第13話
生徒は誰も指図を受けないから騒いでいた。時間は放課後を示し、太陽が山の間に隠れようとする。担任は空いた椅子に座って、俺たちふたりを見守っていた。
文化祭の委員は出し物の決め事で前にいる。時間は無駄にすぎていた。
「えっと……」
あの鳥越は前方の男性でさえ困っている。クラスは騒いでもいいという空気に飲み込まれた。手のつけられない獣のように操作が効かない。鳥越はクラスの中心と繋がりがある。その繋がりで真面目を伝染させられるはずだ。しかし、彼女は誰にも助けを求めていない。
「良。決められないね」
俺は頷いた。確かに、二人の世界に入った方が傷つかないし安全だ。
出し物を今日の放課後までに決めないといけない。これは足枷をされたようなもので、皆は気乗りしない。
「ダンジョン、行けるかな」
「昨日行っただろ……」
彼女は稼いだ金で豪遊をしていた。ゲーセンでぬいぐるみを取り、その足でデパート行きのバスに乗る。紙袋を抱えきれないほど服を購入した。他の客は二人の行動に目を丸くする。大人たちが常識と鳥越の金で揺れるのは愉快だった。
「昨日は楽しかったね!」
「いつも使ってんのか」
首を横に振った。
「じゃあ、いつもどうしてるの」
「オシャレ」
「使ってんじゃん」
「いや、余るもんだよ」
俺はダンジョンを薄暗く胸焼けする箇所だと捉えているが、彼女は俺との関係を取り持ち救済されるところだと気に入っている。思考は理解できていない。でも、一番は何物にも代えられないのだろう。
「てかさ、出し物決めるんだよね?」
クラスの中央前。視線はそこに集められた。
楓は頬杖をつきながら爪をいじっている。周りの好奇なんて跳ね返していた。
「ほかのクラスは何を決めてるわけ?」
「噂では喫茶店とかお化け屋敷かなー」
「エナ。やっぱ被りたくないよねー」
チョークを持って黒板に向かった。既に書かれた横書きの出し物候補。近くに丸を付け、提案を待った。
「北野は何かないわけ?」
珍しい提案だった。仲良しの男子に繋げて輪となって盛り上がる。普段と調子が違うから戸惑っていた。
「メイド喫茶」
場の空気は白け、北野は愉快そうに白い歯を見せる。平気で輪を乱せるから、誤解されるというのに懲りない。
「それ以外で、みんなないの?」
騒がしい空気は穴の空いた風船のように萎んだ。生徒は提案をしていき、黒板に候補を増やした。それを鳥越は破ったルーズリーフに名前を書く。一本の線にしたらテッシュの空き箱に入れ、引き抜いた。
「出し物は唐揚げに決定」
「ええーっ」
ある女子が口を尖らせて足をばたつかせる。昨日のおもちゃ屋も似た子供がいた。それでも、楓は強固とした姿勢を崩さない。何か急いているようだ。
「もう決まったことだから仕方ないじゃん」
「そーだけどさ……」
そうして出し物は決定した。俺は感謝の言葉を口にしない代わりに、目で頷く。楓はやっとこっちを見て携帯の暗い画面を叩いた。
『放課後、時間ある?』
▼
「良くん、文化祭は一緒に回ってくれない?」
「何かあったの」
彼女は馬場という男子から行為を向けられているから、それを断るためについてきてほしいと言う。
「モテモテだね」
「うるさい」
彼女は浮ついた目線で理解したようだ。馬場は野球部で活躍している人の名前。分け隔てなく人と接するから、皆から好かれていた。俺も会話したことある。その人柄を北野は気色悪いと一蹴した。
男子や女子と囲まれている光景をよく見かける。
「付き合えばいいじゃん」
「好きじゃないのに付き合わないって」
前に楓は幼馴染みから告白されて、返事を出さずとも疎遠になった。曖昧な気持ちで一歩を踏み出したくないのだろう。なら、断れば話は終わる。
「彼は良い人だけど、周りの人が傷つけたとか言ってくるかも」
どうやら身の上話を包み隠さず話すらしい。彼女が断ったとなれば波紋を広げてしまう。運動神経は抜群だけど気が利かない男性か。そんな彼に面倒なファンがついているようだ。
「ああ、ぼんやりとした彼を支えてあげなくちゃってやつか」
「だから、文化祭で浦賀くんと回ることを周りに見せつける。そうしたら、彼も察してくれるはず」
告白される前に先手を打つ。その作戦は、「回りくどい」ものだった。
「だって思いつかないんだもん」
「だもんって……」そういえば楓の周りには男子がいた。「俺に頼まなくてよくないか」
楓は携帯を思い出したように閉まって、ポケットに手を突っ込む。
「だって、浦賀くんはエナエナが好きだから安心するもん。委員だって一緒だし」
「好きじゃない」
「うそつきー」
「俺は彼女と対等になりたいだけだ」
現状は鳥越の背中を追いかけている。足に力を込めて隣に立ちたいだけだ。そこに好きという恋愛感情はない。
「道のりは遠そうだね」
それよりも、と彼女は音楽プレイヤーを抜き出した。渡してきたイヤホンは俺の耳に入れるよう命令する。
「曲、作ってみた」
耳にイヤホンを入れる。再生された曲は爆音で目を瞑った。
「ごめん。私って耳悪くて」
「い、いいよ別に」
彼女の曲を俺は聞いた。その声は荒々しくギターは焦るように走っている。なくしたものを探し回るような歌詞は若い心を刺激した。初期衝動という言葉が似合う。
「どう?」
早口でまだ一番しか完成していないと言い、イヤホンをすぐ巻き取る。俺は素直に感想を告げる。
「ロックだね」
「へっ、でしょ」
文化祭は三日間あるから、協力は1日だけに決めた。これは言われて作った理由だけど、俺は鳥越が好きではないと証明しないといけない。だから、この約束は周りに見せつけるにもってこいだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます