第8話

 加藤は何も恐れる物はないと言いたげだった。背筋を伸ばし、自信に満ちあふれた顔つきだ。また、その美人も相まって迫力がある。男子が最初に抱くのは、気が強そうな女子だ。


 HR明け、彼女はクラスの女子たちに囲まれた。


「この時期に転校生っておかしくないか」


 俺のクラスに転校生はいたけれど、決まって3学期や夏休み明けだった。今回は何の前触れもなく転校してきている。


 席が離れていても、加藤の受け答えが耳に入ってきた。


「親の都合で東京から転校してきた」「好きなタイプは筋肉質な男性」


 彼女は日頃から鍛えているらしく、女子は歓声をあげている。


「ゴリラ委員長タイプだな」


「悪く言うのやめろよ」


 俺はそれ以上関心を抱かなかった。変わった時期の転校生で、男子を嫌いそうな女子。その枠に当てはめる。


「なあ、浦賀。俺もダンジョンに連れて行ってくれよ」


「だからダメだ」


 見られている気がして、その方向を意識する。加藤が俺と北野を交互に通し、微笑んだ。返しを思いつかないうちに、顔を集団に戻す。


 鳥越と俺は運動場で待ち合わせをした。普段は靴箱や教室でしていたが、北野はダンジョンの同行したいと粘着してくる。そのリスクをなくすため、集合場所を離した。


「悪い。遅れた」


「北野さんでしょ。大丈夫」


 彼女と俺は駐輪場で自転車の鍵を回し、ダンジョン捜索に出かけた。帰り道の空き家は数えられないほど存在している。


「どうやってダンジョン見つけている?」


「直感かな」


「ということは見つからないときもあるわけか」


「そーそー」


 二人で信号を待っていると、彼女はしめたと呟いた。ダンジョンを発見できたようだ。近くのコンビニに自転車を停めて、目的地に向かう。そこは、人通りも多い道だった。車が一台しか通れない狭さで自転車が我先にとすり抜けている。歩道者が歩くための道は車の後が克明に残っていた。


「走るね」


 人がとぎれたときを狙った。二人は錆びた門を飛び越え、空いた扉に進む。


 ▼


 風が顔を貫いて、寒くて目を細める。横は黄色い紙貼り付けられていた。天井は一定の間隔で電球が設置されている。どれも、紐が垂れ下がっていた。地面は荒れた畳だ。かきむしったような傷があり、畳が禿げている。


 ダンジョンは果てしなく続いている。鳥越は壁に手を当てて、ぶらんと下げる。登れないと判断したようだ。後ろに付いていこうと、踏み出した。すると、彼女の足が止まり、背後に回った。


「ん。待って」


「何か来た?」


 隣にたち、彼女のさっきだった目つきに怯む。天然と言われる彼女でも殺意は芽生えるようだ。


「いや、そうじゃなくて……」


 爆発音がした。ダンジョン内の地面が揺れて、足に振動が伝わる。何かが侵入してきた。俺でさえ察することができる。


「誰かいます?」


「加藤?」


 転校生の声がした。何やら俺たちの方へ駆けてくる。


『エンドロール』そう聞こえた。


 目映い閃光が視界を覆い、白い世界に閉じこめる。目を閉じる瞬間に分かったのは、加藤の手に刀が握られていたことだ。


 ダンジョンの外側から甲高い悲鳴がする。加藤が刀を壁に突き立てていた。


「転校生、なにしているの?」


「君らこそ何しとんの」


 ナタを三倍長くしたような刀だった。銀色に青い紐が鍔から付けられている。彼女は制服の格好ではなく、ジャージに着替えていた。


「転校生だよね」


「そういうあんたは鳥越? やっぱダンジョンを知っていたわけね」


 彼女は刀を引き抜いた。剣を振り回し、肩に預ける。そして、俺たちに挨拶してきた。


「私は加藤月子。廃墟亜空間を打破する専門家で、国のある機関に委託されている」


 廃墟亜空間とはダンジョンの名称に違いない。そして、彼女は国のある機関と言った。冷静になれば政府が対処していないわけがない。つまり、高橋月子は高校生でありながら、国の機関に委託されている。亜空間を切除する専門家として。


「ここでS氏が疾患した。この報告は亜空間βであると結論づけ、ダンジョンの駆除に当たる」


「佐々木?」


「そう、あの男子かね」


 加藤には続きがあると付け加える。ダンジョンの駆除も目的であるが、派遣されたのは別だと。


「ダンジョンの未確認鉱石が裏で流失してんのよ」


 流失。あの事務所に鉱石を渡していた。俺と彼女の行動が物事を大きくしている。


「君たちはダンジョン慣れしているから聞く。要という女性を知らん?」


 あの事務所を狙っていた。


「知りません」


 鳥越は断言して、突き放す。加藤は横暴な態度を改める。


「何か知っていたら連絡してほしい。それと、今後ダンジョンは気にせんで。私が駆除するこになった」


 今までご苦労だった。彼女はそれだけを言い残して、俺たちを放置し進む。追いかけるべきか悩んで、鳥越の様子を盗み見る。


 顎を引いて、加藤の後ろを食い入るように観察していた。これは、彼女が激怒した合図だ。


 ダンジョンは俺と鳥越の特別な場所だ。そういった矢先、政府が横やりを投げてくる。事務所に鉱石を渡せない。怒りも当然だった。それにしても、一波乱ありそうだ。どこか当事者意識が欠けている。


 ダンジョンか攻略され、廃墟はただの寂れた家になる。この力を失っていく過程は心を痛めてしまう。不自然なことだろうか。


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