第32話
東京行きのチケットが確保できたのは、事前にキャンセルがあったせいだ。隣並びで安い座席に彼女は喜び、東京へ行くのかと俺よりも憧れを抱いていた。格安のホテルを予約し、1泊2日の旅になる。
荷物を積めるために、物置の奥からカバンを取った。袋を開けて衣類だけを詰める。友達には東京に行くと言わないで出発を決めた。親には東京に行くと告げたが、反応は返ってこない。出発は予約して行動と迅速には動けなかった。余った時間で必要なものを取り揃える。大学資金を除いて、自由にできる金はいよいよ尽きてきた。外は出るだけで金がかかり、働かないといけないと気付く。先生が『夢がなくても勉強していい大学にいけ』という言葉が蘇る。俺は課題しか勉強していない。立派な言葉をもらっても、活かせないなら意味がなかった。
当日になり、2人は駅前に集合する。予備バッテリーの場所を確認していたら合流した。彼女は動きやすい格好に身を包む。
「よし、行くか」
「本当に行くんだね」
鳥越の声が震えている。誰でも知らない土地は怖かった。俺も彼女が横にいるから表に出さないよう努めている。一人だったら心細くて貧乏ゆすりなりしていた。
新幹線にふたりは乗り込んだ。途中で乗り換える手間はあるが、この道が東京に続いている。まるで想像がつかなかった。
2人で横並びに座席で座る。荷物を足に挟んだら携帯を簡易机に乗せた。緊張で喉を鳴らしたら新幹線が動きだす。
「こんな簡単に行けるのか、東京は」
彼女は背もたれから体を浮かして、目を見て話しかけてくる。
「なんで東京に行きたいの」
「あの街で死にたくないだけだ」
「良、一人で死なないでね」
私と一緒に死のう。その言葉を飲み込んだ気がした。
▼
「ついた!」
「あー、どこだ。ここは」
外に出て、地図に従って歩いたつもりだ。しかし、バスターミナルに出てしまった。ある窓からは新宿駅と東京の文字が目に入る。
「駅員さんに聞こうか」
「それがいいね」
駅員さんは機械みたく指さして、目的地を答えた。改札口を過ぎたら校内よりも広い廊下があり、平日でも人は行き交う。二人は離れないように寄り添いながら数字の駅に立つ。下ればホームがあり、黒いビニールのようなものが床に貼られている。
二人並びで先頭に来れた。後ろの人を気にしながら電車が到着する。学校の駅よりも到着や出発が早かった。空いた席に座って、バッグを腹に抱える。外の景色に俺は持っていかれた。
東京は詰め物のような場所だった。上から色とりどりのブロックを重ね合わせ、空に届きそうなほどビルが大きい。人は蹴られた石のように周りに当たりながら転がる。携帯会社のビルが大きく、ここから始まったのかと夢想した。何もかも息を呑む。憧れた場所がここにあり、オリンピックが開催された。
「ついたよ」
道を歩けば黒い線が空を縫ってあるか、外国人が観光で写真を撮っていた。
駅は栄養を与えた枝のように好き勝手伸びている。小学校の教科書に人間の解体図が掲載されていたけれど、線路は大きな生物の血管と言われたら納得できるだろう。誰かの身体を借りて共生している。皮膚に四角い箱を重ねながら。そんなイメージが植え付けられた。
「私の行きたいところに連れ回していいの?」
「うん。見て回りたいんだ」
そこから彼女の要望に合わせた。高い食べ物やブランド品。海鮮丼は鮮度があったし、服は地元よりも2倍以上に高価だ。そうして、東京を見て回った。神田明神でお参りし、明治大学の横をすぎる。ギターばかりの道は楓が来たかったところだろう。また、古本屋に立ち寄って1冊見つけた。タイトルは『平成2022年』。月子から借りるより百円を出して手元に置いた。
太陽が故郷と同じ速度で落ちる。
駅に揺れながら問いかけた。ホテルまで5分ある。
「どうだった?」
憧れは幻滅することなく輝くばかりだ。道路は強烈な異臭が臭うし、早歩きでぶつかりそうな人がいる。その行きたい憧れは鮮明になった。
「住んでる街と活力が違う。この流れに身を任せてみたいとは思う」
「私は好きな街じゃないかも。急いでいて息苦しいかも」
「たしかに忙しない」
ホテルは民家のような作りだった。住宅の中にあるから、サイトで発券しないと判別つかない。チェックインの時間は該当しているから、メモ用紙の番号を数えた。
「予約していた浦賀で────」
「あーはいはい。どもどもこっちです」
上履きに履き替えて進む。風呂の取り扱いや共有スペース。自販機の場所や手洗場を紹介された。荷物を持ってもらい2階に昇る。
突き当たりのドアに鍵を回し、中を広げる。先頭に俺が入り、続いてえなが様子を見た。
中はベットが二つ用意されていて、十分に広いスペースだった。
「どうぞ。ごゆっくり」
「いやいやいや。彼女の部屋は?」
「ご予約は一部屋だけですが」
「え、予約しましたよ」
「えっと。少々お待ちください」
「私は大丈夫」
えなは荷物を壁へ立てかける。店員は申し訳ありませんと謝りながら退出した。
「えな、これがどういうことか分かってるのか」
「分かってるよ」
「……」
彼女は荷物を広げたので、壁に視線を移動させる。
俺も男子だから期待していたけれど、ついに局面が現れた。しかし、そんな邪な考えはダメじゃないか。頭から汗が滝のように流れてきた。誰か助けてほしい。
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