第7話
教室は昼休みになったから鞄を漁った。途中で購入したコンビニパンを持ち上げて、机に乗せる。
「うわ、パン潰れてるじゃん」と、北野は弁当を広げながら言う。
俺の好きな卵入り焼きそばパンは教科書の重みで冷たく平面なものになっていた。それでも、味は変わらないと思っている。
「ねえ、私が弁当を作ってあげようか?」
鳥越は突っ立ったままで問いかける。隣の席から椅子と机を引きずって、北野と同じようにした。
何で? という顔をしている。北野と鳥越と俺を見守る前の席は、俺の顔をお構いなしに眺めていた。地味な人に遠慮しないけど、同じクラスメートは俺をそう見ている。周りの視線が痛かった。
なぜなら、クラスで目立つ女子と俺が喋っているからだ。
「お前に世話焼かれたくない」
唾液が落ちそうになりつつ、パンを飲み込んだ。腰よりも上の辺りがカイロで当てたように温かくなる。好物は口に幸福を呼んでくるとつねづね思う。
「お金渡されたくせに」
「え、待って」
北野は目を丸くして鳥越を離さない。相手がわかる程度に敵意を出していた。上目遣いで歯を見せている。
「何でいるの?」
「今日は良くんと話したい気分だから」
彼女はいつものメンバーに話を付けてから、弁当を持ってきたらしかった。普段の彼女なら食堂で食べているからだ。
「おかしくない?」
「北野さんこそおかしいよね」
俺は北野の違和感が怖かった。今までは『話す相手がいないときの代打』という姿勢だったのに、彼は有人の足取りで軽口を叩く。
「俺はいつも通り自由な人間だ。彼のことを面白いと思っただけだ」
「やっと気づいたの?」
「バカにされてる気がする」
三人でご飯を食べることになった。北野は目立つ人間を嫌うから相性が悪い。お互いは席を譲らないので、落ち着かない静けさを漂わせた。
「そういえば佐々木くんってどうなったの」
鳥越は目立つグループに在籍しているから、会話の終わりに敏感だった。目で北野に返事を求める。
「普通に登校してる。入院もしていないし、腕は元通りだ」
「え、何にもないのか」
俺は顔に血液がかかった。彼は助からないと判断していたけれど、洞窟は超越した穴のようだ。
「洞窟で人は死なないんだよねー」
引っかかるものがある。高価な鉱石が手に入る手軽さと、無傷で返される空間だ。なにか代償があると捉えてしまう。俺は歪んでいるのだろうか。実際、被害は出てないからいい。俺に危険はないはずだ。そう言い聞かせる。
「でも、危ないじゃないか」
「そう言いながら着いてきてくれるじゃん」
「金のためだ」
「なあ、二人共。今回で何回目なんだ」
俺は3回だけ行った。彼女は嫌々そうに13回と数える。
「今度ついて行っていいか?」
「北野さんはダメ」
「そんなに俺が嫌いか?」
「だって、人のこと信頼してないよね」
「まるで俺が痛いやつじゃないか」
「北野さんは怖い人だとおもってる」
北野は左手で口元を隠し、肩を上下に揺する。全てが演技くさい動きだ。
「俺も鳥越さんみたいな保守的な人間は嫌いかな」
「ねー、良! 友達やめなよ」
「浦賀に嫌われても追いかけるぜ」
「北野は気持ち悪いヤツだな」
高校一年生の五月みたいに会話が止まる。相手の興味よりも、自分を過剰にする季節。この腫れ物の空気に、話題を探した。黒板には文化祭と記されている。
「そういえば、もう少しで文化祭か」
「実行委員を決めないとダメだね」
「鳥越さんがやれよ。目立つところ好きだろ」
「良が一緒にするならいいよ」
「目立ちたくない」
俺は委員に予想がつく。地味な人間か、青春の熱を好く人が形にハマるだろう。輪っかのようなサイクルに俺はいない。命令通り仕事をこなすだけだ。
「去年は体育祭があったよな?」
「この高校は体育祭と文化祭を交互にやるからね」
「楽な仕事をしたい」
「あ、そうそう。ここだけの話なんだけど」
このクラスは売店を開くらしい。そんな噂が鳥越のグループに回ってきた。
「めんどくさー」
提案者は手伝わない。スクールカースト下位の地味な人間が汗水垂らして働くことになる。今でもその映像が浮かぶ。
お互いに昼飯を食べ終えていく。彼女は手を合わせ、外に出ていく。北野は眠るために保健室へ歩いた。
俺たちはなんとか昼休みを乗り切った。それにしても、鳥越は今度から絡みに来る。周りの視線に耐えきれるだろうか。
少なくとも、彼女に対する妬みや苦手意識は透明になりつつあった。
▼
気まずい昼休みを昨日にし、俺たちは朝のホームルームに集合していた。担任の先生は騒ぐ生徒を止めない。その代わり、黒板に文字を書き出す。
「加、藤、月、子?」
それは人の名前だった。次に、教室の扉が開かれ、室内靴の先が出ている。
「今日から転校生がくる」
太陽で青く光る髪に、後ろはポニーテール。瞳は冷ややかな目つきで綺麗な茶色をしている。
「転校生の加藤月子です。よろしくお願いします」
例えるならガラスのような声だ。透き通って、後ろの背景まで見えるような。
彼女は挨拶の後に頭を下げる。そして、その目は鳥越エナを睨んだ。
文化祭の近い日。女子が転校してきた。
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