第35話
鳥越は行方不明と話題に上がった。一緒にいた俺は話題の中心人物と扱われ、殺したのではないかと言われさえする。でも、他人の声なんてどうでもいい。俺の心は空洞ができてしまった。
目立とうとする私が嫌いなら、楓に並ぼうとした努力は嫌だったのか。聞きたいことは一杯あるのに、自分だけの世界に逃げた。これから何が出来る。
「話を聞いているか?」
「悪い。なんだっけ」
「鳥越が心配なのはわかるけど、加藤の続報を待とうぜ」
ダンジョンは月子の管轄だ。詳細を聞いたのち、コネクションを使って探し回っている。出席日数が悪いから自身は動けていない。それがもどかしいと呻いた。
「鳥越にあったら何を話す」
「喧嘩するかも」
「佐々木を巻き込んだ時みたいにか」
土日明けの北野は目の下にクマを作ってあくびを噛み殺す。
「進路の話だったかな」
「うん。それで、俺の進路なんだけど。留学することに決めた」
「え?!」
友人は驚いたかと伺って、悪戯した子どもみたいに無邪気だった。
彼は海外に留学する手続きを既に済ませており、年明けの四月から移動するようだ。何でも、そこに住む母親と生活するらしい。そう理由付けしたら父親も首を縦に振るしかなかった。
「しかし、海外に行くのか……」
「お前は東京に行ってろよ」
「対抗してるのか」
「してるよ。俺の方が上だな」
平等だった足場が変動し、北野の机が浮上し踵ほどの高さがあると感じた。彼は対抗心を悟らぬうちに燃やしていて、海外という手段で明確な差をつける。
「佐々木をあわせたのに、お前の方が上手だった。しかし、俺は海外だからな」
「ちゃんと学べよ」
「俺は頭がいいから大丈夫」
「浦賀、鳥越が見つかったよ」
月子が肩で息をしながら扉にいた。携帯の画面がついたままだ。
「彼女は別のダンジョンにいた。中に入った人は彼女の姿を見たと語っている」
ダンジョンは彼女の指揮下にあり、失うものはなく追い返される。皆は鳥越の姿を発見したらしい。
「浦賀。こんなことになって悪い」
「月子が謝ることじゃない。これは俺達が初めて、俺らで終わらせることだ。そこにダンジョンの責務はない」
「それでも、これを持っていってほしい」
鞄から小さなストラップを取り出した。この刀の形が彼女の趣味なのか。
「これはエンドロールだ。壊したって構わないから、つれていってほしい」
「良いのか?」
「良くないけど、君になら貸せる」
俺は手の中に収め、ポケットに直す。授業を早退し、指定の場所まで自転車を漕いだ。彼女に話すことは決まっている。このどうでもいい世界で、唯一見てくれた女子だ。市橋の時みたいに逃げ腰じゃ助けられない。
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座高の低い椅子と縦長の机。長方形の教室に六つほど並ぶ。後ろは人の鞄が散らかっており、壁は子供がクレヨンで描いた絵が飾られている。
「来てくれたんだ」
「攻撃しないのか」
「良のことを絶対に傷つけたくない」
鳥越は帰宅直後の格好で、食卓についている。そこは俺達が子ども食堂で好んで座っていた場所だ。外の景色が見えない風も通らぬ吹き溜まりのような隅だ。今は足の長さが椅子の高さとあってないから、膝が飛び出していた。
「風呂に入ってないのか?」
「入ってるよ! 作れるもん」
「ふーん。まあ、有名になったものだな」
「行方不明扱いらしいね」
「テレビに出演して、俺も取材されるかもな」
相手の顔色が曇った。俺に迷惑をかけるという選択が抜け落ちている。しかし、問題は迷惑をかけられたことじゃない。
「えなは俺を守ろうとしていて、そばにいてくれたんだっけ」
「うん。自信ないくせに思ってた」
相手の意見を聞き入れずに、状況を整理するために話し続ける。そうして、心を昂らせようとした。
「だけど、俺はそれが嫌だった」
「……」
「自分を感じられない場所に逃げたかった。今回は東京だったけど、本当はどこでもよかったんだ」
「そんなこと分かってたよ」
向かいに腰を下ろした。あの頃の定位置に俺はいる。ここから声をかけて、全てが始まった。
「でも、えなと東京に行ったのは楽しかった。それはえなもだと信じてる」
「楽しかったけど、良と私が一緒にいる光景を喜べない」
「嫌いなのか?」
「違う!」
鳥越は俺のことを嫌いじゃない。それは逃避行の遊びで察している。だけど、要に追いかけられて俺を払うのは理解できない。
「私は良に迷惑をかけたくない。なのに、迷惑をかけていたことを今知った。だから離れたい」
「もう迷惑をかけていて、自分勝手に逃げるなよ。俺はもうお前の迷惑に慣れたし、分かったんだ」
「どういうこと?」
「えなのことが『全くわからない』ことがわかった」
ここでいろんな飯を食べた。今は高校で食べるときもある。名残惜しく感じる俺は人肌に飢えた子どもで、そばにいるだけで流転した。ごっこ遊びが抜けきれないけど、それをまだ続けていたい。不誠実な生き方かもしれないが、欠けている心を補う依存関係だから、最初から間違っていた。まだ間違えていたい。
「意味わかんないよ」
「俺はそれで納得できた。でも、鳥越が前に『この世に希望なんてないから』って言ったよな。あれだけはわかる」
「本当に?」
えなほど考えてないだろうけどね、と、口頭に付ける。今なら話せる気がした。
「結局未来なんてなくて、大人たちはブレブレな意見を押し付けてくる。だからこそ、俺はえなが必要だったかもしれない。えなが言語化するから落ち着いたところもある。俺はえなと困難を分かちたい」
「ダメだよ。変わっていく良の邪魔はできないし、ダンジョンにはずっといるよ」
俺の発言を覚えていて、ダンジョンのことも付け足す。ダンジョンは避けるべき場所だ。それでも、鳥越は危険性を愛している。
「分かってる。俺が来たら迎えてほしい」
「前は否定していたくせに」
「いいのか?」
「別に、来るだけならなんでもいいですけど」
「俺はえなが嫌がるで隣にいたい」
「ふーん」
昔みたいに弱虫じゃないし、嫌なことは嫌と言える。その違いを感じて、鳥越は嫌悪するかもしれない。あの東京に行った日々は思い出にしたくなかった。
「一緒にいてもいいよ。良はワガママだね」
「拒絶されても来れるほど自惚れてる」
「こんな私のどこがいいわけ。面倒くさいでしょ」
「言っていいの?」
「言うな!」
「悪い」
鳥越が自分を信じられないままで抱えていい。ただ、俺はどの鳥越も許容できる。かつて、彼女がそうしてくれたように、義務感ではない幸福が突き動かしていた。これも若さの特権で意欲を失うかもしれない。
「これは自分勝手な意見だけど、俺の言ったことは曲げるつもりがない。また来るよ」
刀を取り出し、エンドロールと叫ぶ。形状は日本刀と同じ高さになり、椅子から立ち上がる。扉あたりで上から下に振った。
切れ目が走り、眩い光が目を焼く。
「私も、遊びに行っていい?」
「結局、来るのかよ」
「もういい」
「いつでも遊びに来なよ。前みたいに遊べないかもしれないけど、それもそれで楽しいかもよ」
俺は裂け目に刀を当てて、穴を狭くする。
「あ、そうだ」顔の半分ほどの大きさが残っている。身体は廃墟にあった。「ダンジョンを広げて、空き家を移動してるのか?」
「そ、そうだけど」
「だったら東京の空き家に繋げられたら、俺の家に来やすくなるな」
できるかは知らんけど。そうつぶやいて閉じた。
鳥越は小さく手を振った。ダンジョンを出て、そのまま帰る。
これが俺の答えだった。
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