第20話

 月子は自分の口から食われたリスクを語らなかった。自分に責任を感じているのか、送り届けたら姿を消したからだ。

 その日から楓は病院へ入院した。転んだ彼女は頭をぶつけたことになっている。彼女自身から見舞いに来てほしいという連絡が入り、俺は品を購入して向かった。

 その病院は駅から近くて大きな病院だ。救急車がよく入っている印象がある。

 正面入口の受付を通り過ぎ、エレベーターを乗った。病院は温みある橙色の壁で、窓からの光が消毒液の匂いの緊張を軽くさせる。指定の病室に到着し、喉を鳴らした。


「楓。来たよ」

「え、早くない?!」


 ちょっと待っててと言われ、部屋を出た。人の集まる場所の椅子に座り、携帯を見つめる。携帯の利便性は侮れなかった。それを最近感じている。


「お待たせー」


 隣りに楓が立っていた。彼女の私服はショッピングモール以来に見た気がする。顔のメイクは患者だからか抑えられていた。


「そんなに顔を見ないで」

「悪い」


 俺はお菓子を手渡した。彼女はお世辞でもない喜びを見せる。紙袋を片手に、俺の前を過ぎて、隣に椅子を持ってきた。


「えへへ。来てくれたんだ」

「俺のせいだからな」

「何でそうなるの。勝手に転んだの私だし」

「いや、空き家で救えなかった」

「何の話?」


 首をかしげ、長い髪が瞳を隠す。何も覚えていない様子だ。そういえば鳥越はダンジョンを忘れる傾向にあると話していた。


「いや、何でもない」

「そっか」

「誰が見舞いに来た?」


 クラスメイトは文化祭が終わった翌日にも関わらず入ってきた。お疲れ様会来ないからだとか、学校をいつこれるんだとか、聞くだけで人間関係の分厚さを理解できる。


「来週は火曜だけど来れるか?」

「火曜は来れる」


 そして、かの馬場も見舞いに来たけど挨拶して帰ったらしい。


「中でも驚いたのは、えなだよ」


 鳥越は彼女のベットにしがみついて私のせいでと言いながら号泣したらしい。対応に困っていると人目に付きだし、彼女を落ち着かせた。見舞いの品ともう一度深い謝罪をして帰ったようだ。


「なんで責任を感じんだろね」

「鳥越の考えてることは分からない」

「そうかな。人のために優しくできる性格だよ」


 鳥越はいろんな顔を持っているけれど、それは俺も同じだ。彼女の鳥越と俺の鳥越は違う見え方をしている。俺の目は彼女を優しさよりも身勝手として捉えていた。


「それで、頭は大丈夫なのか」

「それバカにされてるみたいだね」


 頭に衝撃を与えられた。会話は通じるし、学校のことも覚えている。見る限り普通だった。だからこそ、月子の発言が引っかかる。


『ダンジョンに食われてしまった』


 彼女は何を食べられたのか聞けない。


「楓は病室が暇じゃないか」

「暇だからー、話しかけてくれたのが嬉しい」


 どうやら月子は来ていないらしい。北野は俺が引っ張ればついてくる。


「AMAのライブがあるんだよ」

「へー」


 いつもより食いつきが悪い。音楽だと話を聞いてきたのに。


「そのライブは申し込んだからいいとして、曲といえばオーディションはどうしたの」

「オーディション?」

「いや、楓が自作した曲をオーディションに応募するってやつ」

「え?」

「え?」


 太陽が雲に隠れたようで、彼女の顔に影が落ちる。


「オーディションなんて受けてないよ?」

「応募してなかったのか。自分は音楽をやっていきたいって言わなかったか?」

「私は音楽なんてやってないよ」


 隣の彼女は音楽は前のめりになって話す。それは夢を叶えるために追いかけているからであり、自分にはない情熱だった。その姿は眩しかったというのに。


「やってただろ」

「何の話?」


 背中にはドッキリ大成功のカードを隠しているような、そんな悪趣味な終わり方がよかった。これで彼女は記憶していないのか。


「……俺の記憶違いだったかも」


 その後はクラス後の席替えや鳥越と仲良くしなさいという話を言い合った。彼女が覚えていないのは夢の部分とダンジョンに行ったことだ。明確な違和感は俺を走らせるのに十分だった。

 面会が終わって、月子に連絡を送る。そして、北野に話しかけた。


『どうした?』


 友達の電話越しからゲーセンの騒がしさが漏れている。


「佐々木ってダンジョンに行ってから変わった?」

『なんだよ唐突に』

「できれば答えて」

『付き合いが悪くなった』

「それだけ?」

『鳥越に付きまとわなくなったし、俺とも話さなくなった。最近は学校にも行ってないってよ』

「明らかにダンジョンが原因だろ」

『月子はそう言っていた。これは直せるものじゃない。向き合うしかないってな』

「それで納得したのか?」

『お前はあいつのことなんてどうでもいいんだろ』

「わかった。ありがとう」


 俺は馬鹿だ。何もわかっていない。

 その街を走り抜ける。赤信号も無視して進む。要の事務所に向かった。階段を上がり、扉の前に立つ。しかし、そこは男性が一人だけいた。


「君は、鳥越の彼氏くんだね」


 そう言うと胸ポケットから端末を取り出した。俺を中に招くとそれを渡す。


「お嬢に繋がっている」


 俺は耳に当てて彼女の声を聞いた。


『なんの用事だ?』

「ダンジョンの本当のことを教えてほしい」

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