第26話
プリントを二枚持ちながら、後輩の二人と肩がぶつかる。謝罪を受けながら職員室に向かった。
「良じゃん」
靴箱に彼女がいた。校内靴を中に直し、ローファーを出そうとして固まっている。
「あ、ああっ。久しぶりだな」
「何かあったの?」
リア充と話しているように腫れ物を触るような態度だ。まるであの喧嘩を忘れてしまったように振る舞う。
「プリントを出し忘れた」
「良はオッチョコチョイだね」
「鳥越に言われたくない。小学生の頃なんか夏休みの宿題を借りてきただろ」
その事を言わないでよと、呟く。怒っているのかと警戒したが、右手でスカートを握るだけだった。
「ねぇ、良。聞きたいことあるんだけど」
すると、俺の後ろから人が降りてきた。肩が当たって俺を睨み、何事もないように友達との会話に戻っている。鳥越からも離れたら、彼女の顔は思いつめた色をなくした。
「良がクラスメイトに言い返した日を覚えてる?」
「それがどうした」
「あれ、私も参加してたんだ」
上目遣いで動向を探っている。謝らずに俺が次に何をするか見極めているようだ。
「参加してたんだ」
ダメ押しで二回告げた。それは鳥越から向けられた最初の敵意だと言えるが、試すような仕草が癇に障る。と言うか、俺が気付いていないのだから言う必要がない。
「そ、そうか」
彼女は唇をしたに下げて無表情になった。俺の戸惑いが繊細な心に触ったのだろうか。
「もういい」
振り返り外に出た。その背中に慰めをしようとしてやめる。また自分から話しかけていない。ここまできたら意地になる。
教員室に到着し、扉を三回だけ叩いた。横にスライドさせて、腹から失礼しますと声を出す。担任の姿は見当たらないから机に置いてもらうことに決め、近くの先生を呼び止めた。
「はいはい。提出物ね」
その男は紙を捕まえて中に目を通す。そしたら、小脇に抱え俺の担当だねと言う。
先生の顔は文化祭を担当した人だった。
「中谷先生」
「名前を忘れてないんだ。話が早いね」
二枚目のプリントを表にする。俺の白紙から目を離し、質問していいかと聞いてきた。
「先生を馬鹿にしてる?」
「えっ?」
「いや、天然ならもっと問題だけどさー」
入口から2人は離れ、中谷先生の机に立った。先生は座らずに机のプリントを横に押している。
「将来のことなんてどうでもいいと思ってる?」
「どうでもいいわけじゃないです。貧乏は嫌ですけど、かと言って夢があるわけじゃない」
この先生は生徒から嫌われていて、誰から話も受けていない。心を打ち明けていいかと値踏みし、自分の浅はかさを察知した。
「俺は街から出たいだけです」
「若いねー」
俺の渇望を若いというカテゴライズに押し付けた言葉だった。知らぬところから怒りの炎が上がる。その四文字で俺の心を語らないでほしい。
「就職にこだわってるのか」
「いえ、どちらでもいいです」
「なら勉強しなさい」
「なぜ?」
白紙の紙を俺に返した。名前だけの空欄は空っぽな俺を記している。
「勉強していれば、就職の幅が広がります。そして、楽で金が稼げるところにするといい。そこから、やりたいことができるならそれをするといい」
「やりたいことが見つからなくても?」
「やりたいことを見つけるわけじゃない。勝手にやりたくなるものの為、金を稼げばいい」
金さえあればなんでもできる。先生もは思えぬ発言だった。
「浦賀、夢を作らなくていい。言い訳を減らし、ただ歩くだけだ。金より大事なものは少ない」
「それでいいんですか」
「夢なんかなくても大人になったり、夢叶わずに大人になった者だっている。君が思うよりも幼い人間でいっぱいだ」
来週の月曜までに再提出となる。この空欄に金を稼げる大学か専門学校を記入しなければいけない。しかし、自分の努力に期待してはいけないから、歩ける歩幅の大学を探す。将来は面倒なものばかりで、大人が言うような『子供に戻りたい』が腑に落ちた。十年後の自分も高校に戻りたいと考えているのか。他人が見つける将来を思い描けなかった。
▽
昼休みの終了が告げられる。チャイムに急かされるよう教室へ滑り込む。自身の席について、鞄を開けプリントを乱暴に直した。
楓が慌てる俺に一言いう。
「再提出?」
「わかってて聞くなよ」
「にしし」
次に鳥越が最後に入ってくる。ちらりと俺の顔を見て俯いた。
「鳥越と話した」
「なんで怒ってるの」
「それは俺にもわからない。なんか、俺が言い返した日あったじゃん」
「あーうん。それで?」
「鳥越が言われた側と話してたって言うんだよ。謝る感じもないからそうなんだって」
「なんか、無関心に見えたのかも」
なんで私のことを見てくれないのって意味じゃないかな。冗談みたいなことを言うから笑いそうになるけれど、それは女子の真剣な顔で対応を間違えたら怒られる。
「アイツはよくわからん」
「私からみたら天然で大雑把だけど、浦賀くんは挙動不審で振り回し体質ってこと」
「一度はっきりして欲しい」
「それを本人にいいなよ。浦賀良くん、自分に正直になる時期じゃないかな」
前から机が倒れた音がする。二人でその方向を探ると、鳥越が立ち上がっていた。机の先が地面に落ちて足が震えている。
「なんで私にいうの!」
目線の先には男子がいた。また、横に女子もいる。あの人たちは俺を笑った人だ。
「ねぇ、何で!!」
鳥越は机を倒していた。
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