第23話
昼休みはチャイムを待つまでの時間が暇だ。人通りの少ない校舎裏の階段で、北野と俺が地面に足を投げている。今日の朝は鳥肌が立つほど寒かったけど、昼は日差しの中だと心地いい。冷たい風を感じながら、ここに来るのも少なくなると感じた。
「佐々木のことを聞いただろ」
「うん」
「俺も責任は感じている、まあ何とかやる」
「学校には来てるのか」
「驚くなよ。馬場が面倒を見てるんだわ」
馬場は不真面目な佐々木に目をつけて、学校に来るように付きまとっている。取り巻きの人間も彼の青春に感化されていた。
「佐々木、かわいそ」
馬場で文化祭で言われたことを思い返す。
そういえば、俺の陰口は少なくなってきた。言い返せたけれど、場の空気を壊すから躊躇っていた。今は文化祭が終わったから落ち着いたかもしれない。でも、学生は屈辱を頭に刻み込み復讐を誓う人もいる。俺が目立ったから気に食わない人もいるだろう。
「お前さ、鳥越と喧嘩した?」
「してない」
「ずっと不機嫌で、皆からもっと疎まれてる」
楓は取り乱した鳥越でさえ引っ張ろうとしている。見放さない強さを持っていた。
「浦賀も変わったよな」
彼のスマホはゲームアプリを写し、小さな音量か耳に入る。ラッパの音がして、何かをクリアしたようだ。
「もう後悔したくないだけだ」
「無理してるように見えるけど」
よしっと叫びながら携帯を閉じた。俺は首を伸ばして、反転した北野の顔を探す。
「腹減ったな」北野は財布の金を見つめながら呟いた。ふとかの机に意識を向ける。
「加藤は学校が嫌になったのか」
「知らねぇけど、気分屋っぽいしありえる」
加藤は文化祭が終わってから学校に来ていない。先生は心配と言うだけで何かあった様子はなかった。電話はかかるけど来ない理由は言わせないようにする。煮えきらないまま俺は閉口した。
「ダンジョンのクリアが関係してるのかな」
「ダンジョンといえば、お前は一人で活躍してるらしいな」
俺だけ仲間はずれじゃねえかと言う。
この機会だからと俺はダンジョンの危険性を真摯に伝えた。
「え、弱い」
「何が弱い」
「インパクトが弱いっての。だって死なないし、右手が動かなくなるわけじゃねえだろ」
大切なものを奪われたところで、新しく作ればいいと彼は立派なことを口走る。頭に血が上ったけど、正しいと半分は思えた。好きなものは簡単に出来るのか。
まあ何かあるとは思ったけどねとあぐらを組んだ。
「鳥越とかどんどん変わっていったからな」
「北野、鳥越好きなのか?」
後者の裏で叫び声が上がる。それは悲鳴に似た否定だった。
「あんな面倒でお前しか見てない女嫌いだ」
「変化がわかるほど見てたわけだろ。北野と俺たちって高校からの付き合いだから、長くないのに知ったような口ぶりだから」
「バカか」
北野はポケットに全てをしまって足を真っ直ぐにする。尻の砂を手で払った。
「見てたってのはそういう意味じゃねえよ」
そう言うと、ブレザーのポケットから一枚の紙を取り出して俺の手前に押し付けた。受け取って丸められたティッシュのような切れ端を広げる。
その紙は丸印がついた地図だった。
「ダンジョンができると思われる箇所だ。俺はお前よりも早く存在を知っていた」
「は?!」
彼はダンジョンに強いあこがれを持っていた。窮屈な世界の息抜きとして、死に場所として攻略を目論んでいたらしい。そこに、鳥越が登場し攻略の爪痕を肌で感じる。そこから、変化を読み取ったようだ。
「どこでこんなものを」
「親父がコソコソ何かやってた。気になったから酔わせて問い詰めると、反社会組織に空き家と、その過去を情報共有したと言った」
「そんな簡単に話すのか?」
「親父は俺を無害で気に入られたいと考えているクズだからな」
北野は俺たちに遭遇した夜を語る。あの日もダンジョンを外側から観察しようと散策していたらしい。その道中でダンジョンから出ていく俺たちを発見したようだ。
「で、これをお前にやる」
紙が鉱石ぐらい重かった。飛ばないように指で強く挟む。
「いいのか?」
「納得するまで暴れたらいい。その組織に感づかれるなよ」
「悪いな」
それなら、佐々木と俺がダンジョンに行ったのも承知の上だったのか。
「あれはお前らにムカついたんだよ。佐々木で脅そうとか考えてたら、地図に乗ってないダンジョンが現れた。あんなの初めてだった」
昔の北野は俺を下に見て発言していた。でも、友達だから許している。
「俺が言う立場じゃねえのはわかってるけど、本当に無関心だな。怒りもしないなんて」
「怒っていいのか?」
「いや、勘弁してくれ」
追加の情報があったら教える。かの友人が頼もしく見えた。そのまま二人で教室に戻る。
▼
教室は生徒が既に集まっていた。俺を見て誰かが帰ってきたと1人の生徒が微笑んだ。その舐めた態度に俺は気付くものがある。
今の場面は侮辱されたわけだから、怒っていいのかという感情の置き方だった。
「浦賀?」
その生徒の前に立ち、目を合わせた。文化祭から目立つことに抵抗がなくなってきている。俺の何かの殻が破れた。この変化は正しいのかわからないけど、自分の何かが変わろうとしていて恐怖している。
「俺のこと?」
「ああ、いや……」
北野は俺の背後で猿のように笑っている。
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