第9話

「学校を案内してくれん?」


 加藤は俺の前へ立つ。隣の友人は顎を撫でて目を覗き込む。


「昨日の女子たちはどうしたわけ?」


 隣の鳥越が明らかな嫌悪感を出している。靴の先を床に擦り付けたり暇を潰していた。


「北野の言う通りだ。どうして俺たちだ」


 昨日は加藤にダンジョン攻略を妨害されてしまった。鉱石は研究機関に渡すとして持ち帰ってしまう。幼馴染みほどではないが、蔑ろにされて気持ちの良いものじゃなかった。


「いや、鳥越さんと君には悪いことをしたけん」


 どうやら、鉱石のことをさしているらしい。何で埋め合わせをするつもりだろう。


「飯を奢りたい」

「良。やっぱ私は友達と飯食べてくるね」


 逃げるように背中からすり抜けた。昨日の目を思い出す。排除しなければいけないという、覇気があった敵意の目。彼女はダンジョンを特別視してるから、第三者に敏感だ。北野の同伴も許していない。加藤は俺や鳥越よりも慣れていた。ダンジョンを知り尽くしている。


「怒らせちゃったみたい」

「気にするな。飯を奢るなら、奢ってくれ」


 3人は食堂に進んだ。彼女は俺と加藤の並びに舌打ちしたが、それまでだった。


「鳥越。あんなに露骨だったっけ」


 北野は高校の彼女しか知らない。温厚で天然と言われる優しい女子。

 俺の中にいる鳥越はワガママで一人ぼっちだ。変わってないなと安心した。


「ダンジョンは初めてなん?」

「まだ5回かな」

「そっか。強いんだね」


 彼女の誘いを断るよりも、経歴を探る方が賢明だと判断した。ここに北野という第三者を置いて、迂闊な流れを阻止させる。


「俺は一回だけ行った」

「北野くんも行ったんか」

「重苦しくて狭い場所だった」

「3人は選定されたんやね」


 券売機の列が短くなってくる。決められたメニューを流れ作業で押していた。ベルトコンベアに乗せられた商品の気分になる。


「ダンジョンは誰でも経験してるらしい。そこで襲われるか否かは偶然。その経験を覚えてるのは、珍しいことなんだ」

「だったら、君のような人は少ないのか」

「月子でいい」


 そこで三人は購入し、席を確保する。隣に北野で、正面は月子がうどんを置いた。


「……」

「どうかした?」


 彼女のうどんは唐辛子の山が被さっていた。汁に浸透しているが、麺が赤色に隠れてしまっている。


「舌バカか?」

「浦賀くん。北野って失礼な人間なんやね」

「ま、別にいいだろ。北野」

「たしかに別にどうでもいい」

「いや、そういう『いい』じゃない」


 そういうわけで、北野は話を切り替える。


「浦賀。彼女はダンジョンの何なんだ」

「私は政府から委託された人。ダンジョンを攻略する専門家だね」

「何人もいるのか?」

「それは答えられない」

「東京から来たって言ってたが」


 俺は横槍を挟んだ。彼らの拠点は東京に存在するのか。月子は表情を崩さないで、目を見て話す。


「まーね」


 俺は東京の話が聞きたくて促した。しかし、彼女は東京にいい思い出がないらしく語りたがらない。ただ、住みにくい街だよと付け加える。


「東京出身じゃないだろ?」

「へえ、なんでそう思うの」


 その目の鋭さは俺の薄っぺらい心を試している。彼女は同じ高校生ではなく、場面を踏んだ経験者として扱うべきだ。


「言葉が訛っているから。俺は探偵じゃないから、そうかなって思っただけだ」

「あたり。生まれは福岡」

「加藤。この浦賀は東京に行きたいらしいんだ」

「おい、余計なこと言うな」


 連れてきたのは失敗かもしれない。


「行けばいいやん」

「金がないんだ。バイトは許されていない」

「ふーん。浦賀くんって真面目なんだね」

「浦賀でいい」


 今、彼女は俺のことをしたに見た気がした。口だけの行動しない子供。そう捕えられて何度目だ。


「東京は簡単に行けるち。浦賀が思ってるよりも近いところよ」

「そう、なのかな」


 どうした。

 俺はなぜか相談室の先生を相手してる気分になった。台所の上で切り刻まれる野菜のように調理されている。


「行動は怖いものだけど、機会があるなら飛び込むべきやと思う。私は飛び込んでここまで来た」

「話変わるけど、転校は繰り返しか?」

「そうだよ。私には親がいないから楽なんよ」

「へえー、そういうものか」

「それよりも、2人は要を知らない?」

「何がカナメ?」


 彼女の皿は空っぽになっていた。汁についた唐辛子が底に付着している。俺達はまだご飯を半分食べ終えたばかりだ。


「人の名前だよ。裏に流してる可能性がある。彼女を捉えるのが私の役目ち」

「良ー」


 俺の背後に鳥越が立つ。朝にあったような清々しい笑みを浮かべていた。


「今日もダンジョンいこーね」


 ▼


 今回のダンジョンは開放的な場所に通される。公園のような場所で呪い影が足元を引っ掛けるだけだ。

 また、そこで俺達のダンジョン攻略は彼女に捕獲された。


「これは私の仕事や。鳥越さんはもう活躍せんでよか」

「……」


 彼女はエンドロールという刀を持ち下げている。至近距離の彼女に銃は通用しないだろう。高校生では出せない凄みだ。圧倒的な正しさで動いている。


「何かあると?」

「鉱石は私たちのもの」


 彼女はなにか考え込むように腕をくむ。鳥越はとっさに銃を取り出そうとして止める。何があるか分からない。


「イイよ。その代わり、ここで見てて」

「ダンジョンは私のだ!」

「あのね、ダンジョンは心が殺される場所なんだよ?」


 心が殺される?

 引っかかるフレーズが飛んできた。死なない場所の危険性が目の前に置かれる。それは不発弾のように自分へいつ降りかかるか不安に駆られた。


「あの女は何で邪魔をするの」


 ダンジョンへの嗅覚は随一で、訓練された動きで攻略している。鳥越の出番は転校生の活躍に強奪された。先に来て、最後に帰るだけだ。


「ねえ、あの人。邪魔じゃない?」


「そんなこと言うな」


「でも、私の救済を取り上げたよね」


 それは周囲から変化を始めた。雲が風の動きを無視し、来た道を戻るように後退している。太陽や星々でさえ、誘われるように後ろに戻る。


「今、何をしたの?」


 刀を重心から下げて、無防備に振り返る。隣の彼女は眉間にしわ寄せ、拳を固く握っている。


「私の邪魔をするな」


 ダンジョンはまた歪んでいく。墨のような黒い空とあざ笑うような森のさざめきが彼女の背中に収束している。まるで、ダンジョンの空気を全て吸い込んでいるみたいだ。


「鳥越?」


 最声を張り上げるつもりだった。しかし、弱々しい呼びかけしか出ない。声は轟音にかき消される。


 加藤は緊張した身体を脱力し、二秒後に肩を盛り上げ、重心を低くして両手を降り走った。


「鳥越、やめろ!」


 ダンジョンは異次元の皮を剥がされていた。彼女の見えない手の爪が薄く中身を露見させる。


 彼女を中心に雰囲気が変わっている。ダンジョンの生ぬるい違和感とは別で、肌をやすりで擦られている感覚だ。これは恐怖という感情に似ている。それのせいで足の力は自立を諦め、尻餅をつくしかない。


「それ以上は取り込まれる!」


 加藤は暴走を止めようと説得した。彼女は相手を見ているようで捉えていない。鳥越の息が上がる。


「浦賀!」


 俺が呼ばれているとは分からなかった。加藤の悲痛な叫びで我に返り、そして突っ立つ彼女を確認する。


「浦賀が呼んで」


「鳥越!」


 ダンジョンの揺らぎは終結した。残りは情けない表面と、なけなし鉱石だけだ。金になる商品を少量に取り上げてしまった。


「あっ……」


 二歩後ずさり、腰から落ちた。両足は痺れたように痙攣している。状況を理解できていないから、俺たちに対して笑いかけることしかしていなかった。


「浦賀くん。少しきて」


「えっ?」


 加藤は鞄から財布を抜き出す。父親が付けそうな高級な革財布だった。そこから、一枚の厚紙を手渡す。それは名刺だった。加藤月子と彼女の名前に、偽れるメールと電話番号が記されている。


「鳥越えなは危険。何かあったら連絡してくれん?」


 どうやら電話番号は彼女の職場に繋がるパイプらしい。大きな繋がりを探りよせた。


 俺よりも遠い場所に彼女は項垂れている。両手のスリ向きを博物館の展示物を鑑賞するような第三者的風貌だ。ココに電話したら、鳥越を裏切ることになる。俺は彼女を裏切ることをしない。ある意味、爆弾のような物を受け取った。これを使わない人が続けば良いと願った。


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