第24話
北野の地図はダンジョン探しに役立った。放課後は目当ての空き家に急いで到着し、鉱石を取り外しクリアする。また、一度攻略した空き家が復活するケースもあった。この異次元は常に俺たちの隣にあり、こちらが興味を向けるから扉が開くという話は真実だ。ダンジョンは空き家であれば存在し、背を丸めて世界を憎む子供たちを標的にした。ただそこにある。
この作業は自身の正義心を満たしてくれた。まるで自分が正しい存在だと肯定さえしそうだ。俺は子供だから敵を探している。ダンジョンの鉱石を叩くたびに自分の愚かさを自覚していく。
勉強もせずに何をしているのだろう。俺は結局自分のことしか見えていないじゃないか。
北野の地図にある右下の家を攻略し、分厚い雲の切れ目を探して気付いた。
「痛いなァ」
自分の復讐が心の中から抜け落ちていた。年月が楓や鳥越への執着を冷やす。幼いプライドは一日で点火して消化してしまう。その寒い風に吹かれて億劫になる。いたずらに時間を減らしすぎた。なにか取り返しのつかないものしか残っていない。ダンジョンはダンジョンで、手に入っていなかった。
楓の変化に自分は追い込まれ、要の焚き付けで走っている。その足場は誰かの声で破壊されるほど脆い。
自分に向けた復讐は終わりが見つからない。適当な理由を幸せと感じて結末に決めつける。俺はどこを終わりに決めるのか。
『納得するまで暴れたらいい』
友人の声を思い出した。彼の真意が自分の心を見つめ自覚させられる。
俺の納得は努力の末に虚しさを手にすることだ。
携帯を取り出して、月子の画面を表示する。電話番号を押して耳に当てた。コール音と腎臓の鼓動が一緒みたいで嗚咽する。分かっていたのにしなかった、自分本位な正義を振り回そうとした。
「もしもし」
『何かあったと』
頭から聞こえる偽善者の声と空気を吸い込んだ。最初から俺は正しい人間になれないと再定義させる。
「要のことを話したい」
説明を聞いてから考えていた。彼女の訓練に参加して隠れ家や手下を把握する。その後に月子に突き出すというシナリオだ。変化を目撃してから俺は敵を探した。都合よく要がいたのは不幸中の幸いだ。
『何を教えてくれんの?』
「驚かないのか」
『調べりゃわかる。でも、話すのを待っとった。むしろ聞かないまま仕事をするつもりだった』
月子に要を伝えるのは遅すぎる。彼女は明らかに危険因子だと分かっていたのに、一つの言葉や態度で弱者な俺は怯えてしまった。それに、大学資金のことも頭にある。
俺は自分のことしか見えていない人間だ。復讐の行方は自己否定で幕を閉じた。
▼
昨日のダンジョンは張り切りすぎた。右肩が重力に負けている。もう片方で支え、肉の悲鳴を感じ取った。
現在は教室で机に座っている。生徒はマフラーをまく人が増えた。
「おはよう」
「北野、おはよう。地図は助かった」
彼は鼻をすすりあくびを噛み殺した。
「憑き物が落ちた顔してんな」
「北野には迷惑かけたな」
「楓の後悔は消えた?」
「後悔はずっと心にある」
「そういう時は後悔とどう向き合えばいいか考えたらいい」
北野は恥ずかしがらずに話す。その言葉の厚みは彼の体験してきた冷遇を表した。
「外人のハーフだから色々言われんだよ」
今までは自分の話をしなかった。心を打ち明けたようで頬が緩みそうになり、必死に指で押す。
「そうそう。期末の対策をしてるか?」
「やべえ。全然してなかった」
「内申点に響くだろうが」
「北野が真面目なことを言うとは思わなかった」
「俺にこんな役回りをさせるな!」
「心配させて悪い」
「イイんだよ。陰口に言い返す面白いお前も見れたし」
今日は誰の陰口も聞こえてこない。変化前の楓は殻を破ったようなことを教えてくれたけど実感がない。目立つことよりも自分の手で失うことの方が怖かった。
「今度連れてけよ」
「俺ひとりで行く」
「何の話ー?」
マフラーで口元を隠し、ニット帽をかぶった楓がいた。教室の暖房で汗を落としそうな服装だ。
「浦賀が音楽ばっか聞いて勉強しねぇって話」
「余計なこと言うな」
「おもしろー。でも、仲間だね」
楓とは教室で挨拶したことあるけど、今日が久しぶりに会話した気分だ。
「私も勉強やばいー」
「いや、しろよ」
「アイタタ。頭が痛む」
「てめぇの怪我は前のことだろうが。浦賀も困るだろ」
「あ、ごめんね」
「別にいいよ。曲を聴いていたのは事実だし」
スマホに曲の画面を写した。AMAのライブに行きたいなと未来のことに思いを馳せる。
「浦賀くんって勉強できそうなのに頭悪いし、そういうバンド聞くの意外だなー」
「楓は聞かないの?」
「下の兄ちゃんが楽器してたなー。うちのところに飾られる」
「楽器やったら」
「うちが?! ないない」
手を横に振って、北野と楓が笑ってしまった。笑うところじゃなかったのに、俺しか知らない。夢は俺にしか教えていない。
「聞いてみる?」
「え、いいの?」
イヤホンを彼女に差し出した。躊躇なく耳に入れられる。馬場も惚れるわけだ。
「うん、いいね」
彼女の右指が微かに音を合わせようとしている。ギターの練習は頭じゃなくて指で覚えるもの。そういった言葉をAMAのインタビューで読んだ。
「楓、これは真面目に言うんだけど。楽器を触ったらいいじゃん。似合うと思う」
「いや、こんなリア充が楽器とかありきたり過ぎ」
「は?」楓は俺から目をそらした。「言ったな。私がうまくなったら奢ってね」
「やってみろよ」
俺の友人が不憫に思えたが、面白そうなので見守った。
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