アンリミテッド・レベル ―異世界で最底辺生物から神殺しになるまで―

鏑木カヅキ

第1話 残念ながら死にます

 飛行機の中、俺は席に座っている。

 現在、修学旅行のため、東京から沖縄に向かっている最中だ。


「ぎゃはっは、マジかよ」

「マジマジ。沖縄には美人多いんだって」

「おまえ、旅行行く度に言ってんじゃん」


 下品な声が前方から聞こえた。

 同学年の男子達が、旅行に興奮しているようだ。


「おい、おまえら、機内でスマホ使うな!」

「先生! 機内モードなら大丈夫って聞きました!」

「うるさい! 生徒は使用禁止だ!」

「えー! でも、暇だもん!」


 なんてやり取りが聞こえる。

 傍から見ればちょっと楽しそうだ。


 え? 俺はどうしてるかって?

 学生集団の遥か後方に座っている。

 普通こういうのは固まって座席をとるものだろ。

 なのに、俺だけ離れて座っている。

 それもこれも教師の不手際でチケットが用意出来なかったからだ。

 新幹線とかなら問題ないが、飛行機のチケットを交換するのは色々問題があるらしい。

 そして、俺は修学旅行という学生の一大イベントの一部を独りで過ごしている。


 まあ、別にいいけど?

 どうせ友達もいないぼっちだし?

 いじめられてはいないけど、空気みたいな存在だし?

 むしろ、クラスメイトと話したのは一ヶ月前で、しかも人間違いだったし?


 通路側は空席、俺を介在して、窓際には十歳くらいの女の子が座っている。

 別に何があるわけでもないが、ちょっと気まずい。

 ちらっと横目で見てみる。

 席にちょこんと座っているが姿勢は正しい。

 厚手のワンピースを着ている。何となくお嬢様っぽい。

 小さな女の子に話しかければ事案発生という世知辛い世の中だ。

 当然、話しかける気はない。


「あの」


 話しかけられた。


「なっ……んんっ! な、何かな?」


 普段、あんまり喋らないせいで発声が上手く出来なかった。

 別にコミュ障ってわけじゃない。

 ただ、会話する機会があんまりないだけだ。


「そ、その、通ってもいいですか?」

「え? ああ、うん、どうぞ」


 どうやら単純にお手洗いに行きたかっただけらしい。

 少女は頬をほんのり染めながら機内後方へ行った。

 ロリコンじゃないが、ちょっとドキッとしてしまった。


 ふと、妄想が膨らむ。

 ネット小説とかなら、こういう場合、突然どこかに転移したりするものだ。

 それで最強の能力とか貰ったりなんかして。

 周りにちやほやされたり、ハーレム築いたりなんかして。

 俺も、そんないい目を見たい。

 モブキャラよりは主要キャラになりたい。

 むしろ主人公になりたい!

 そしたらこの空気キャラも卒業出来るんじゃないだろうか。


 まあ、無理だな。

 なんて妄想に耽っていたら、また声をかけられた。


「あ、あの」


 女の子が申し訳なさそうにしながら、俺を見下ろしていた。


「あ、ごめんね」


 俺は即座に足を持ち上げて、女の子を通してあげた。


「何度もすみません」

「いやいや、いいよ」


 最近は誰かと話す機会なんてあまりないものだから、上手く話せているか不安だ。

 あ、頬がひくってなった。バレてないよな。

 そして誤魔化すように会話を続けてしまった。


「一人旅、じゃないよね?」


 やばい! 声かけは危険なのでは、と背中に冷や汗を掻いた。

 事案発生、通報しました。

 なんてなったら……。

 洒落にならない。

 しかし、少女は柔らかく笑うと答えてくれた。


「い、いえ、一人です。祖父母の家に行く途中で」

「へぇ、大変だね。飛行機に乗るなんて」

「慣れてますから、大丈夫です」


 小学生高学年くらいの年齢の時、俺はこの子くらいしっかりしていなかった。

 一人で飛行機に乗るなんて家庭の事情があるんだろうか。

 あまり突っ込んで聞くのは無神経だな。


「あの、お兄さんは修学旅行ですか?」

「ああ、うん、そうだよ。なぜか席が離れちゃってるけどね」

「そうですか……もしよかったらですけど、お話ししませんか?」

「え? ああ、そりゃ、もちろん。俺も暇だったし助かるよ」


 普段なら、子供相手に何を話せばいいのかわからないと思うだろう。

 しかし彼女はとても聡明で礼儀正しく、話しやすかった。


「ありがとうございます。私、遠枝莉依(とおえりい)っていいます」

「俺は日下部虎次(くさかべとらじ)。よろしくね」


 そして、互いの挨拶を終え、一時間ほど話をした。


「――じゃあ、莉依ちゃんは小学四年生なんだ」

「はい。今は九歳です」 


 一桁かよ……。

 俺は十七歳だから、倍違うのか。


「でも、日下部さんがいてくれてよかったです。一人でさびしかったので」

「俺も莉依ちゃんがいてくれて助かったよ」


 目と目が合うと、互いに気恥ずかしくなって、はにかんだ。

 ロリコンじゃない。俺はロリコンじゃない!



 そう自分に言い聞かせた瞬間、ゴウンと機体が跳ねた。



「きゃあっ!」


 莉依ちゃんが俺に抱きついてきた。咄嗟に俺も彼女の身体を受け止める。

 注意喚起もなく、突然揺れたことで機内は騒然とする。


「何が起こったんだ!?」

「きゃああ、な、なに!?」

「添乗員はいないのかよ!? 状況を説明しろよ!」

「頭打ったぁ、最悪!」


 ざわめきが次第に広がった。

 状況を把握しようと周囲を見回すが、添乗員の姿も見えず、放送もない。

 焦燥感は恐怖感に変わり、感情が身体に表れる。

 小刻みに震えていたのは莉依ちゃんだけではなく、俺もだった。

 腕の中で、莉依ちゃんが不安そうにしながら俺を見上げていた。


「だ、大丈夫。とりあえず、シートベルトを着けよう」

「は、はい」


 そして二人ともベルトを装着した瞬間、再び機体が激しく震動した。

 悲鳴の中、継続的に揺れ続ける。

 莉依ちゃんの手が俺の手に重なった。

 俺は励ますように握った。

 やがて揺れは激しさを増し、視界が定まらなくなった。

 比例して手を握る力も強くなる。


 次の瞬間。


「ぎゃあああああああああああああ!」

「きゃあああ、いやあああああああ!」

「助けてぇぇぇぇぇぇっ!」


 機体が半分に裂けた。

 前方が分離し、吹き飛んだ。

 空が見える。

 暴風が強烈な衝撃を与える。

 シートベルトをしていなかった客が空に吸い込まれていった。

 悲鳴がそこかしこで生まれては轟音で消散する。


 息が出来ない。

 ぐるぐると視点が回る。

 緑が広がっている地上と広大な海が見えた。

 落下している。


 死ぬ!


 そう思った時、俺は気を失った。

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