第18話
「えっ。二人ともなんで?」
顔を青くした馬場は俺と楓に目が行き交う。俺は隣の楓に顔を向ける。彼女は俺よりも身長が低いから首を下げた。
「あ、そうだったのか」
俺は肯定や否定もしない。そういう契約だからだ。
「う、うん、ごめんね。うん」
彼は出口の空いた動物のように遠くへ走った。その振り向かない姿勢は他の通行人と肩が接触する。相手が睨んでも駆け抜けた。
「悪いことした」
「し、しょうがないもん」
文化祭は最終日に突入した。商品も完売し、既に生徒から打ち上げの雰囲気が広まっている。地域の人たちも暇だから顔を出すといった具合だ。今日で鳥越と俺は委員の縛りから解き放たれる。馬場に勘違いさせるためのデートが最後の仕事だ。
今はそれも終わりを告げた。馬場は楓との関係を盛大に勘違いしたまま文化祭を終える。
「これでごっこは終わりだな」
俺はカップルのような距離を離した。女子に近づかれるのは精神的に参る。友達との距離に戻したがった。
「まだもうちょっといよう」
「まあいいけど」
二人で文化祭を見て回った。誤解を与えたから、すでに取り繕う必要もない。慣れない態度で緊張を隠さないでよかった。
鳥越は月子の診断を受けている。昨日は行動を共にしたから、警戒心は薄らいだようだ。
これで鳥越の安全が把握できる。わかっても、止められるかは別問題だ。
「ねえ、浦賀くん。この3日間どうだった?」
昨日遊んだことが思い出になっている。それ以外は文化祭の委員で走り回った。疲れたけど楽しかった。もうやらない。
「委員になったけど」
俺はポテトを片手に簡易な席へ座った。前にはコーラを持った楓がいる。ストローで中身を飲んだ。
「鳥越の事をしれなかった」
「話さなかったの?!」
仕事が忙しすぎて、連絡の共有しかしてない。それ以外はダンジョンに行きたいねと相槌のように繰り返すだけだ。
「ふたりはお互いのことを本当に理解してる?」
楓が言うに鳥越は俺のことを誇張して話すらしかった。それは初めて聞いたから、答えが浮かばない。
「浦賀くんは彼女と対等になりたいとか言うし、人はそこまで執着しないよ」
「俺はおかしいか?」
「鳥越さんのことを大切に思ってるんだよ」
羨ましいねってストローを歯で噛んだ。そして、俺のポテトを一つだけ抜いた。
「明日、ちゃんと話すんだよ?」
「世話になったな」
「ごっこ付き合いの報酬だね」
すると、ポケットから携帯が鳴る。俺は通知を表示し、名前を読む。
「加藤さんと連絡先交換してるんだ」
鳥越が検査途中で眠ってしまった。文化祭の過労によるものだから、明日に回すと報告してきた。彼女は保健室に運ばれて布団に寝かされている。
「見舞いに行こう」
「うん」
軽食をとったら二人で歩いた。保健室は本を読む月子と寝てる鳥越がいる。俺に気づいた月子は栞を挟んだ。
教員は寝不足だから休ませておくべきで、酷かったら病院に行ったほうがいいと教えた。
「デートをまたやると?」
「目的は果たせた」
「おつ」
しかし、楓は二人で行動するべきだと主張した。躊躇うのはついて行かない心だけで、傷つけるかもとうなずく。
「月子ちゃんは何を読んでたの?」
「じょう……、父さんが買ってくれた」
タイトルは平成2022年というものだ。東京の書店で奢られたものらしく、大切に再読していた。
「どんな話?」
「オリンピック似合わせて交通を整備する男の暴露テイストのドラマだ」
平成から今の時代になるまでを軽薄に皮肉りつつも、傍観者だった男性が恋をして当事者になる話らしい。2部は妻に先立たれ、子どもを育てる話だけど、男性だからひとりで育てなくちゃいけないという呪縛とも戦うらしい。
「面白そうだな」
「今度貸したげる」
「あっ、浦賀くんは東京に行くって言ってたけど大学を受けるの?」
「できたら受ける。ダメだったら東京で就職する」
「なんでそんなに行きたいの?」
ここは日常の教室じゃなくて、文化祭の保健室だ。何も恐れる必要がない。
「ここに居たくないから」
「あ。聞いちゃダメだった?」
「ここの働き口は噂が飛び交う場所だ。新しい土地で自分を試したい。それに、好きなバンドのライブもある」
自分を語るのは恥ずかしい。予想よりも熱弁してしまい、下を向く。これでは中身がない人間だと演説してるようなものだ。
「頑張ってね」と、楓が背中を押した。
彼女は自分も行こうかなとぼんやりと呟いて、俺の耳に届く。
▼
文化祭で大切な経験を得た。人に空っぽな夢を暴露することだ。人は俺を嘲ると決めつけていた。楓や月子は共感さえする。自分の話は身体が熱くなるけど、その若さを堪能した。
クラスメイトは自分の教室に集められる。唐揚げやクイズ大会は盛況だったと報告した。全クラス売上の1位も夢じゃないようだ。手短なHRが終わり、生徒は解散される。目立つ生徒はここぞとばかりに打ち上げを提案した。もう店も予約してるようだ。楓も誘われたが首を横に振る。
「楓は打ち上げいかないの?」
「だって鳥越帰ったもん」
彼らは俺と北野に声さえかけない。月子も塾があると嘘ついた。おそらくダンジョンのパトロールだ。
「じゃ、私たち帰るね」
楓は俺のカバンを勝手に背負う。その後ろを慌ててついていく。
外に出てバス停に並ぶ。同じような顔が並んでいた。
「楓は優しいな」
「私は卑怯なだけだよ」
「そうか。俺は優しいけどな」
「浦賀くんは変わったね」
「そうなのか?」
「だって、冗談をいうようになった。とても明るくなった」
そのままの浦賀君も好きかもと言ったけと聞こえないふりをした。
「変わってきてるのかもね。彼氏くん」
「帰るまで続くのか」
「またいつ遊べるかわかんないから」
その後ろ向きな発言は新鮮だった。疎い俺でも盛り上げたがったのはわかっている。
「ねえ、聞いて」
鞄から一枚のチラシをとって、胸に突きつけた。『新人ミュージシャン募集中』と大きな文字で書かれている。応募期間は既にすぎていた。
「実は曲を応募しちゃった」
「思い切りがあるな」
「それは君と話して、頭の中で整理つけたからだもん」
曲は前に聞かせてもらったもののブラッシュアップしたもの。まるで自分のことのようにこみ上げてきた。
「お前なら行ける」
「へへっ」
そうしてバスが止まった。二人は外に出て彼女を送る。
「楓も夢があって羨ましいよ」
「わかる。えなもちゃんと考えてるよね」
「え?」
「あ、何でもない」
鳥越は目標を見つけていたのか。また対等な立場から離れている。
「自分で聞きなよ」
「わかってる」
誰もいない商店街を歩く。彼女は俺の横で不意に笑った。
「今日は笑ったー。明日も頑張れる」
「ここまで話したのは久しぶりだった」
「それは私もだ……、うん?」
不意に、彼女の足が止まる。顔を上げ、周囲をキョロキョロとした。
「楓?」
家の方向から背を向ける。すると、駆け出した。
「おい、楓!」
その背中は空き家に吸い込まれ、俺も踏み入れる。
それが間違いだった。
黒い腕が空から垂れさがる。風船のように膨らんで、ある明るいものに向かっていた。その光はブラウン管のテレビ。俺たちよりも大きい。
ダンジョンに来てしまった。
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