第21話

 要は午後の5時に店名を指定した。俺の知っている場所だから一人で向かい、来店しておくことにする。

 俺は携帯を取り出して月子の画面を見た。彼女は既読すらつけず反応がない。楓が襲われてから返事がなかった。


「もう来ていたのか」


 黒い服に髪を後ろでまとめている。文化祭と変わらない決まった服装だった。


「何を注文する」

「要さん」

「焦るな。人から情報をもらうなら優位に立て」


 店員にコーヒーを頼んで、後ろの護衛を見た。彼らも空いた席に座って注文をする。その瞳と警戒心は俺から離していない。


「私も面倒なのに振り回されている。だから、事務所にいなかったことを許してくれ」

「ダンジョンのことを聞きたいんですが」


 そうかと言いながら珈琲のコップを受け取った。


「ダンジョンは子供を対象に可視化される。ダンジョンらは認識された子供から一つのものを抜き取る」


 前半は月子も言っていたことだ。確か、ダンジョンを引き寄せる人もいたと語っていた。


「有り体に言えば可能性を奪う」

「可能性?」

「夢があるものは夢を奪われ、人間関係を重視した者は信頼を失う」


 そんな馬鹿なという顔を見抜かれた。微笑みながらコーヒーを一口つけて話を続ける。


「ダンジョンが見える人間は心の空いた穴を代理品で塞ぐ人ばかりだ。その代理品を奪われ、心の開いたままで現実に直面することになる」

「何のためにそんなことが起きるんだ」

「ダンジョンが最初に見つかったときは無害だった。しかし、最近は心にあるものを奪う。未来はもっとひどいものを奪われるかもな」


 知っているのはそのぐらいらしく、彼女は俺が話し出すのを待っている。時計をしきりに気にすることから用事が入っているのかもしれない。しかし、俺の中で飲み込めていなかった。体の真ん中が氷で付けたように寒い。何かあると思っていた。


「それ、鳥越は知ってるんですか」

「鳥越が君に指導したと勘違いした。雇うなら危険性を語るべきだったな」


 この人は今日のように詰め寄らないと口を割らなかった。鳥越はダンジョンに魅入られて真相を言わないか、知らないで侵入している。


「鳥越は食われたことありますか」

「君が一番わかるだろ。前と何が変わった?」


 信じられなかった。要さんは俺の狼狽えに目横が盛り上がる。


「君は被害者のつもりか。二度目は自分の意思で入ったはずだ。それに、ここほど稼がせてもらえる場所はない」


 ダンジョン攻略は学生のアルバイトよりも稼げる。それを捨て去ることはできるのかと言われた。


「君は東京に行くという目標はある。けど、そこで何をしたいのか見いだせていない。どうせ、ここに居たくないだけで具体性なんてないんだろ」

「今日は人生相談に来ていません。肝心な話を逸らさないでください。鳥越をもう巻き込まないであげてください」


 自分の心にある暗闇が晴れた。俺は鳥越に巻き込まれて欲しくなかったのか。声に出して気がついた。

 口と考える頭しか使ってないから、体が暑くなる。


「鳥越がそれを望んでいるのか」

「彼女は金を稼げるから参加していると言ってます。でも、本当はダンジョンに依存しています。それを断ち切るために支給するのをやめてください」

「今まで無視してきたのに正義のヒーローか?」


 俺は何も言い返せなかった。感情で行動している。


「私は彼女の青春に協力している。それに、食われた彼女こそ、自身の望んだ姿かもしれない」

「何を言ってるんですか」

「可能性を奪われるからこそ、自分に期待しなくていい。それは楽な思考だ」

「そんなのデタラメだ!」

「鳥越の好きにさせてあげなさい。君の中にいる鳥越が今の鳥越と似てないとしても」


 空っぽの容器は汗をかいている。


「君は東京に行きたいらしいが、君の失敗はどこでもつきまとう」


 この人は俺の反応を堪能している。そのために説明したのかと思いだしてしまった。


「鳥越が君を気に入る理由をわかったよ。どうやら、出来損ないを見ると安心するらしいな」


 要は立ち上がり、机に両手を置いた。身体をぐんと俺に近づけ、耳に囁く。


「怖くなったなら関わるな。何かできるのに、しない人間が嫌いだ」


 そういうと立ち上がり、姿を消した。俺はその場に座り込み敗北という言葉がのしかかる。



 その日の夜。鳥越は俺をダンジョンに誘った。家の近くはまた群生している。


「壊れそうだね」


 鳥越は見るからに体調を戻して、普段通りダンジョンを攻略していた。

 そのエリアをすべて切り裂いて、鉱脈の麓までたどり着く。一段落した場所で俺は言った。


「鳥越はダンジョンの危険性を知っていたのか」


 その姿で俺を瞳で捕まえた。ダンジョンの静けさが今は恨めしい。


「楓のことは恨んでもいいよ」

「……」やはり、彼女は。


「……それとも、一緒にダンジョン行くのが嫌になった?」

「鳥越に頼みがある」

「ダンジョンはやめないよ」


 心を読まれていた。その鋭い顔つきに囚われたら金縛りのように口が動かなくなる。


「良の頼みでも私はやめないよ」

「だって、お前の大事なものがなくなるかもしれない」

「もうそんなのない」


 彼女なら聞いてくれると思っていた。それは俺の甘い考えだ。鳥越はダンジョンに拘っていて、邪魔した月子を毛嫌いしていた。心の最奥から惹かれている。


「やっぱり付きまとうのはダメだったね」

「俺は嫌だと言ってないだろ」

「言ってるよ」


 対話してるようでしていない。俺の言葉をあからさまに遮断していた。


「楓との間を邪魔してごめんね」

「それは見せかけだって言っただろ」

「そうだったね」


 鳥越は力任せに鉱脈ヘ手を突っ込む。隙間に指を差し込んだら体ごと引っ張って尻餅をついた。その鉱石を乱暴に鞄へ入れる。

 そこから俺のことなんて見ていなかった。結局、彼女は俺ではなく俺という受け皿を好いていたわけだ。だけど、俺が否定したから用済みになった。幼なじみなんて些細で壊れやすい関係なんだ。

 俺は要さんからの訓練を頼もうと決めた。遅いと言われるかもしれないが。

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