第28話
周りの街は平日と休日で違う顔を見せる。今日みたいな火曜の平日は老人か幼稚園からの笑い声しか聞こえない。それすらも消えてしまったら、死んだ匂いが復活すると思っている。
小学生の頃は足が覚えるぐらいに近隣を歩いた。その記憶を頼りに鳥越の家へ向かう。壊れかけたアパートの二階から降りて、街並みがテレビで紹介されるような住宅街を過ぎる。金融機関の広告がつけられた電柱を曲がれば指定の一軒家が目に入った。そこまで歩いてから携帯のカメラ機能を起動する。寝癖は跳ねているか、歯磨き粉が口についたままか、よし大丈夫だと口の中で確認する。
彼女の一軒家は外装を塗り替えたらしく新品のように輝いている。前だったら二回のベランダは雨のせいで剥げていた。横のインターホンに人差し指と中指の二つで押す。肘を張って力を入れないと答えてくれない。変わってないところに安心させられる。
「はいはい」と、中から声がした。「今出ます」
扉が開いて女性が登場した。黒染めした髪に娘と似た瞳。鳥越を老けさせたような母親が俺を睨んだあと、花が開いたように開眼する。
「あ、良ちゃん! 大きくなったねー」
サンダル姿のままで拳一個ぶんまで近づく。やばいと思ったらもう前と同じ対応してきた。
母さんは自分の息子みたいにベタベタ触ってくる。もう男性ですからとやめてくださいと両手を掴んで離した。寂しそうな顔をされても感情が動かない。
「あ、えなのことだよね」
「起きてます?」
「母さん! まだ開けないでって!」
空いた扉から鳥越の絶叫が聞こえた。バタバタと慌ただしい足音のあとに、モコモコした女子が現れる。鳥越えなが綿みたいなパジャマを着ていた。目やにのついた顔と、整えた俺が顔を合わせてしまう。次第にえなは顔を赤くして威嚇するように歯を出す。
「ぎゃー!」
「もー、うるさい娘ね」
「母さん!扉は閉めてって言ってるでしょ!」
彼女の家は台所やお手洗いとリビングを活用するために廊下を経由する。今の旦那さんは家族とはなるべく顔合わせした方がいいという方針で、そういう作りにしたとか言われたことがあった。それが真実なのか馬鹿にされたのか判明していない。
「もー、良の変態!」
「いやいや……」
この時間に迎えくると連絡した。俺は予定通りに動いている。
「私には準備があるの!」
そう言って入口を強く閉める。
学校から俺達は逃げた。先生は電話越しに説教してきたけれど話半分に聞く。母親には殴られたけど、前の方が痛かった。この傷は忘れないとして、鳥越と俺は駅前や地方都市のゲーセンで時間を潰す。防犯意識が高くて財布を携帯していたから、そのお陰でカバンに入れたままじゃなかった。その金でぬいぐるみを取ったり、カラオケで流行歌を教えてくれる。ダンジョンで稼いだ金を無駄遣いしていいのかと不安に駆られたが、大学資金は既に溜まっているからと自分に言い訳した。
彼女といたら自分の中にあるダムが簡単に崩れてしまう。
そして、今日は彼女と出かけることになった。学校に行くつもりはなかったし、誰も怒れない。
「ほんと、良くんといて楽しそうね」
鳥越の母親は照れを冗談で隠した。
「昨日は鞄を置かせてもらいすみません」
俺は頭を下げた。慌てて畏まらないでよ幼なじみじゃないと優しく包んだ。
「そりゃビックリしたけどね」
俺たちの鞄は楓と月子が届けてくれた。俺の鞄は敗れたルーズリーフが入っていて『泣かせるなよ』という文字が書かれていた。友達に感謝しか出てこない。人に迷惑ばかりかけていて、今日もかけるだろうから。
「良ー」
先ほどの焦りは隠し、鳥越は現れた。
彼女は前に購入した服を着ている。体のラインがすらっと出てる飾りのないデザインだ。上から羽織ったコートは学校では着ていないものになる。
「行こっか」
「気をつけていってらっしゃい」
「母さん。今日は遅れる」
今日は駅前に出来た喫茶店と小物雑貨を見ることになっている。喫茶店は東京から進出し、数日経過しているから空いていると考えた。小物雑貨は彼女の好きなデザインが期間限定で置かれているらしい。俺はそれに付き添いながらCDショップによるという流れだ。だから、電車に長く乗らないといけない。
二人はバス停で時間を待った。北野たちは勉強をしている時期だ。
「ほんとに出かけるんだね」
「そうだな」
「苦手な私と一緒にいて大丈夫?」
バスが俺らの前に停車し、座席は後ろが空いている。窓側に鳥越が行き、一人分あけて落ち着いた。
「誰かにヘラヘラして空気の読めないところとかは苦手かな」
「うっ、苦しいね」
「鳥越はそれだけじゃないだろ」
俺は通路側にいるから、膝を超えないと出られない。スカート履いた彼女は足を広げられないから、重い回答を聞かないといけなかった。
「鳥後は高校に行って変わった。置いていかれた気がして妬ましかった」
「そんなことない」
「そんなことなかった。鳥越はいいところも悪いところも変わってなかった」
もう後ろめたいところはなかった。リア充と楓と話せるし、心配する友人がいる。日常の流れに身を任せているだけになるが。
「ねえ、楽しい一日にしようね」
「それはそうだな」
バスは駅前に駐車した。
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