第22話
俺はダンジョンで生き残るために訓練を始めた。基礎体力がなかったから、体育も積極的に取り組んで肉体改造する。付け焼き刃の気合いは長年の経験がある体育会系に弾かれた。それでもめげずに自分の体をいじめる。身体と心はもうやめてぇと悲鳴をあげたけど粘った。自分の意見を聞いてしまったら、後悔が頭を支配してしまうからだ。立ち止まるだけの努力ができなかった。要に乗せられた気がするけれど、俺はこれしかやれることがないと感じている。
彼女は俺に立ち回りを指導した。相手は付き人の男性が俺に稽古をつけてくれる。場所は借りた体育館や事務所の中で起きた。
彼女は俺を言葉で罵る。
『鳥越が危険にさらされていることぐらい、聞かなくてもわかってるだろ』
『……』
『お前は彼女に踏み込むのが怖かったんだろ。知らないから正義の顔ができた。それに、クラスでは目立ってるから正しい。そんな誤った思考も、この結果を招いている』
彼女の言うことは納得できた。いや、頭の中を覗かれて復唱されている気分だ。俺は背中を押されたようによろけながら彼女を追い越してやろうと努力していた。
身体が限界を迎えたら、彼女の言葉を思い出している。鳥越は振り回すのを迷惑になると言った。確かに言う通りだ。だけど、もう関わってしまった。
ある日、彼女は俺に提案をした。
「今からダンジョンに潜ってもらう」
訓練の終わる三十分前だった。太陽の日差しも届かなくなる時間帯だ。
「え、本当ですか」
「ダンジョンが観測された。そこに私達は行くことにする」
護衛は車を運転して持ってくる。俺は後部座席に座り、景色を見つめた。
「要さん。鳥越を大切に思ってます?」
「今の君に言ったところで媚びにしかならない」
「そうですね。俺は世界は悪人だらけって思いたくないから、そんなことを聞いたかもしれないです」
「満足できたか」
「これで憎めます」
三人を乗せた車は空き家に到着した。俺を先頭に降りて見上げる。
壁は錆びて茶色に変わっていて、屋根は木が生い茂っていた。自然と人工物が同居している。周囲の町並みと、この空き家にふと情景を思い出した。そして、一歩下がり周りの家と記憶の中の写真を同化させる。
「ここって虐待があった家ですよね」
よくわかったなと感心した声を出す。
「だからこそ人が来ない」
彼女はダンジョンをひとりで攻略するように命令してきた。要の瞳にはダンジョンが映らないらしい。以前は彼女こそ突入していたとか。
「分かりました」
「私が言ったことを覚えているか」
入口を前に復唱する。ダンジョンは鉱脈を見つけないといけない。それをくり抜けば超常現象は収まる。それまでは、障害を打ち合う必要はない。
「武器は出しておけ」
一人で扉を押して歩く。片手は支給されたカッターナイフを握っている。
ダンジョンは普通の家だった。階段が廊下の半分にあり、もう片方にリビングと台所に続く道がある。土足で家に上がり、下を汚した。
「なにか来る」
頭をしたに下げた。壁の横に大きな横穴が出来上がっている。あのまま歩いていたら潰された。俺は理不尽な暴力から避けるように歩いた。
一階乗ろうかをまっすぐ行くと、台所が顔を見せた。コンロ周りは水色のタイルが貼られている。そのタイルの周りに人形の黒い石が置かれていた。
それを眺めていたら心が痛みだす。透明な右手に上から抑えられているように重たい。早く帰りたいと心が騒ぎだす。あの黒石を見つめたら苦しむことになる。分かっていてもカッターナイフを差し込んだ。すると、手元はケーキをきるようにスルスルと刃が入る。中から光が漏れている。黒石の中央に鉱脈があった。中に入ると、身体の中が上に持ち上がって、足に感覚がなくなる。
くらい地下室に導かれていた。正面の鉱石に刀で丸く切り上げる。空いた手で捕まえると、ダンジョンが消えた。
「よくやった」
俺は入口に戻されていた。要は俺の片手から鉱石を取り上げる。
「金を渡してやる」
「要さん。鳥越にやめるよう言ってください」
「やだ」
彼女は一人でダンジョンを攻略してきた。俺はわかりつつも後ろからついている。情けない男になってしまった。
俺は文化祭が開け、クラスの空気が日常に馴染んでも、楓の被害が昨日のように思い出せる。
彼女が襲われて、俺が訓練を初めて数カ月がすぎた。
▼
冷えきった空に白い息を出した。縮こまるように制服の内側をこすり、自転車の鍵を開ける。
俺の身体は前よりも確かなものになった。叩かれてもぶれない軸がある。だとしても見せかけの機能だ。体育祭の人間には負ける。それに制服を着たら触らないとわからない。体育会系の身体は努力で完成していて、筋肉は簡単に作られないと理解している。
俺は鳥越と顔を合わさなくなった。登下校の時間は示し合わせたように別々にしている。
自転車を漕いで学校のもんをくぐる。駐輪場で鍵をかけた。
「おはよう」
北野も同じ時間に登校してきた。彼と一緒に道を歩く。
「最近、学校をねむそうにしてるよな」
彼は俺の変化に鋭かった。それでも、訓練のことを知られたくなくて答えていない。
「北野も眠そうだ」
「勉強してるからな」
今は冬に差し掛かり、進学を視野に入れる時期だ。彼はこの時期から勉強を始めている。
「浦賀も東京に行くんじゃなかったのか」
「そうだな」
「楓のことを気にしてるのか」
「……」
俺の親父を舐めるなよと、訓練のことやダンジョン攻略のことを全て語られた。
「もう楓のことは仕方ないんだ」
「俺のことなんて、俺が一番わからないよ」
鎖が足や身体に巻きついていて、身動きが取れていない。俺はなんでこんなことしているんだろうと思ってしまう。どこまで自分が大切なんだ。
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