第33話

 布団の中で眠れない。時計の音を数えていた。女子の呼吸や寝返りで緊張している。喉が水滴一つなく乾いて、手首が痺れてきた。

 鳥越が隣で布団に入っている。男女が一つの部屋に寝泊まりをしてしまう。幼なじみだとしても意識してしまった。小中は一緒に行動したし寝泊まりもしている。でも、高校生だったら理性が砂のように流れてしまう。童貞丸出しの動揺は心臓の鼓動を早くさせた。今まで平然を装っていたのに、格好つけが露見してしまう。彼女が何言おうと身体の熱が眠気を吹っ飛ばす。


「ねえ、起きてる?」

「……」

「寝た?」

「起きてる」


 体を反対に動かして、えなの顔を探る。乱れた髪は枕の上で散らばり、隙間の目は俺の顔が写っていた。学校の彼女は整った髪型に顔は化粧を施している。今は着飾らない素顔が横にあり、頭まで暑くなった。


「今日楽しかったね」


 細めた声は心の弱い部分を刺激する。身体を丸めたら落ち着く気がした。錯覚だったけど。


「楽しかった」

「良と東京に行けると思わなかった」


 東京は俺を遠ざけた場所じゃなくて、むしろ田舎の学生を許容する大きさを見せた。生物みたいな首都は朝のテレビよりも生々しく息している。その一部に自分がなれるかと、不安は募るばかりだ。この東京は生きていけない人を無視するだろう。似たような人間は必ずいるから、ふるい落とされないようにしたい。しかし、彼女は苦手と主張した。理由はこがれる俺でさえ唾を飲む意見だ。どこに逃げても、貧乏な過去は変わらない。自分の肩書きを思い出したら、痛々しい自分が背中を引っ張る。


「俺もえなと旅行なんて思いつかなかった」

「えなって言われるのなれないね」


 相手は布団の中で動いたらしく、掛け布団が移動していた。パジャマのモコモコした服が首元まで出てくる。

 胸のボタンが二つまで下げられていた。鎖骨がはっきりと認識できて、谷間の頭を判別できそうだ。

 いや、変態か。鳥越のことで取り乱している。いや、女子だから誰でもいいわけじゃなく、彼女だから心をかき乱されていた。


「良は私のそばにいてくれてありがとう。これで、卒業したあとの無味な人生に繰り返し繰り返し思い出せる思い出ができたよ」

「なんか悲観的じゃないか?」

「うん。この世に希望なんてないから、期待しないように生きている。これからの人生は学生時代の迷惑を返す日々だよ。まるで償いのように過ごすしかないんだ」


 テレビは合計特殊出生率の低下を嘆き、人々は議員のアイドル性を求めている。彼女内部の常識は情報と言われて傷ついた言葉で迷惑という形になった。監視して、間違えれば睨むだけ。目立たないといけない鳥越の重圧。

 同じ意見だけど口にしない。それを共感で消費しては無駄だと感じた。


「良が楓ちゃんのことが好きじゃないって分かっても、変わっていくことは事実なんだよ」

「変わっていく?」

「明るくなったよ。前は楓のこと嫌いだったくせに話しかけているし、陰口にも言い返した。私は良になれないし、憧れるよ。自分で気付かなかった?」


 真剣な話は運命と同じく無差別に降りかかる。冗談で済ませるように、笑いを口調に混ぜてきたけど、逃げる場面じゃない。

 俺が変わってきたと自覚したのは、人に言われたからだ。言われなかったら変わっていく自分は前と同化させていた。


「俺はえなのおかげで変わった。あの頃は君が眩しくて、妬ましかった。でも俺といて嫌じゃないと教えてくれたし、嬉しかったから文化祭の委員だって立候補した。すべては俺から話しかけて、リア充な鳥越えなを苦手と思わないためだ」

「え、え?」

「えなと一緒にいて分かったのは、何も君のことがわからないということだ」


 赤面の彼女に迫る。1人の幅や拳の幅は縮まった。幼なじみは仮面を外して戸惑っている。


「子供の頃の君は嫌いだと思っていた。でも、本当は嫌いなんかじゃなくて、一緒にいすぎたから自分の半身のように捉えていたんだ」


 えなに聞いてほしい。俺はあの街をひとりじゃ出られなかった。あそこは親の領域であり卵の殻なんだ。君という幼馴染は亀裂を作ってくれた。一緒に良い悪いを混ぜたナイフを指す。俺は自由な空をまう鳥だ。君が飛ばしてくれた。教室の怒声がスタートの合図だったんだ。


「やめて。もう、何もかもがわからなくなる」

「鳥越のことが好きだ」

「私を置いて東京に行くくせに、卑怯」

「一緒にくらさないか。誰も俺たちを知らない街でリスタートするんだ。なるべく人が少ない場所に借りよう。すべてそこから生まれ変わろうよ」


 彼女の布団の中に入った。甘い匂いが頭の奥を刺激する。

 待っているとわかった。だから、唇を近づける。相手の温度が伝わり、心の奥が満たされた。死にたい気持ちと苦手な人をすべて捨て去る。

 口が臭くないかなとか考え出して、唇を離す。鳥越は赤子みたいに泣きわめいた。慰めたら船を漕いだ。寝かしつけて、自分の布団に行こうとする。すると、右腕が逃げられない強さで掴まれていた。一緒の布団で眠る。恥ずかしい発言に悶絶しながら。



 自分の街に帰ってきた。荷物を持ちながら自宅のバスに乗る。東京の思い出がまぶたに残っていた。夢の続きは何年後に叶うだろうか。勉強しなければという思いが一層強くなる。満たされた心は一つの夢を見定めた。鳥越と暮らしたい。プライドを払われ、素直な俺は好きだと言えた。


「ねえ、良」

「どうした」

「私も好き」

「知ってる」


 バスを降りて、鳥越を家まで送る。

 曲がり角を曲がったら、ある人物がいた。


「久しぶりだな。おふたりさん」


 要が家来を連れて門にいた。

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