第31話

 曇り空の水曜は学校の判断を連れてきた。鳥越と俺は放課後までに課題を提出することに決まる。争いの状況で判断され、覚悟していた退学処分にならなかった。原因として俺たちが一方的に悪いわけじゃなく、煽ってきた人間や弄っていいという空気が生み出した暴力だ。つまり、互いに悪として落とし前がつき、これからの改善に努めるというもの。それを伝えた先生は帰った。

 明日や数週間かけても学校の空気は変わらない。鳥越と俺がクラスで浮き沈みし、北野たちが介抱するだけだ。クラスの人たちは自分は間違っていないのかを相手の目を経由して監視する。会話しているか飾りのステータスは腐っていないのか。その後ろめたい確信は停学がよかったなと甘えたりする。

 さっそく電話をかけた。今は携帯を自在に使えている。


「なんて言われた?」


 電話越しの彼女も同じ判断が下された。まるで自分の事じゃないかのように、遠い出来事の歴史をネットで見ながら話してるような話し方だ。


『良。今日は海行かない?』

「わかった」


 携帯と着替えを用意し、時計を確認する。日帰りなら深夜に帰ってくるかもしれない。泊まりの可能性もある。親は学校に行けと言いながら出かけた気がした。家に鍵をかける。

 彼女の家まで自転車を回した。錆び付いた部分が不快な悲鳴をあげる。グリップは粒のような液体が朝露で冷たく、滑りそうになった。

 自転車を家の前に放置する。服の裾を引っ張ったらインターホンを押した。今日はえなが一番で玄関から出てくる。鍵をかけ、散歩中の犬のようについてきた。

 俺は運転する席に腰掛け、後ろの鉄に彼女は跨る。今日はバス停の駐輪場を目的地としていた。腕が両肩に掴まられたら、右のペダルから回す。


「良。東京に行かない?」

「下見か。結局は行けてなかったな」

「なんで嫌がらないの」


 肩に熱がこもっている。胸の鼓動が聞こえませんようにと心で祈った。


「俺も遊びたいだけだ」

「そかそっか。へー、そうだね」


 二人乗りの自転車は重心が傾きそうになる。

 赤信号で止まり、えなは椅子から降りた。尻が痛いと文句を漏らしたけど無視する。


「良。ダンジョンがある」

「えっ、どこだ」


 顎で指した方向に空き家があった。カバンから地図を出して照らし合わせる。そこはダンジョンだと指し示した。

 目で合図して自転車を前に持ってくる。鍵をかけたら、中に入った。


 ダンジョンの中は湿っぽい空間だった。内部の洞窟というより雨の日の通行路が地平線まで続いている。童謡を歌いながら女児が黄色の雨合羽を着て歩く。水玉の傘は指で振り回すから飛沫が舞った。次に男子が前から歩いてきた。半袖に傘をさしてスキップしている。濡れたままの俺を不審そうに見つめて通過した。


「風邪をひきそうだ」

「ダンジョンで体調崩すのかな」


 鳥越は刀を取り出したので、俺は後ろで訓練を思い出して、動きはダンジョン仕様で対応できる。

 車道から黒いセダンが走ってきた。運転席が黒塗りのガラスで人の気配を感じさせない。車が俺らの横で停車し、四つの扉が同時に開いた。

 黒い液体がかろうじて人間の形を保っている。悲しさや痛々しさを詰め合わせたような不安定さが重なっている。液体は雨で膨張しつつ、足を肘まで動かし手を伸ばしてきた。

 えなは迅速な働きに出る。刀を振るう姿は流派がありそうだ。俺も肩を並べるほど2体は撃退した。刀を抜き取り、首元を刺す。彼らには触感があるから液体に触らないように立ち回り、車の中へ押し戻した。彼女もそこに直したら、車に刃をかける。切れ目から液体が粘り強くこぼれた。


「うん。満足した」

「えな、鉱脈を探そう」

「それは大丈夫」


 刀を車に挿したままで、両手を離す。右手を肩の高さまで持ってきて空気をつかみ、顎の下まで引き寄せた。

 ダンジョンが二重に揺れた。通行路が紙を折るように畳まれていく。


「これは……」

「最近できるようになった」


 空間は圧縮され黒い裂け目が住宅街や電柱の足元から広がっていく。右手をかきまわすだけで穴は人が入れる大きさまで成長する。鳥越は先頭に進み、鉱脈を丁寧に切り崩す。


「なんかね。ダンジョンを操れるようになったんだ。これで誰も傷つけないよね」

「ダンジョンを操れるってどこまで出来るんだ」


 彼女の手が止まった。黒い空間に鉱脈だけが輝いて横顔を照らしている。


「どういうこと?」

「楓と佐々木の前に出たダンジョンはえなが出したのか」

「そうだと言ったら?」


 自分がパイプだと自白した。ただし正確にはダンジョンを意図のままに出し入れできないが、ダンジョン作成の条件を整えることが可能ということ。佐々木と楓は感情が理性を飛び越えたら、完成されていたらしい。


「納得するだけだ」

「本当にそれだけ?」

「そうだ」

「それなら、もっと責めてほしかった」

「もう過ぎたことだ」


 鉱脈を取り外し、ダンジョンをクリアした。

 そのまま電車に乗ったけど雨が降り出して、来た道を帰る。石は鞄の邪魔になったから自転車の籠にいれて放置した。

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