第12話

「今回の文化祭を担当する中谷です。もともとの私は三年生を担当しているから、顔だけ見たことあるかな。一緒に文化祭を盛り上げましょう」


 高身長で寝癖のひどい髪。肌は白く、まくられた袖から濃い腕毛が見える。女子の人気が低い先生だ。彼は女子の鬱陶しい目線を知らないふりで話を生徒会長に戻す。


「今日は顔合わせだから、これで解散です。各自、プリントの注意事項を生徒に聞かせるようにお願いします。その範囲で出し物か売り物を選ぶようにしてください」


 文化祭の委員は狭い教室に集められた。隣の鳥越と肩があたる。二度目まで謝ったが、その後はお互い遠慮しなくなった。

 最初の会議は文化祭の委員と顔合わせすることと、注意事項の乗ったプリントを配ることだ。委員の顔は様々にいる。面倒を押し付けられた生徒はふて寝し、文化祭を盛り上げようと下級生が真剣に話を聞いていた。

 文化祭は3日間行われる。他校の生徒や近隣住民と親族など自由に呼べる仕組みだ。体育館で出し物は許されている。毎年、軽音部が演奏するようだ。


「てかさ、鳥越が委員するんだ」

「そーだよ。足引っ張らないでね」


 隣の男子と彼女は面識があるようだ。親しみのある会話が横でしている。


「よく言うね。私こそ鳥越が委員で心配なんだけどー」

「ちょっとどういうことー?」


 彼女と楓は周囲を自分色に染める。そこに他人のような冷たさがあっても、彼女らが話すだけで遠くから何の話と参加されそうな雰囲気になっていく。文化祭の準備でも彼女は自分の言葉を出して、それを受け入れられていた。彼女は昔と違って振る舞い方を身につけている。


「ねぇ、鳥越ってなんで浦賀さんと組んでるの?」

「え、何で?」

「あっ、いや……」


 俺はその中で帰りたいと考えている。青春は文化祭を特別視しているけれど、自分がその中にとけこめるイメージが掴めない。後ろの方で飽きたふりするのが精一杯だ。


「なんちゃって」

「なんだよー。ビックリするー」

「それじゃ、今日は会議を終わります」


 ▼


 彼女は扉の前に背をつけ携帯を弄っていた。家の鍵をポケットから出しながら、面倒だとため息を出す。


「家に来るなって言ったろ」


 叩かれたように背中を離した。俺の声に反応して身体を向ける。


「わ、忘れてた」

「まあいいよ。何かあったのか」


 カバンを肩から下ろし、片手にぶら下げる。鍵を回して家の扉を開けた。木の扉は苦しそうに軋み玄関を広げる。ダンボールの上に荷物を乗せ、家を閉めた。


「入らないの?」

「散らかってるから」


 台所はコンビニ弁当のゴミ袋にあり、捨てられた菓子と新聞がリビングに散乱している。俺の部屋は親いわく匂うらしいから誰もいれない。


「ダンジョンに行かない?」

「加藤が邪魔するだろ」

「私たちのところまでこないよ。来るまでに終わらせればいいって」


 二人は自転車に乗らず徒歩だった。杖をつく老人か茶髪に染めたシングルマザーがすれ違う。未知は煙が降りてきていて、この近くで誰かが野焼きしていた。


「なんで委員になったの?」


 俺はえっと大声で聞き返す。分かっていたけど聞こえていないふりをした。それから相手しなくなる。

 周囲は市営住宅が立ち並ぶ。橙色のマンションが数字を頭につけ行儀よく一列になっていた。


「まさか、マンションがダンジョンになるのか?」

「当たり」


 子供の遊び声が公園からする。誰かカレーを作っているようで匂いがした。温もりのある人の息遣いが肌に障る。俺は市営住宅を嫌いになりそうだった。

 彼女は空きっぱなしの市営住宅に進む。そこは誰でも出入りできて、簡単に部外者が侵入できた。鳥越はエレベーターを呼び、中に入って5階を押す。


「あ、ごめん。ちょっと待って」


 高齢者が手押し車にビニール袋の袋をぶら下げて乗ろうとした。鳥越はボタンと扉を手で押さえる。俺は乗ってこれるスペースを確保させた。


「ありがとうね。お嬢さん」

「いえいえ」


 外面の顔をする。


「お婆さん、何階?」

「7階よ。ありがとう」

「いえいえ」

「私の息子を思い出すわ」

「息子さんいたんですか」

「手のかかる子だったの。叱っても言うこと聞かないんだもん」

「今は独り立ちされてるんですね」

「まあ当然よね。親にもう迷惑かけられないって思ったのかも」

「そう、ですか」


 俺は咳払いをして五階を知らせた。鳥越が自分の世界に入るのを止める。高齢者はお礼をまた言って出ていった。困ったように眉を下げ、俺に何か言わせようとしている。


「鳥越。お前のことじゃない」

「うん」


 7階の手前が目的地だった。

 扉は鍵をかけられておらず半開きだ。ダンジョンと似た冷たい風が足元を撫でるようにすぎる。


「まだ怖いの?」

「怖くねえよ!」


 いい加減なれたらいいのに、彼女は自身の肩を揺すり口を抑える。


「良は約束を覚えている?」

「どの約束? 確か、小さな頃いっぱいしただろ」

「私が良を守ってあげるって約束」


 子供がエレベーターから降りてくる。高校生のふたりに舌打ちして足の間を避けていく。


『私が良を守ってあげる』


 彼女の言葉が子供の頃で再生された。そんな約束いつしたのかわからないって顔してやったけど、鳥越は嘘を見破るだろう。

 守ってあげるなんて俺が言い出したんだ。俺の記憶が正しい。

 迷いながらダンジョンに一歩踏み出す。

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