第10話
あれから鳥越と月子がいがみ合う。鳥越は自身の領域を侵されて憤慨し、月子は彼女の危うさを業務的な視点でにらみを利かせている。鳥越から月子と付き合うなと言われ、月子は鳥越が危険だから気をつけろと言い残す。心身共に疲弊した学校は終わり、今日は休日だ。
俺は中古CDショップの中で、好きなバンドのアルバムと向かい合っていた。今日は好きなバンドが新しい曲を発売する日。ファンとして購入しておきたかった。
「あった。田舎でもCDを揃えている」
俺はAMというバンドが好きで、その曲を聴くのが唯一の娯楽だった。始めは在宅ミュージシャンとして動画でアップしていたが、アニメと音楽を合わせた二次創作『MAD』で使用されてから徐々に知名度を確立している。俺も動画配信サービスで曲を聴き、心の底から惚れ込んだ。他のバンドを聴くときもあるけれど、AMにいつも戻ってきている。今回のCDはアニメジャンルとして売り出されていた。早くCDをセットして曲を聴きたい。
支払いのレジに並び、ジャケット写真をみる。ブラウン管テレビが中央に置かれ、黒い大人の手が上から押さえつけている。
「あれ、浦賀だ」
肩を叩かれて振り返る。後ろに並び、俺を呼んだのは女子だ。髪は明るく、前髪を右に流している。彼女と面識はない。
「悪い。どこかで会ったことあるか」
「あー、メイクで分かんないかっ」
右手を後ろに回して、ポニーテールを作った。それで、記憶の何かに一致しそうになる。輪郭がつかめていない。
俺の考えが顔に出ていたようだ。彼女は観念したように自己紹介する。
「私は白河楓っての」
「ああっ、よく目立つ人間か」
彼女はクラスの中心人物だ。周りの生徒や先生は冗談に笑って温かい雰囲気作りができる女子だ。今は休日だから、どこか街中で遊んでそうな風貌だ。
「俺のことを覚えているのか」
「そりゃ、えなえなが話してるもん」
「えなえな?」
「鳥越えなちゃんのこと」
えなえなと、彼女は言った。クラスでもあだ名で呼ぶのは一人だけ。楓のイメージがわき水のようにせり上がる。
楓は鳥越と一緒に居る友人になる。その間柄は高校で知り合ったと思えないほどの親密ぶりだ。移動教室やお手洗いは一緒に行動している。周りから同性愛者じゃないかと囁かれていた。俺は鳥越の内面を理解しているつもりだから、その誤解は受け止めなかった。しかし、高校にあって外見は楓に近い。彼女が同性好きならば、応援しようと考えている。
「ああ。よく仲が良い人か」
そこで、レジが空いた。
「入り口で待ってんね」
彼女は前を指さしながら、後で話そうと提案する。断るタイミングを失って、財布を出す羽目になった。
▼
田舎のショッピングモールは来る人が決まっている。暇をもてあます若い人々と、ベビーカーを押す母親だ。開店当初は何もかも輝いており、夫婦や大人たちが店を出入りしていた。しかし、今になれば煤けている。汚れているわけではないが、見飽きたという感情が大きな建物にひしめく。電車に乗って駅前に行く方が楽しいだろう。
そのなかで、俺と彼女は喫茶店の椅子に座っている。彼女はカロリー高そうな飲み物を飲んでいた。
「何を買ったの」
「俺の好きなバンドのCD」
「その金で東京行ったらよいじゃん」
「どこまで知っている」
「浦賀は声が大きいから聞こえてくるよ」
むしろ俺が聞かれていないと思っていたことに驚いている。
「一年の頃は音楽も我慢していた。でも、好きなことを制限したら視野が狭くなると自覚した。周りに迷惑をかけられないから、自分のために聞いている」
「そんなに好きなんだ」
「君は何を買ったの」
「君って……、楓でいいよ」
そういって楓は裏ポケットから何かを取り出した。黒いビニールが四角を包み、セロハンテープで口を止めている。
「ギターの弦」
「ギターするのか!」
「声、大きいー」
「あっ、悪い」
楓はギターとの思い出を語りたそうにストローの先を噛む。何でギターを始めたのか聞いた。
「最初は弾いてみたがかっこよかった。んで、やってみたら楽しくてね。そっからギター練習しーの。今かな」
「かっこいいな」
「エッなんて?」
楽器やスポーツは練習の末に覚えていくもので、自身と向き合ったかが残酷にも現れる。彼女は演奏を褒められたと照れながら言う。
「ギターかっこいいよ。応援する」
また、ポケットから携帯を取り出して、画面を操作する。俺の前に置いたときには、動画サイトの画面になっていた。
「コレ私」
動画は手とギターを映した映像で、演奏する曲は分からない。しかし素人でも、指使いやリフが一線を越えた技術だと分かる。
「チャンネル登録する」
俺はチャンネル名を検索し登録する。俺の言葉を彼女の前で証明した。
「私ね。音楽で食べてみたいんだ」
「こんな上手いんだからできる」
「私でも出来るかな」
「俺は保障するよ」
「浦賀くんって悪い人じゃなさそう」
「突然、どうした」
携帯と弦を閉まって、飲み物に口付ける。喫茶店は人が多いから、声が小さいと聞き取れない。
「いや、私って鳥越と仲いいじゃん」
「俺よりも仲良いよね」
「でも、最近は一緒に遊んでない?」
仲直りって質問に首を横に振る。
「彼女を拒まないだけだ」
「そのせいなのかな。えなはイライラしてるよね」
「ある人と揉めてるんだ」
「でも、二人も揉めてなかった?」
「前みたいな関係に戻ろうとしてるだけだ。揉めてるように見えてしまったのかも」
「二人は幼なじみなんでしょ。仲良くしなよ」
幼馴染みか。彼女は腕を組んで後ろにもたれる。
「私にも幼馴染みがいるんだよね」
同じ街に産まれて、同じ学校に通っていた。それでも、中学に上がると疎遠になったらしい。理由は相手から付き合おうと告白されてしまい、楓は怖くて逃げてしまったようだ。それを話し、腕組みを解く。
「幼馴染みって距離が近いから、半分が自分みたいなもんだよね。だから、気をつけてね」
俺は彼女のことが苦手だった。覆らない心は選択肢に置かれている。突き放したらすべてが終わりだ。しかし、それで本当にいいのか。
「えなって本当に繊細なコだから守ってあげてほしい。君は戻りたいと思ってる?」
「まだ答えは出ていない。でも、悪くはないと思う」
「本当だからね」
「肝に銘じるよ」そんなこと言いながら、どうせ彼女に打ち明けられないだろうなと漠然と考えている。
「最近、えなえなが浦賀くんに話しかけているから、心配なんだ」
ほら、親しい人と話せなかったら、頭で会話をシミュレーションして妄想に走るじゃない。そうすると現実とのギャップがつらかったりするよね。まるで体験談のような同調だ。
「浦賀くんは大丈夫そうだね」
「鳥越が楓と親しくなる理由が分かった」
「そう?」
そうして、二人は喫茶店を出る。バスで来たらしいから、バス停で二人は話を続ける。
「さっきの話だけど、鳥越って雰囲気変わっただろ。ちょっと怖いんだよな」
口にして気づく。俺は彼女のことを怖がっていた。ダンジョンに来たときから、なれた彼女が別次元の生き物のように見えている。そこから地続きの今を受け入れていない。
楓はダンジョンを知らないからこそ、俺は内面を引きずり出せたかもしれない。
「自分から喋りかけてる?」
「自分からか……」
「周りはなんか言うかもだけど、怖いなら喋ってえなをわかればいい。あの娘は君なら無視しないよ」
「ありがとう」
「文化祭楽しみだね」
「そうだね。もう少しだ」
楓なら心が簡単に開いてしまう。他人に対して初めてもっと話したいと感じた。
「ねえ、良くん。私も学校で話しかけてもいい?」
「構わない」
「ありがとう。私、バンドのことを人に話したの二人目。そんで、応援してくれたのは君だけだったよ。嬉しかった」
バスが到着して彼女を連れ去った。
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