第29話

 時間は朝10時なだけあって人の出入りが少なかった。三番ドアの先頭に立ちながら線路の横に落ちたペットボトルを発見する。危険じゃないのかな、なんて当たり障りのない会話をして待つ。真ん中の車両で会話が止まれば田舎の風景や学校であった辛いことを話しあった。


「あの家ダメだね」

「何が?」


 既に後ろへついていたから、彼女が何を見つけたのか不明だ。そのまま鳥越が続ける。


「ダンジョンになる家があった」

「分かるのか」


 北野の地図がダンジョンへの道しるべだから、直感でたどり着く月子に職人を思わせた。隣に座る鳥越もその域に達していた。


「私ってダンジョンになる空き家がすぐ分かるんだよね」


 最初に行ったダンジョンも登校中に見つけ、帰りによろうと考えていたらしい。そこで、俺の話をたまたま聞いてしまったようだ。


「お金ならあるよって思ったらさ。動いちゃった」

「それのおかげでフラフラ出来ている」

「この金銭感覚はダメだとわかってるんだけどねー」


 やめらんないね。電車で足を上下に揺らしながら言う。何も返さないでいると、顔を上げ俺の顔を見てくる。座席は隣同士だから肩がぶつかりそうになっていた。


「要さんを貶めたでしょ」

「うん」

「否定すると思った」

「彼女の存在が鳥越をダメにするって考えた」

「自分勝手な判断をしてるね」


 電車は目的地に到着した。立ち上がって空いた扉から外に出る。今日の風は強いから、露出した手首の皮膚が冷たい。プラットホームを進み、鳥越の歩幅に合わせて歩いた。向かい来る人を避けながら、階段を降りていく。チケットを改札口に食わせ、外に出た。


「私が怒ってると思うの?」

「まあ、金が必要とか言ってたから」

「怒らないよ。いつか手を切らなきゃなーとか考えてたし」


 鳥越が反社会的勢力と受け止めていたのは予想外だ。いや、理解しつつ利用していると決めつけていた。俺の勘ぐり過ぎという結果だ。今回のキッカケは俺だったけど、いつかは己から離れていたかもしれない。ダンジョンからは抜け出せないとしても。


「でも、私のためにしたんだね」

「いや、俺のためでもあるかもしれない。俺は俺の気持ちを正確に捉えていない」

「難しい難しい」


 その時は彼女を見返したいという欲求が強かったから、純粋に心配していない。それを曲解され、喜ばれてしまった。真実を伝えたいけど、機嫌を害したくない。


「あ、見えてきたよ」


 俺たちは店を歩き回った。

 彼女の好きな雑貨屋を知り、知らないアーティストの描いた猫を愛おしそうに眺めている。SNSでその人の作品を見せてきたけど可愛い以外の感想が出てこなかった。鳥越は俺がいるからというより、自分が楽しめることを優先している。その方が自分にとって都合がいい。

 疲れた彼女と喫茶店に入る。昼飯だから人はいたけれど一分も並ばなかった。開店直後は三十分を覚悟する必要があったようだ。店内の雰囲気は駅の慌しさと切り離した静けさがある。メニュー表の横にクーポンを用意し、選んでいく。


「鳥越。俺はガッツリ食べていいか」

「そっか。なら、私も食べよ」


 腹も減ったしオムライスを注文し、彼女はパスタを食べることにした。彼女は水をひと舐めして、携帯を閉じる。


「そういえば、北野たちから連絡があった」

「え、何かな」

「お前らばかりずるいってさ」

「あはは」


 学校は俺たちを停学か自宅待機を言い渡す。だから、待機した方が賢明だ。でもしたくなかった。


「ねぇ、良。ちゃんと聞いていいかな」


 ずっと気になってるんだよねって、質問を促しても言い訳をした。満足したのか一呼吸置く。


「楓のことが好きなの?」


 鳥越の人差し指は水滴に付けた。自分のところにまで引き伸ばすから、透明な線ができる。


「しつこい」

「ちゃんと答えて」


 俺は楓のことが好きになっているのか。夢を応援したいけれど、目の前の女性とは感情の置きどころが友情にある。


「友人として好きだ」

「信じていいのかな」

「そうじゃないなら、お前と遊ばないんじゃないか」


 俺の性格を知っている。互いに自分のことしか興味がない。無関係な佐々木を見放したように、好きな人だけ擁護する。つまり、教室の行動が二人の心の答えだ。でも、俺は鳥越を好きと言えるのだろうか。決心は一貫性のものだと、復讐心の時に学習した。


「なら、何であんなに気に入ってたの」

「羨ましかった。たとえ俺が手に入らなかったものだとしても」

「楓のことが羨ましいって気持ちわかる」

「あれほどいい人はいない」

「そうそう。近づきたくて頑張ったな」


 イメージ変更は楓の横で恥ずかしくない人間になりたいから。


「だからおしゃれに目覚めたのか?」

「なんかその言われ方やだな」

「だって、高校の鳥越は知らないから」


 注文が来るから手を合わせる。話を続けようにも飯に集中した。無心で食べ続け、口元を拭う。


「ごちそうさま」

「良。はやいー」

「鳥越も食べるの早かったな」

「えな」


 鳥越えなのフルネームは覚えている。


「下の名前で呼んで」

「……」

「あっ、笑ってる!」

「笑ってない」

「ひどい! 楓のことは下の名前で呼んでるじゃん!」

「それはあいつが呼べって言ったからだ。えな」

「ふへへ、あ。そうなんだ。ふーん」


 俺は決め付けから解放され、えなは悩みが解決する。そんな日になりそうだ。

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