第17話

「ブラックサンダー売っとる!」


 月子は怪獣のように大きくな口でブラックサンダーを包み込む。黒い粕が唇に付着した。


「子供かよ」


 そういう北野も声が高かったけど指摘しない。ふと空を見上げると太陽の日差しが強かった。


「晴天でよかった」

「昨日は曇りだったもんね」


 文化祭二日目。鳥越と楓が前列で、残りの三人は後ろで歩いていた。楓がパンフレットを片手に教室の中を歩き回る。文化祭の楽しみを絞り尽くすように真剣だった。今は教室の展示物や遊ぶ場所を通っている。さすがに彼女は顔が広いから、いろんなところに顔を出した。


「なあ、北野」

「何だよ」

「お前の元カノってアイツ?」

「バカ、お前やめろ」


 ふと目に入った人を指さす。その人は北野が1年の頃に連れ添っていた。恋愛に目ざとい楓は勢いよく振り返る。


「え、北野くんって彼女いたの?!」

「広まってねえんか」


 彼は強気の仮面を外してしまった。素朴な彼は自分を晒そうとしない。隣の鳥越は彼女の態度に困惑している。

 彼は喧嘩別れじゃないからいいかと説明した。


「よくある話だ。高校生になったから彼女が欲しいって思ったわけ。まあ、上手くいかねえよな。最後は箸の持ち方でイライラしたし」


 ブラックサンダーを食べ終えた月子が一言いう。


「北野は若いな」

「お前は何かないの」

「私はなか」


 そこから教室のクイズ大会に足を運んだ。人は大幅に押し寄せており、子どもが楽しそうにクイズを受けていた。どうやら、クラスのクイズ大会は対象を地域の子供に絞ったようだ。


「問題です。昨日の◎〇って番組で~とありましたが、〜はなんと言ったでしょう!」


 クイズは臨機応変に笑いへ変えたり、日曜朝の特撮を取り上げている。担当の生徒はクイズの出題に夢中で、俺たちに目を向けない。


「出てみる」月子の目は子供の潤いと似ていた。


 列に並ぶため、俺たちは後ろの方で席につく。隣の親子連れは頑張れって子供に言っていた。


「この地域って子供は多かったんだな」

「市が空き家を改造して子供を受け入れられる施設を作ったりしてるからな」


 市は空き家の再利用を始めている。法律の取り決めを駆使して終わった街をやり直すつもりか。


「空き家は無くなっちゃうの?」


 鳥越は初めて声を出した。今まで物置だったから口に出されてたじろぐ。そして、北野は頷いた。寂しそうな顔で自分のつま先を見ている。


「わかった。イチゴだ!」

「加藤さん不正解~」


 クラス内で笑いが起きた。彼女は不服そうに手を戻している。俺らは会話を中断して、彼女の勇姿を見守った。きっと彼女は目立ってしまうという段階を乗り越えている。それを実感させられた。

 優勝は一番左の男子になった。賞金としてお菓子を渡される。皆の拍手が起きて、2度目のクイズ大会は終了する。


「月子、ガチだったな」

「今度は負けん」

「とりあえずご飯にしない?」


 出店を冷やかした。

 月子は飯に金を使い込みすぎて、腹の虫を騒がせる。まるで子供みたいだねと楓は金を貸してあげた。ふたりは前から知り合ったように波長があっている。


 文化祭は学校生活の非日常だ。授業態度よりも知らない一面を引き出すことがある。

 楓は北野に弄られて分かったように怒り、鳥越は天然を存分に振舞った。月子は辛い食事が好きで、唐辛子の容器を常備していたのは目を剥いた。北野と彼らは打ち解けている。


「うわ、浦賀だ」


 俺もその輪に溶け込めた。


「浦賀良、楽しか?」


 口にマヨネーズがついていて、ティッシュで油を拭っている。その天真爛漫さに心が焼かれそうだ。


「楽しいよ」


 これは素直な感想だ。


「私も、ここに来てよかったと思っとる」

「楓に感謝だな」

「やけん、必ず要を見つける」


 昨日のやり取りを思い出した。彼女は俺たちをダンジョンに戻そうとしている。危険はないと鳥越は揺らがない。それでも俺は怪しんでいるから、性格の悪い人間だ。


「見つかるといいな」


 俺は腰抜けだ。要の背中にある虎のような凶暴性に萎縮してしまった。鳥越の身が危険だとか、逃れる言い訳を頭で用意している。

 そんな俺の思いを無視して、彼女は皆のところに戻った。


「ねー、良」


 後ろで歩いていた。鳥越が速度を落として接近してくる。


「鳥越、つまらないのか」

「うーん。皆といるから楽しいよ」

「ならいいけど」

「文化祭の委員って私がいるから立候補したの?」

「……」

「ダンジョン。全然いけなかったね」


 もう行かなくていいんじゃないか。


「あ、そうそう。明日って楓とでーとするんでしょ?」

「それは」

「わかってる。ちゃんと聞いたから」


 わかってるならそんな顔をしない。深い爪で胸を刺されたような痛みはなんだ。心が苦しいから顔を下にした。

 楓より太い足。靴下はすらっとした印象を残す。そのスカートは膝上にあった。


「割と平気なんだね」

「文化祭の用意は疲れたな」

「え? ああ、うん。その話」


 文化祭の許可書とか通りにくかったや先生の偉そうな見方が好きじゃないと、二人で高校生を演じた。まるで聞いたような愚痴と笑顔。

 なにか遠いところにいて、声が届いていない。そんなことを考えながら、二日目は終わる。

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