第4話

 俺たちの出会いは子ども食堂だった。小銭を握りしめご飯を食べる。完食後は絵をボランティアや担当した人に見せたり、周りの子どもたちと交流した。起伏の激しい変わった子供もいれば、大人しい子供もいる。ボランティアの人たちは優しかった。

 鳥越はご飯を食べて、紙を黒いクレヨンで塗り潰す変わった子供だった。皆は優しく接するから、彼女は余計に腹を立てている。そんな意地の張り方に興味を抱いた。


『ねぇ、とりこしさん』

『とりごえ、だから』


 ふたりは幼馴染になる。彼女は母親を語り、俺は受け流した。彼女は俺という壁打ちをするのが好きだった。

 小学校が同じと判明し、一緒に登校するようになる。学校は子供が初めて経験する社会だ。彼女は社会性が身についていなかった。いつも遅れをとってヘラヘラしている。その姿が苦手だったけど、幼馴染みだから庇った。と言いつつ、俺もゲーム機を持っていないから、話についていけなかっただけ。俺の家は金がないから悪意に敏感だ。なので、友達の陰口は聞かずとも伝わっていた。母親は子供に楽をさせたいからと死にものぐるいで働いている。ゲーム機が欲しいと言えなかった。なりたかった夢を握りつぶした。

 そして、俺と鳥越は中学生になり、個人的に悲惨な生活を送る。家は金がないから部活に入れなかったし、性的な話題についていけなかった。俺は女性を抱くという行為に嫌悪している。そんなとき、テレビを見て気づいた。

 全国放送は東京オリンピックを放送している。そこなら、俺を脱する何かがあるかもしれないと思った。運動に興味はあるけれど、詳しいルールは知らない。楽しみ方も不揃いだけど強く引き付けられた。東京オリンピックに行けなかったけど、テレビは東京東京と洗脳のように連呼している。

 金やネグレクトや俺の成長する身体や女性を目に追ってしまう不気味さや目立とうとする自意識がすべてない場所だと錯覚した。

 鞄の中に夢の金が詰まっている。俺はこれでどこまで飛べるのだろう。でも、この金は俺の羽じゃなくて彼女の用意したものだ。東京は行きたいけれど、今後の俺が満足するのだろうか。


 俺は苦笑いが浮かぶ。俺という人間を分解したら、正しい要素なんて欠片一つ残っていない。それでも、滑稽な俺は二つに揺れている。


「これ、回してってさ」


 隣の生徒が破られたルーズリーフを机に乗せる。右手で開封し、予想通りの文字が目に入る。


『今日もダンジョンに行こう。東京でもお金が必要でしょ?』


 鳥越の姿を探した。彼女は後ろを振り向いてまで、手を振って愛想よくする。


 そのとき、窓に強い風が当たる。この金を返そうと決めた。


 ▼


 まず大きな扉が飛び込んでくる。鉄色で磨りガラスが貼られている。そして、洞窟で特徴的なのは大きな取っ手だ。扉の鍵穴は成人男性を食べられるだろう。ともかく、二人の手には負えない大きさだった。


 鳥越は顎を限界まで上げたら、足を後ろにする。


「昇れるところがあるね」


 武器をしまったら段差に手を掛けた。両手に力を込めて、身体を押し上げる。一苦労なクライミングが始まった。


「鳥越は、いつから洞窟に入っていたんだ」


「高校入学直後かな。吸い寄せられるようにきて、それから攻略しているよ」


 この入り口扉はまっすぐの山ではない。進むほどに角度がある。段差は届く距離に配置されており、手足を伸ばして上がる。鳥越は先頭で道を作っていき、後ろから俺がひっつく。


 彼女はスパッツを着用していた。いや、見ちゃダメだろ。


 慌てて彼女の下半身から注意を外す。


「危険じゃないか」


「洞窟で死傷者はいない。でも、害はある」


「何?」


「心の空洞が広がる」


 鳥越の頭が比喩表現をひねる。素直に感心して言及しなかった。


「あの事務所は」


「私が洞窟を行き来していたら話しかけてきた。取引しないかと持ちかけられてそれからの付き合いかな」


「鳥越ってお小遣いないの」


 鳥越は一軒家に住んでいる金持ちで、一匹の猫を飼っている。その猫はネットに写真をあげていた。


「あるけど足りないよ」


 パパ活よりマシだけどね、彼女は冗談を言った。彼女なりに洞窟を愛しているようだ。


 今回の洞窟は順調に解決していく。扉の後半は立って歩ける高度になった。身体にずしりと重みがかかっている。これが重力というものか。


「それにしても、洞窟は物理法則を無視しているよね」


「よく分かんないけど、金が手に入るならよくない?」


「そうだな。金はほしい」


 扉の取っ手が最終地点だった。鉱脈が俺たちを出迎えている。彼女は器用に鉱石を取り出していた。


「終わったよ」


「お疲れさま」


「東京はいつ行くの」


 彼女は答えを聞くよりも、言った自分に満足していた。聞けなかったことを気にしてきたようだ。


「まだ決めていない」


「行くのが怖いんでしょ?」


 洞窟は元の空き家に収束されていた。床は腐食し虫が這いずる。壁は草の侵入を許していた。

 タイミングは今だ。


「金を返したい」


「ダメ。その金は良のもの」


「だったら、このお金で美味しいものでも食べないか」


「……」


 沈黙が痛かった。俺は身の上話を話したくなってくる。


「バイトは申請する必要がある。前は急ぎすぎたけど、次は申請して、日雇いをする」


「日雇いよりもすぐに金が手に入ったじゃん」


 俺はこの金を使いたくなかった。ダンジョンの金という話じゃない。


 鳥越から施しを受けたくなかった。もし、この思いを踏み台に東京へ行くなら、納得のいく答えが判明しない。そんな小さなプライドを彼女に理解してもらえないだろう。


「また一緒に稼げばいいだろ」


「一緒に?」


「洞窟があるだろ」


 鞄から金を出して腕に押しつける。彼女は瞳で訴えた。俺は頷いて、外に出る。夜風が俺を包み込む。


「そういうことなら食べようか」


「ああっ、そうしてくれ」


 自転車は駅前に停めてある。目的地のため、シャッター商店街を歩いた。


「それにしても、二人で歩くなんて久しぶりだね」


「お互い忙しかったから」


 忙しくなかった。適当な言い訳で場を持たせてしまった。それに罪悪感さえ抱かなくなっている。すると、彼女は前屈みで通行の邪魔をした。


「誰かに見つかったらどうする?」


「どうするって何だよ」


「カップルだと思われるんじゃない?」


「何、馬鹿なこと……」


「あれ、浦賀じゃん」


 俺を起こしたり、横で見下した態度を取る友達。北野の声がした。


 振り向くと、制服姿の彼がいる。目を細め、指を差した。


「あれ、鳥越さんじゃん」


 それからの行動は早かった。彼女は媚びを捨てて、北野の前に立つ。身長の高さで彼にものを言わせない。


「このことは誰にも言わないで」


 空洞音がする。シャッター商店街よりも内向的な、俺の心からした。


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