第11話
月曜になり席についた。北野は相変わらず俺のところに絡みに来た。見下した物言いはやめたけど、それはダンジョンに行きたい打算的な態度だ。それを知ってるから邪険に扱い、互いの距離感を構築させている。割と良好と言えた。
「おはよー」
しかし、鳥越だけは掴めていない。
「今日は母さんに送ってもらった」
今日の鳥越は自転車で登校していない。つまり、ダンジョンに行かないということだ。加藤の出現で諦めたのか、聞き出す勇気がない。ともかく、加藤との喧嘩は諦めてほしい。楓も俺に質問してきたほどに広まっている。彼女は自身の影響力を自覚していない。
『自分から話しかけてみたら?』
「……」
「良。どうしたの?」
「鳥越は浦賀が好きだな」
男子は女子に話しかけられると好意を持たれていると勘違いする。北野は説得力のある発言をした。
「うん。好きだよ」
「えっ」
心臓が高鳴り出した。胸に熱湯をかけられたように熱い。収まりそうにない震えは呼吸を荒くさせる。
場が凍りついた。彼女はまるで天気の話をするように当然と話してくる。俺たちは彼女の中にある常識と結びつかなかった。いつも突拍子がない。
「その好きって恋愛的な意味?」
すると、楓が俺達の横に入り込んでくる。鳥越と楓は仲が良いから嫌な顔をしていない。
「いや、違うよ。人として好きなんだ」
「そうだったんだ」
鳥越は指で鼻の先をかく。
「あれ。楓って良と知り合い?」
彼女は目線を俺に送ってくる。そのあと、鳥越に顔を戻した。
「土曜日に会ったんだ」
「買い物なら誘ってよー!」
女子高生の雰囲気が作られる。鳥越はお決まりの皮を被り、グループの役割を演じた。遠巻きに見ていた光景が行われている。そこに自分を置けなかった。
「会わない方が良かったかも。浦賀くんエロ本買ってたし」
「買ってない!」
とんでもないこと言い出した。楓は教室での価値をもっと下げるつもりか。
鳥越は汚物を見る目で捉えている。付き合いは俺の方が長いのに信じていない。
「俺はCDを買ったんだよ!」
「あれ。CDとか買うの?」
「そう。浦賀はAMAって変わったバンド好きなんだよ」
「さすが北野くん。親友のことは詳しいね」
楓はいけしゃあしゃあと答える。それに対して、鳥越は口を紡いだ。
「そんなこと知らなかった」
あのバンドは中学生の頃から好きになった。その頃には鳥越と疎遠になっている。
「まあ、話さなくなって聞き出したし」
「聞かせてよ」
「えっ」
「ダメなの?」
人に聞かせるのは抵抗がある。曲をわかってもらえなかったら終わりだ。このバンドは心を歌っているから、否定されたら俺も指さされているのと同じ。
「聞かせてよ!」
「分かったって」
ポケットからスマホを取り出した。曲のアプリを開いて、入れた曲に移動する。イヤホンを繋ぎ、片方を手渡した。
鳥越は茶色の艶やかな髪を耳の後ろへ移動させる。滑らかな動作後に、イヤホンが耳に入った。
俺も装着し、曲を再生する。
「おお、いいね」
「本当?」
「詳しいことはわかんないけど、好き」
顔が近い。鳥越はこんな女性の顔付きになっていたのか。鼻水のついていた時と違う。昔の話は怒るだろうか。約束も覚えてるかな。
そう、彼女は怖い存在じゃないはずだ。何を怯える必要がある。近づけば普通の女性じゃないか。昔のヘラヘラした鳥越がチラついて、苦手が抜けてくれない。けれど、もっと話したかった。この話したい気持ちは外見が変わってから感じたものなのか。それだと彼女を対等に評価したことにならない。
「ありがとう」
曲の再生は終わる。俺はイヤホンを受け取って、スマホはポケットに直す。イヤホンはカバンを開けて、教科書の隙間に投げた。
「鳥越みたいなやつも聞くなら、俺も聞くしかねぇ」
「北野さんは低俗なので理解できないです」
「低俗じゃねぇ」
「人を馬鹿にすることしかできない。北野さんは低俗」
「天然ちゃんに言われてもなあ」
「あ、でもえなえなは天然だよね」
「ええっ!?」
俺を抜いて三人で盛り上がっている。俺から鳥越へ話しかけられない。時間だけが過ぎていく。
「おーい。ホームルーム始めるから席につけ」
担任が教室の扉から入ってくる。生徒たちは渋々席について、今日の報告を受け流した。その後、担任は一つ申し出をしてくる。
「文化祭の委員はこのクラスだけ決まっていないらしい。早く決めてくれ」
担任は状況を大きく伝え、生徒を焦らせる性格をしている。後がないと告げ、場を急がせたい先生だ。
クラスの目立つ人間が手を上げる。
「ねぇ、今の日直がしたら?」
黒板の日直係は鳥越と他の男子だ。すると、ポケットが震えラインの通知を知らせる。椅子を引き、机の引き出しに携帯をすべらせ、表示した。
『浦賀くん。いいの?』
楓からの連絡だった。
『何が?』
『今日も鳥越に話しかけてないでしょ』
俺の返事を待たずに続きを打ってきた。
『話すタイミングが減っちゃうよ』
俺はなぜ躍起になっているんだろう。彼女が話しかけてくるようになった。彼女は目立つ人間だから、周りの目が心臓に悪い。その対処法として、鳥越に自分から話しかける。
『もっと話したそうな顔してたくせに』
「先生」
俺は手を挙げて、わざわざ席を立つ。クラスの注目が俺に集まっている。朝の空気がぬるくなった。
「俺に委員やらせてください」
「え、浦賀がやるのか?」
担任は目を丸くして、生徒のざわつきを大きくなる。
鳥越はどう感じた。真っ先に彼女を追う。
鳥越は嬉しそうに両手で口元を抑えている。これは正解だろうか。
「お前に出来るのか?」
「ま、まあ。やります」
「鳥越はいいか」
「はい。嬉しいです」
「嬉しい?」
「じゃなくて。やります」
かくして、ふたりは文化祭の委員になった。
「決まったことだしホームルーム終わり。ふたりは放課後に生徒会室へ行くように」
俺と鳥越は文化祭の委員になった。今日から文化祭委員を集めた会議を行うようだ。
大人しく席につき、机に顔を伏せた。教室の騒ぎがすべて俺の非難に聞こえてくる。考え過ぎでも、自分がどう見られているのか、余計気にしてしまう。
担任は俺たちの様子を伺いつつ教室を出た。
ラインには思い切ったことをやるねと書かれていた。
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