第3話

 翌日。

 彼は自身の机に顔をつけていた。隣に来た北野は机の足をかかとで揺する。


「授業は終わった」

「え、ああ。そうか」


 大きな欠伸をする。真っ白なノートを机の中に直した。


「お前、昨日なにかしてんのか」


 彼の問いかけに硬直する。空き家が洞窟に変形し、中央は鉱脈が育っていた。一部を幼なじみと採取した。そんな真実を常識内の彼は疑うはずだ。


「やることがあったんだよ」

「ま、どうでもいいけどよ。それよりさ」


 彼は思い出したようにポケットから何かを出した。丸めた紙は友の指で真っ直ぐになる。


「派遣バイト?」

「俺も金が欲しくなった。一緒にバイトしねぇか?」


 彼は一日限りの稼ぎを紹介してきた。内容は運送業務になる。


「母親が許してくれるかな」

「ほんと厳しい家だな」


 彼は母親のことを悪く言えなかった。彼の登校と母の帰宅は、入れ替わるようにすれ違う。


「ま、考えといてくれよ」

「ありがとう」


 彼は次の授業を用意しようとした。横の鞄を開く。すると、一枚の紙が落ちていく。


「何だ?」


 床に片手をつけて、指を伸ばす。爪で紙を広げた。中はこう記されている。


『放課後。靴箱で待つこと』


 彼女と俺は連絡先を交換していない。それを考慮して紙に書いてくれたらしかった。鳥越の配慮は助かるけれど、カースト上位が俺を見てていいのか。それだけが不安にさせる。俺のせいで彼女を台無しにしたくない。


 ▼


 夕日が俺たちの目を刺激した。彼女は一番の疑問を解決してくれたけれど、同じ不安が体を駆け巡る。


「君が東京へ行きたがる彼氏かい?」


 黒服を着た男性が三人たっている。入口は丸刈りの男性が仁王立ちしていた。

 俺は鳥越と怖い事務所に訪れている。


「俺は幼なじみです」


 二人の前に女性がソファーに座っていた。白い手袋にすらっとした足。髪は後ろにまとめている。危ない人の匂いがしない。

 身体がソファーに深く沈む。


「てっきり、既に東京へ行ったと思ってたよ。エナは一年前から言ってたからね。それよりも、金のために幼なじみ君を誘ったのか」

「うん」


 彼女はタバコを吸おうとして、胸ポケットから一本だけ出した。部下はライターに火をつけ、腰をかがめる。彼女は煙を口いっぱいに広げて、外に吐き出した。それは幸福にふさわしい顔。


「エナちゃんから話しを聞いてるよ」

「話し、ですか」

「また幼なじみとして仲良くしたいって愚痴さ」

「要さんやめてくださいよーっ」

「子どもは意地悪したくなるんだ。姉ちゃんの顔に免じて許してや」


 さて、と彼女は仕事人の顔つきになる。視野を狭めれば、違った印象を持たせた。


「これです」


 彼女はカバンから昨日の鉱石を取り出した。ジッパーを開けて、部下に中身を確認させる。彼女も目を通す。顎で指図すると、金庫と思わしき箇所に進む。もう1人は鉱石を丁重に扱って、どこかに連絡を入れた。

 部下は札束を俺たちに差し出す。この金額は東京よりも遠いところに行ける。


「武器の調子はどうだ」

「調整はしました。そろそろ新しいの手配してもらっていいですか」


 鳥越は慣れた手つきで金を少量つまむ。その札束の先を俺に変えられた。部下は俺の目を見ないで作業を徹底する。


「俺は何もしてないです」

「これから何かするかもしれない」


 未来の投資だよと大人の苛立ちが向けられる。彼は札の上に手を置いて、離した。


「エナ、話してないか?」

「何を?」

「少年、ダンジョンのことを聞いたか?」

「名前だけなら」


 空き家ダンジョン。誰もすまなくなった家が変形し、周りの住人を襲うシステム。そのダンジョンは誰が作り出したか、それとも幻覚か判断ついていない。この再奥は鉱脈があり、一部を取り出せる。


「この鉱脈を私に売る。そのサイクルをエナに手伝ってもらっている」


 肝心な用途を語らない。その笑みは質問を封殺するような沈黙を巧みにあやってきた。大人の余裕が二人の高校生にのしかかっている。


「これは提案だけど、彼女の助手をしてほしい。ひとりだと持ち帰らなかったりするからだ。金は二人で分ける。どうだ?」

「俺は金をもらえないです。ビビってただけだし」

「空き家は放っておくと被害が出る」


 瞳は笑っていないし、冷たい声だった。


「私たちはダンジョンの悪性を対処する。が、ダンジョンは死なないから別の場所へ移動する。つまり、終わりなんてないんだ。でも、周りの大切な人を助けたい。その意思で準ずる若者もいる。エナ以外にもね。私たちはその支援をしてるに過ぎない」


 タバコの煙を消した。副流煙は俺の制服に染み付いている。母親は洗濯場で叱咤するかもしれない。


「この日本は少子高齢化社会と言われ数年。その中の超高齢社会という限界に達してる」

「良、年寄りしかいないってことだよ」

「わかったって」

「問題は地方の一軒家だ。ここは過疎で買い手がいない。また、昔ながらの土地は名義が昔の人のままの可能性が高いことから、探り当てることは困難」

「は、はい」

「空き家を放置すると訴訟問題に発展する。木が邪魔だけで訴えられる。それを防いでるんだ。慈善だろ?」


 札束を片手につかみあげ、俺の視界に入れてくる。


「ダンジョンクリアは二人の手柄だ。その金を東京に行く資金に当てるといい。君の家は貧乏だからね」


 最も、ダンジョンに行きたいなら訓練してやる。そう言うと二人は返された。

 事務所前に俺は放心する。それに見かねた彼女は肩を叩き、気付かせる。


「とりあえず、東京の下見をする?」


 俺は曖昧な返事しか取れなかった。すべて知られていた。

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