第6話
ダンジョンは二階建ての家と大きさは同じだった。特徴は白い糸が敵意を持っていることだ。それは、身体の自由をそぎ落としていき、心臓の鼓動を早くさせる。
「あっ、佐々木」
佐々木は人形が入れられるようなガラスケースの中にいた。目を閉じ、呼吸は荒く耐えている表情だ。
『大丈夫だから』『大丈夫だから』
佐々木を捕まえた糸がラジカセのような声を出す。俺たちは身動き取れず、佐々木のガラスケースを鑑賞するしかない。
逃げ道を探っていた矢先、血液が付着した。ガラスケースから血が滴り落ちている。佐々木の右腕は白い糸に取り上げられていた。ガラスケースは防音が行き届いており、床の震えしか伝わらない。
「良! すごいな」
「北野?」
「あのダンジョンは夢じゃなかった! 俺は死ねるかもしれない!」
「何馬鹿なこと言ってるんだ」
「分かっている。抵抗しろって言うんだろ」
彼は身体をくねらせ、糸を取り除いた。彼はダンジョンの入り口から一番遠いところにいて、三本しかついていなかったわけだ。俺は全身に押しつけられている。
北野は鞄からナイフのようなものを取り出した。
「俺は死ぬかな!」
糸はナイフに傷つけられても動じない。揺蕩うものは揺らいでいるだけで、彼を離した糸も、躍起になっていない。北野は舌打ちをする。
つまり、この糸は俺たちを簡単に手放すということだ。
「んだよ。失敗かよ」
「俺の糸を解いてくれ」
「助けると思っているのか」
やはり、彼は故意に再開させた。俺への嫌がらせだろうか。どちらにしろ、彼に興味がない。
「お前は口だけのイイヤツだから、あとで後悔しないように助けた方がいい」
北野の自暴自棄な雰囲気が和らいだ。つまらないテレビの電源を消すような足取りで寄ってくる。
「お前って人のこと見てたんだな」
彼は素直に従う。糸は俺たちを取り除いた。
「お嬢の登場だ」
彼の軽口共に、スカートが舞い込む。片手には刀と鞄を背負っている。鳥越えながダンジョンに入ってきた。
その速度のまま、俺の糸の先を丁寧に命中させる。鉄の匂いは不快にさせる。
崩れ落ちた糸を見届ける。俺たちを襲いかかる脅威は萎える。先が地面に付きそうになり、後ろへ行く。彼女はそれを見届けて、俺の上に乗っかる。
「約束を破らないで」
「別に約束じゃねえだろ」
「手紙を渡したじゃん!」
そこまで怒らなくてもいいだろ!
彼女の一言で振り回されてしまった挙げ句、子供の機嫌をとるような母親的態度だ。高校生としてのプライドは彼女のおごりで屈辱される。
我慢が赤色で塗りつぶされていき、冷静は姿をくらました。
「何で手紙で渡すんだよ!」
彼女の母親面が剥がれ落ちた。瞳の中に激情が宿る。
「良は私と話すのいやがるじゃん!」
俺にとっては責任転換だった。「それはお前だろ!」
鳥越は掴む力を弱めた。俺の心は抑えきれなくなり、先へ進めと内側から声がする。
「お前は高校に入って変わった。地味な俺を避けてから近づかないだろ」
「それは良が嫌な雰囲気出してるじゃん!」
鳥越は雰囲気を気にする人間だったのか。想像上の彼女が理想という塗装を剥がした。
「雰囲気?」
「私のことを遠巻きから避けてたじゃん。ちょっと変わったからってビビってんでしょ!」
「誰がお前にビビるかよ!」
俺は彼女の変化に震えていた。取り残されていた気持ちになって、拒絶を出していたのかもしれない。とどのつまり、図星だった。
心が傷だらけになり、感情任せの言葉しか出てこない。最低だと思いつつ、もうどうにでもなれと諦めた自分もいる。
「好きな人でもいるの?」
「いないし、そんな話してない」
そこで俺の場所を思い出す。ダンジョンの糸は俺たちを切り刻もうとしていたはずだ。目を動かしても、糸は打たれた傷を労っている。俺たちの存在なんて見ていなかった。
「なら、どうして避けるの!」
「今は困るだろ、目立つメンバーに属してるんだし」
「私は良といて困ったことなんてない!」
俺は決定的な証拠を頭に保存してある。
「なら『このことは言わないで』って何」
怒りの潮は引いていた。瞳孔を開いて、口が半開きになっている。そして、彼女は唾を飲み込んだ。音が耳元まで届く。
「あれはダンジョンのことを言い触らしてほしくなかった」
「はあ?」
「せっかくできた接点だもん」
彼女は語る。
高校で疎遠になってしまった。それでも、鳥越はダンジョンで孤独という穴に詰め物をする。幼馴染みは金に困っていると口走り、東京へ行く力になるつもりだった。ダンジョンは彼女にとって間を取り持つだけのもの。特別視したのは幼馴染みとの会話。それ以外を視野に入れたくない。
「私たち二人だけいればいい」
「それは、俺の婆ちゃんもいらないってことか?」
「違う!」
そういえば俺の婆ちゃんと彼女は仲良しだった。母とは会話さえ交えていない。まだ、穏やかだった家庭の匂いを回想する。甘いカレーを食べたくなってきた。
「何で俺なんだ」
「だ、だって幼馴染だから」
異性の告白は捨てられなかった。一つの繋がりが切れてしまいそうだから。
「良いところなんてないだろ」
「あるよ。私は前みたいに戻りたい」
「……」
彼女は彼の馬乗りをやめて、スカートの埃を払う。右手を差し出されたけど、抵抗する。女子の手は頭が混乱するから、もう握れない。
「鳥越、ダンジョンクリアしよう」
「うん」
「お二人さん。佐々木はどうするの?」
北野は会話の影に潜んでいた。今になり、ガラスケース内の佐々木を指摘する。手足を取り外されて、意識が朦朧としていた。
俺と鳥越は口をそろえて言う。
「「助ける必要ないだろ」」
俺と佐々木は仲良くなれないから、助ける必要がないと判断する。鳥越はダンジョンに入ってから佐々木の身体を視界に入れていない。
北野は片方の頬を皮肉言うために曲げる。
「お前らって似てるよ」
三人はそのままダンジョンの先へ進み、鉱脈を発見した。鉱石の採取は俺も手伝うことにする。その赤色の鉱石は俺にとって重かった。
「鳥越。その、悪かったな」
「ねえ、良。わがままを聞いてくれないかな」
「ものによる」
「良に好きな人ができるまで、前みたいに話しかけていいかな」
「好きにしろよ」
その後、二人で連絡先を交換する。アイコンは自撮りだった。
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