第34話

 この街は老人が多すぎる。若い人たちは仕事を探しに都会へ旅立って帰ってこない。東京のような高い建物は発見できないし、若者は暇を持て余している。


「なんで。なんで私たちの邪魔をするの!」


 鳥越は踵を返して全速力で駆ける。俺も遅れを取りながらついていく。荷物が邪魔になって道路に手放した。彼女の後ろについて、追いかけてくる大人の人数をかぞえる。


「護衛のふたりがきてる。にげよう」

「やっぱダメだ。私はダメだ。なんでそばにいたいとか思った……、ああああ」


 そのナビは街の中を庭のように回る。裏路地の狭い道や猫が歩くようなブロック塀と、公園の金網に空いた人が通れる穴。後ろにつきながら、護衛の纏わる時間が長かった。

 彼らに鍛えられたから、体力には自信がある。彼女もダンジョンに通っているから瞬発性が発揮された。それでも、大人の影がおってくる。逃げられない成長がもう限界だと通告するような錯覚がした。


「二手に別れないか?」

「嫌だ、いやだいやだ」


 身体が逃避行に慣れてくる。彼女は物陰に身を潜めたり、首を伸ばして家を点検していた。


「ダンジョン、ダンジョンに逃げないと。そこしか私を肯定してくれない」

「ちょっと落ち着け!」

「ごめんなさいごめんなさい」


 体から意識が離れて、呼吸が乱れるようになり、視界は俺の背中を俯瞰する。テレビのランナーに投影する視聴者みたいに逃げていた。

 ある空き家の前まで大股で進む。そこは門が蔓に巻かれて自由がなかった。壁は雑草の生活拠点として占拠されており、家の陰気を内包している。その肝心な家は全体的に錆びた鉄のような色をしていて、扉は半開きだ。


「逃げよう。一緒に。逃げよう」


 門を飛翔して超える。柵の上を掴み、身体を空に持ち上げた。護衛が乗り越える寸前で靴に触る。


「まて!」

「こっち」


 右手が古い扉に当たる。すると、忽ち中から寒い風が顔を吹きかけた。ダンジョンの匂いがする。


「急ごう」

「うん」


 二人でダンジョンに参加した。


 臓器が中から持ち上がる。ジェットコースターに乗せられた気持ちで地面に着地した。下はゴム上の床に、壁はおもちゃのブロックが敷き詰められている。


「最初のダンジョンじゃないか」


 焦りは周りを狭くして朦朧とする。1人だったら逃げきれなかっただろう。


「でも、前と違うな」


 ベルトコンベアの端は擦れた跡があり、地面も傾いている。人形は俺らの横になければ、クレーンも吊るされていない。誰の笑い声もしなかった。


「良、頭を下げて」


 一つの明かりが空を支配した。眩しくて右手で目を守る。その影から鳥越が人差し指と中指から下に降ろした。あかりは消え、二人の顔だけが分かる。


「……悪い。俺が要を刺激した」

「良は悪くないよ。むしろ、私が巻き込んじゃった」


 呼吸を整え、汗ばんだ額を拭う。


「あーあ。良とならどこへでも行けると思ったんだけどね」

「どこでも行けるって」

「今日の追いかけっこを見てそう思う?」


 俺の顔に影ができる。ダンジョンの明るさは鳥越のふわふわした髪に隠れた。


「やっぱり、私たちって自由になれないんだよ。親に愛されないから要みたいな大人を信じちゃった」

「えな、何を言い出す」

「利用する大人たちと未来がないと嘆く私たち。ねえ、ここに先なんてあるのかな。だったら、停滞したダンジョンは居心地がいいと思わない?」

「だから、ダンジョンが好きなのか?」

「浦賀は私のどこまでをしれたの」


 感情的な子供の鳥越はここにいない。


「私はただお父さんに頭を撫でて欲しかっただけだし、浦賀がそばにいて欲しかっただけなのに。愛されたかっただけなのに」

「お前が望むならここにいる。このダンジョンで過ごすよ」

「昔の浦賀はそんなこと言わなかった」

「えな、俺は昨日の約束を嘘にしない」

「ダメだよ。その結果がダンジョンの中に逃げている」


 目がまだ見てくる。浦賀の人生を狂わせてしまったと責めてくるんだ。東京にいたら無視ができた。


「私は私が信じられない」

「えな、自分で決めるな!」


 足元に亀裂が走る。ダンジョンは俺を拒絶するように溝を広げた。それが彼女の答えだ。


「なんで。なんで勝手にそんなことを言うんだ! えな。何がそんなに不満なんだ!」

「浦賀が一緒に暮らそうって言ってくれたの嬉しかった。だから、目が痛かったんだ。愛されちゃダメなのにね」


 足場は崩れ、暗闇と同化する。ぬるい手のひらが俺を後ろに引っ張り、ダンジョンから締め出された。



「目を覚ましたか」


 要は俺の向かい側に座っていた。横には護衛が俺を挟む形で冷水を飲んでいる。

 場所はファミレスだった。彼女はいちごパフェを小さなスプーンで口に含んでいる。


「鳥越はお前を吐き出したら消えた。明日は行方不明になっている」

「お前!」

「まあ、まて」


 懐から茶色の封筒が差し出された。目を丸くして、顔に戻す。


「私たちはこの街を去る。政府の犬が居場所をつぶしてきた。まあ、これはどの街でもそうだった」


 この金はお前達が受け取る報酬だ。これまでは使い潰すだろうと最後に渡すつもりだった。彼女は一息で話きる。


「おまえは前に私へ鳥越はどう思うと聞いたな」

「……」

「昔の私と似ているよ。だからこそ、お前が妬ましい」


 時間が無いから切り上げる。そう言いながら伝票を手にレジへ歩を進めた。

 残されたいちごパフェが汗をかいている。

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