか?
俺は死んだというのは間違いない、と思う。
だったら俺は生き返ったのか?
ってことは、俺はずっとこのまま!?
わけもわからず物凄い痛みの中、徐々に死んで生き返るを繰り返すってのか?
冗談じゃない!
そんな拷問みたいな状態でいられるか!
そうだ、これはきっとバッドステータスのせいだ。
●バッドステータス
・最悪の災厄
…禍(わざわい)に愛された者。何をしても不幸になる。
・死神の抱擁
…死に愛された者。何をしても死に向かう。
・因果の解放
…あらゆる効果を限界以上に増幅させる。
これ、何をしても死に向かう、不幸になるって書いてある。
つまり、何もしなくても生きているだけでそうなるってことじゃ?
しかもステータスが低すぎて動くことさえできないってことじゃ!?
おいおい、もう無茶苦茶じゃないか!
いや、待てよ。
・LV:-(error)
レベルはある。しかもマイナス。
ということはプラスもあるんじゃないか?
レベルが上がれば、ステータスも上がるんじゃ。
そうだ。間違いない。確か経験値もあったはずだ。
・経験値:13
さっきより増えている。
死んだから?
でも、確か画面に気づいた瞬間に経験値は少しだけ入っていた。
それ以外だと目を開けたり、声を出したとからか?
その程度で増えるのか?
俺は試しに瞬きをしてみた。
ものすごく遅いが何度かしてみる。
・経験値:14
あ、増えた。
瞬きで経験値が増えるって、どういう基準だよ。
待てよ、経験値ってそのまま、経験の値だよな。
経験ってことはどんな行動でも経験に入るってことか?
このまま瞬きを続けていれば、レベルが上がるんだろうか。
と、思っていたら、経験値が増えた。瞬きはしていない。
何もしていない、つもりだったが、考えてみれば目を開いて前方を見ている。
それだけで経験になっているということか。
それとも呼吸?
あるいは今考えている、この思考が経験となっている?
あー、もう!
そこまで行ったら考えてわかるものでもない。
次の瞬間、
『LEVEL UP!』
テレテッテー! ファサッ!
と軽快なSEと共に視界全体に文字が浮かんだ。
紙吹雪と妙なエフェクトが一瞬だけ現れた。
期待通り、レベルが上がった!
いや、何してんの、俺。
事故直後にレベル上がったとか何言ってんの。
しかし、このステータスは俺自身を数値化したものだとは思う。
つまり数値が上がれば、俺にもその影響が表れるはずだ。
画面を見てみた。
経験値以外に変化がない。
どれくらいマイナスなんだろうか……。
ま、まさか永遠にマイナスだったり……。
落ち着け、前向きになるんだ。
仮にプラスにならないなら、俺が生きているのもおかしいじゃないか。
どんどんレベルを上げて行けばきっといつかは動けるはずだ。
なんて色々と考えていたら、触感がなくなっていることに気づく。
あ、これあれだ。
また来た。
そして、死んだ。
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