第25話

 授業内容は将来の進路についてだった。配られた紙に第三希望まで記入し、先生が紙と成績を元に三者面談する。と言っても三年生の四月から本格的に動くから、現状報告といった具合だ。俺の親は来る気配がないから、近くの親戚が担当することになるだろう。


「何で中間前にやるかな」

「浦賀くんは何を書くの?」


 席替えが起きて、隣に楓が来ることとなった。北野は俺たちよりも前の席だから、携帯を隠して触っているのが分かった。


「やっぱり東京?」

「あれ。覚えてるのか」

「いや、浦賀くんが言ってたじゃん」

「ほら、そこ喋るな」先生はふたりを指摘し、目線をプリントに戻す。


 俺は死んだ街に住みたくないから、東京へ進学か就職したいと考えている。そんな話を三日目にしたけれど、他人の些細な夢を覚えていたらしい。もう一度自分の中にある枯渇に頭を向ける。ダンジョンに行ってから思考が変わった。鳥越に振り回され、プライドが傷つけられた。回り道ばかりで彼女と対等に慣れた気がしない。この『東京』という文字が自分の中で薄らいでいることを知った。当時の行きたいと今は心境が異なる。前は後ろが岸壁に進むしかない切迫した心だったけど、今は行けるなら進みたいと学生特有の自信が芽生えていた。

 俺は満たされてしまったのか。


「浦賀くん」

「どうした」

「東京に行くなら、えなと離れ離れだね」

「あ、ああっ。そりゃそうだな、なんで忘れていたんだろう」

「文化祭は対等になるためとか言い訳してたけど、結局のところは自分から話しかけられたの?」


 話しかける暇がなかった。というのは言い訳で度胸がなかったわけだ。小学生の頃は無神経に話しかけられた。日々を重ねると覚えなくていい恥を知ってしまう。


「ちゃんと言わなきゃダメだよ」

「はい。その通りです」

「全く、世話が焼けるんだから」


 これがお母さんに説教される状況だろうか。楓はあえてそう振る舞うけれど叱られたことないからわからないし、そう感じる自分に抵抗があった。

 改めて紙に目を落とす。これからの未来が想像出来ないから、三つの枠でさえ人生の希薄さを物語る。

 鳥越と何を話せばいいのか、自分がわかっているくせに、わからないふりをする。もうその甘えを捨てる時期に差し掛かった。


「せんせぃ、遅刻した」


 教室の扉が開かれる。中に入ってきたのは体格の良い女性。


「月子?!」

「久しぶりだな」


 加藤は空いた席に鞄を置いた。



「浦賀の情報提供は助かった。事件は終わったけん」

「その報告に来たわけ?」


 3人は教室で昼飯の時間を潰していた。月子は相変わらず辛そうなパンを食べている。


「そうよ。要を潰すために忙しかったんよ」

「要って誰だ?」


 ダンジョン巡りしても要にはたどり着けていない様子。月子は彼の背景を悟ってか説明する。


「ある鉱石を裏で流しているブローカーだ。暴力団をバックに持ち商売している」

「俺たちに話しても大丈夫なわけ?」

「北野と浦賀は既に足を突っ込んでいるから、今一度危険性を知るべきだ」


 要は土地を練り歩いてダンジョンを作り出しているらしい。そこに住む学生を誘惑し、攻略した子供を雇用し裏で非合法に売りさばいている。彼女は自分の目で見えないから、攻略にたどり着けない。


「あの鉱石って何が含まれているんだ」

「傷やね。そこを話したら君たちに影響するけん無理」


 俺は鉱石を入手出来るから、使用方法を語りたくないわけだ。彼女は一貫して俺をダンジョンから遠ざけようとする。


「要はこの街を根城にした。だから、ダンジョンと街がリンクするようになっていた。でも、今回は彼女の巣を叩けた。逮捕には至らなかったが時間の問題やろうね」


 要にあったら気をつけりいね、と、空いた手で髪を後ろに流し人物を紹介する。それがあまりに芸人的で笑ってしまう。


「月子。ダンジョンはそこにあるだけで観測するのは変わらないだろ」

「うん。だから、佐々木くんや楓のような被害をなくせるってこと」

「えっと、そういうことを聞いてるんじゃなくて」

「ああ。前に説明したこと覚えている?」


 ダンジョンのあり方は二つあって、そこにある者と繋がるよう導くものだ。


「そこにあるものは空き家を潰すしかない。でも、佐々木くんと楓が行ったダンジョンは明らかに人工的なものなんよ」

「見分けがつくのか」

「ダンジョン自体が人を襲ってくるか否か。前者なら人工やね」


 友人はわかってないけど話題を流すために頷いた。引っ掛かりがあるのは俺だけだ。


「ほとんどのダンジョンは気付かずに奪われるか気付かない。徹底的に入り込まないよう警戒させるしかないけど、人手が足りない!」

「労働の闇だ」


 パンを食べおえ、クズとビニールをコンビニ袋に入れている。その作業で漏らすように囁いた。いや、その時じゃないと言えない話題だったのだろう。


「私も楓のことを負い目に感じていた。君を巻き込まない形で、全てを終わらせたかったんやけど。ほんとごめん」

「そう謝るなよ」

「あ、そうそう。加藤は進路相談の紙を出したか?」


 彼が重くなりそうな空気の改善に務めた。その努力に承知して乗っかる。


「あ、だしとらん」

「なら俺が渡しに行くよ。俺も出してなかったし」


 飯を終えて片付ける。

 俺は白紙の紙と彼女の記入を重ねて、教員室に向かった。

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